統合暦77年2月24日9時 ”スレイマーン”

青い竜鱗の鎧を着た騎士たちが金属がこすれる音を立てながらせわしなく歩いている。
太陽はすでに昇っており、朝とも昼ともいえる時間帯に差し掛かっていた。
まもなく予定の時間だ。"契約"に基づく儀式を終えたハイ=スカイはキャンディスに話しかけた。
"いよいよだな。この一戦で砂漠の戦いは勝負がつくだろう。・・・どうした。やけに無口だな、お嬢さん?"
"・・・いいえ、とは言えないわね。でも大丈夫、大した事じゃないわ。ただ――"
"ただ?"
"騎士団の皆が快くこの作戦を引き受けてくれた事がとても嬉しく、そして同時に辛いのよ。"

ハイ=スカイはその言葉に何も答える事が出来なかった。確かに、この作戦は彼の目から見ても危ういものだ。
一つ間違いがあれば、全てが瓦解してしまう可能性を多分に秘めている。
キャンディスは彼の考えを読み、それを肯定するかのように続けた。
"正直言って無茶な作戦だわ。確かに全て上手くいけば良いのでしょうけど、相手のある事だしね。"
"その相手というのも、ブルードラゴンとほぼ互角の性能を誇る飛行機械。情報では百を越える可能性もあるらしい。
 どう考えても勝算は高くない。なのに皆、嬉々としてこの任務に従ってくれる。"
"それは団長たるベックマン卿を信頼しているからではないのか、お嬢さん?"
見かねたブルードラゴンはあえて軽い調子で答えた。今、この場で変に深刻ぶるよりもその方が良いと思ったのだ。
キャンディスは寂しげな笑みを浮かべながら思念波で答える。

"そうね。だから辛いわ。最強の竜騎士団を率いていながら・・・だからかしら、いつしか指揮官の覚悟を忘れていたのかもね。"
 ねえハイ、この作戦の後、何騎の竜騎士がここに戻ってこられるのかしらね?最強の敵を相手にして。"
"・・・キャンディス、戦う前から――"
"負けることを考える馬鹿がいるか。闘魂神の言葉だったわね。そうよね。・・・ハイ、ありがとう。"
キャンディスは表情を引き締めた。通信晶を操作してフィンレーを呼び出す。
「発進準備は出来ているか!」
「総員発進準備を完了しております。出陣のご下知を。」
通信晶から副官の返事が聞こえる。彼の声には彼女を安心させるかのような響きがこめられていた。
キャンディスは年上の副官の配慮につかのま微笑んだ。彼女は通信晶の向こうで待機している配下の全騎に凛として命じる。
「青竜騎士団、全騎発進!」

「水平線上に艦影を確認。"女帝フレデリカ号"及び"赤髪王号"と思われます!」
竜騎士の報告にキャンディスは水平線を見つめた。洋上に聳える高い塔が微かに見える。戦艦の艦上構造物に違いない。
艦が巨大であることはその横幅で判った。今までのどの戦艦よりも明らかに大きい。
"ここからでも判るぞ。随分大きいな。”聖竜王ゲオルグ号”も巨艦だったが、これほどではなかった。"
"H級戦艦だから大きいとは思っていたけど・・・これ程とはね。"
ハイ=スカイの思念波にキャンディスは同意した。今までの戦艦とは次元が違うように思える。
"女帝フレデリカ号"は名前の由来である伝説の女帝に相応しく大海を睥睨するかのように進んでいた。
彼女が引く航跡は、艦全体に漲る自信が表れているかの如くに太くて長い。当然でもあった。
水線長は1000フィート。同じ新鋭戦艦とはいえ、F級の"聖竜王ゲオルグ号"級よりも250フィートも大きいのだ。
――開戦前に史上最大級の海竜が数頭捕れたという話があったが、本当だったのだな。
  だとすれば・・・噂でしかないと思っていたJ級戦艦というのも、あながち嘘ではないのかもしれない。

戦艦は母体となる海竜の大きさによってその等級が決まっている。基本的には、100フィート長くなる毎に等級が上がる。
海竜は生物であるため固体差がどうしても出てしまうため、等級を明確にして戦力把握を容易にするための措置だ。
今までで最大のものはF級の最大800フィートであったから、H級ということは200フィート長くなった計算になる。
幅もそれに応じて大きい。これにより巨大な艦載砲を搭載しても命中率を確保する事が出来る。
実際、"女帝フレデリカ号"は2800ポンド魔道カノン砲を搭載していた。大協約の歴史上、最大級の巨砲艦だった。
2800ポンドという数値は、今までのどの戦艦よりも明らかに大きく、スレイマーンの主砲にも匹敵するものだ。
彼女はこれを連装砲塔に納め、四基八門装備している。副砲や対空砲に至っては針鼠如くとしか言いようがない。
<ミカエルの門>を建造し、神聖エーベ王国による<<大いなる海>>の支配権を確立した伝説の女帝に相応しい装備だ。

だが、その威容を見たキャンディスは別のことを考えていた。もしも、この艦の完成が――
"四年早かったら。バレノア沖にあったら、か?"
ハイ=スカイが心を読んだかのごとく言った。ハイには隠し事が出来ない、キャンディスは唇に苦いものを浮かべながら思った。
"・・・ええ。もしもあの時、この艦がいたら。”混沌の巨艦”よりも大きいこの艦であれば、或いは――"
"詮無いことだ。それに、もしかしたら”槍”の一撃で沈んでいたかも知れぬではないか。"
ブルードラゴンの言葉にキャンディスは黙り込んだ。確かにその可能性もある。何が起きるか判らないのが戦場なのだ。
"我等は最善を尽くす。それ以外に、戦場で出来る事はない。"
"・・・そうね。"
キャンディスは短く答える。青竜の群れは水平線彼方に全貌を現しつつある白銀に輝く艦隊へと向っていた。

"見とれるのは良いが、そろそろ司令官殿に挨拶をしたほうが良いのではないのか?"
10マイル程度の距離まで接近した時、ハイ=スカイが声をかけた。
見とれていたわけではない、キャンディスはそう反論しようとして気が付いた。
今の言葉が発進前の会話の続きだと――ブルードラゴンが彼女に気を使ってくれたのだという事に気が付いたのだ。

「お久しぶりです、エリック公爵。」
「久しいな、ベックマン卿。ケンペル岬沖以来であったな。」
「今回は損な役回りを押し付けてしまい、なんと申し上げればよいか――」
"鉄の爪"の異名を持つ歴戦の提督は鼻先で笑った。
「大丈夫だ。私もこの"女帝フレデリカ号"もそれほど柔ではない。混沌の艦隊の一つや二つ、我等だけでも相手できようぞ。
 それに、この場にはいないが、決戦時には"獅子王号"、"猪突王号"、"雷神王号"、"征服王号"も来るのだろう?」
「公爵、奴等は強敵です。侮るのは危険です。」
キャンディスはたしなめた。それに対してエリック公爵は偽悪的に笑ってから宣言する。
「判っている、作戦に従うよ。その方が楽が出来るというものだ。そうだろう、キャンディス・フォン・ベックマン伯爵?」
彼ほど命令を遵守する提督はいない。それを知っているキャンディスはそれに構わず、今回の作戦を軽く確認する。
「バレノア沖の行動がやつらの標準的な海洋戦闘ドクトリンである事は判っています。
 まずは艦隊に対して空中部隊による攻撃を行うはずです。この時点では大型艦を狙ってくるでしょう。
 その後、夜陰に乗じて”槍”部隊が突入して戦果を拡大し、最後に残った艦を砲撃戦で沈めにかかるに違いなありません。
 そこで――」
「まずは先に敵空中部隊にあえて手を出させ、敵空中部隊を消耗させる。そのための上空支援が貴公らという事で良いのだな?
 しかし、危険ではないのか?敵の飛行機械は中々の強敵というではないか。」
「戦場に危険でない任務などありましょうか?お任せください。」
「判った。では、よろしく頼む。」
"鉄の爪"はそう言うと通信を切った。あとは、奴等が来るのを待ち受けるだけだ。

ジリジリと時間が過ぎていく。太陽が中天に差し掛かかり、そして少し傾いた時――
"来たか。"
ハイ=スカイは短くキャンディスに告げた。ドラゴンの言うとおり、水平線の彼方に黒い点が集っているのが見える。
大協約軍の空中部隊は、彼女達以外はここまで飛んでくる事はない。
間違いない。"混沌の艦隊"が放った一の矢――飛行機械による先制攻撃に違いない。

敵飛行機械のうち、小型のものが――制空型と思われる”サム”が速度を増してこちらに接近していた。
その数はおよそ六十。今回の迎撃戦闘に従事している青竜騎士団は総勢で五十四騎であるため、数としてはほぼ互角だ。
だが、その任務の性質は大きく違う。
攻撃型飛行機械が魔力弾や”槍”の投下を行うまでの時間を稼げば良いだけの飛行機械。
制空型飛行機械との戦闘をなるべく回避し、何よりも”槍”による攻撃を防ぐ必要のある青竜騎士団。
当然のように後者の方が難易度は高い。
――だが、やるしかない。我等にはそれ以外の道は残されていない。
  それに、策がないわけではない。やるのみだ。
キャンディスはこちらに向う飛行機械の群れを睨みつけた。
”サム”の群れは大きく二手に分かれようとしている。”槍”部隊の直援隊と――キャンディスたち青竜を目指す部隊だ。
騎竜鞍を握り締める手に力が入り、椅子が少し軋む。その軋んだ音を聞いた彼女は自分の肩に力が入りすぎていることに気がつく。
知らず知らずのうちに気負いすぎていたらしい。
これではいけない、キャンディスは思った。戦場では感情を制御できないものから死んでいく。
空中戦闘は残酷だ。純粋に戦いに没頭できなければ死は免れない。
不純な、濁った感情を追い出すために彼女は目を閉じた。
視界が閉ざされたとたん、隠されていた様々な感情が渦巻くのを感じる。
"混沌の大国"に対する怒りと憎悪、そして祖国に対する疑問と疑問をいだく自分への戸惑い。
だが、それらの濁った感情はこれからの戦闘には関係のないものだ。
それら全てを忘れて戦いに臨まねばならない。あの恐るべき飛行機械は彼女の感情などに関係なく襲い掛かってくる。
濁りを抱えたままで勝てるほど甘い相手でないことは骨身に染みてわかっている。
だからキャンディスは不要な感情を捨てる。今から暫くの間、彼女はただ敵を切り裂く一本の剣となるのだ。
そうでなければ勝てない。

彼女は目を開いた。随分と長い間瞑目していたように感じていたがそれほどの間ではなかったらしい。
飛行機械の群れは先ほどよりも少しだけ大きくなっているが、まだ距離はある。
彼女は先ほどとは違い、むしろ穏やかといって良い目で綺麗な鱗型の編隊を組んで飛んでいる小ぶりな飛行機械を見た。
その表情には何の迷いも気負いもない。自信に満ちた青竜騎士団長の姿がそこにあった。
キャンディスは通信回線を開くと短く、だが鋭く一言だけ命令を発する。
「青竜騎士団全騎、戦闘開始。」

彼女の命令に従い、青竜騎士団が二手に分かれた。ドラゴン達はそれぞれの目標に向って突進する。
制空型飛行機械”サム”を相手取る部隊。こちらはフィンレーが指揮を執る。
もう一つは攻撃型飛行機械を相手取る部隊。キャンディスはこちらの部隊を直率する。
今回の戦闘は防空戦闘だ。そして防空戦での敵は制空部隊ではない。攻撃隊だ。
その、最大の敵である敵攻撃隊が二手に分かれる。空を駆け上がりつつある部隊と、高度を落としつつある部隊だ。
魔力弾を投下する部隊と”槍”の部隊だろう。事前想定どおりだ。彼女は直率部隊に命じる。
「想定どおりだ。魔力弾部隊は放置しても構わん。あの程度では戦艦は沈まない。
 我等が狙うのは”槍”だけだ!」
彼女が何事かを命令しようとしたとき、通信晶が青く光った。"女帝フレデリカ号"からの通信だ。
キャンディスは回線を開く。通信の主はエリック公爵だった。
「始めたようだな。こちらからの通信に注意しておいてくれよ。頃合になったら、またこちらから連絡する。」
彼女は返答しようとした。しかし、ふと背筋に何かの感触を感じて振り返る。”サム”が迫っているのが見えた。
キャンディスは舌打ちして思念波で騎竜に伝える。
"ハイ、後ろ!"
"判っている、任せろ!"
ドラゴンは長大な尾を振り回しながらごく小さな旋回半径で回頭する。飛行機械は追従できずにドラゴンの前に出てしまい――
ハイ=スカイの横を稲妻が通り過ぎ、”サム”は爆発した。破片が海へと落ちていくのが見える。
「団長、申し訳ありませんでした。何しろ数が多いもので、如何ともしがたく。」
フィンレーがすまなそうに声をかける。キャンディスはそれには答えずに問う。
「どうだ?やれそうか?」
「・・・旗色はあまり良くありませんが、何とか――」
声がそこで途絶えた。フィンレーの騎竜が翼を翻すのが見える。その空間を混沌の魔力弾が飛びすぎていった。
竜と飛行機械はそのままもつれるような空中戦に移行する。その姿は空中に複雑な模様を刻みながら次第に遠くなっていく。
フィンレーも先ほどの彼女と同じように、会話をするほどの余裕はないのだろう。
「判った。無理をするな。」
キャンディスは一方的にそういうと通信を切る。そうしてから辺りの空域を見回した。
数で劣るブルードラゴンが追い回されているという状況ではあるが、一方的にやられているわけではない。
飛行機械を攻撃できてはいない。だが、機動性に勝る彼らは、飛行機械には不可能な機動で攻撃をかわし続けている。
まだ暫くはしのげる筈だ、キャンディスは安堵した。彼女は自分達の目標である”槍”部隊を探す。
それは、"女帝フレデリカ号"から15マイルほどの距離にまで迫っていた。

”槍”部隊であろう大型の飛行機械が海面近くまでに舞い降りたのが見える。
上面に塗られた緑が深い海の色と溶け合い、飛行機械はまるで幻惑魔法をかけたように曖昧にしか見えなくなる。
板切れのような翼についた赤い円形の印――魔女の目玉と呼ぶものもいた――だけが海面に浮いているように見える。
飛行機械はブルードラゴンに狙われるのを避けるために直線機動を嫌っているのだろう、機体を左右に揺らす。
それに伴って”魔女の目玉”も揺れる。十数組の”目玉”が海上で揺れている様はキャンディスに異様な圧迫感を与えた。
まるでこちらを地獄へと誘おうとしているかのようだ、咄嗟にそう思ったキャンディスは自分の感想にひどく驚いた。
攻撃型飛行機械を見たのは初めてではない。三年前にも同じように海上でその姿を見ている。
結果として彼女達は防空に失敗したとはいえ、少なくとも今のような感想は――脅威を感じることはなかった。
脅威?あれが脅威だというのか?キャンディスは自分の考えたことに愕然とした。
力のない者が力ある者に対して抱く感情こそが脅威だとするならば、この私は飛行機械に劣るというのか。
このキャンディス・フォン・ベックマンともあろうものが――

――竜騎士団長たる私が飛行機械ごときに一瞬でもそのような感情を・・・やつらの力に怯えの感情を抱くとは。
  たかが、バネと歯車ごときを相手に、そのような屈辱――
戦闘開始時に押さえつけた筈の感情が再び蘇ろうとしていたのに彼女は気が付いた。
我に帰った彼女は意識して深く呼吸し、濁りかけた心を押さえつける。まだだ。熱くなるのはまだ先だ。
感情は奴等の艦隊を攻撃する時までとっておけば良い。彼女は吐息と共に感情を吐き出した。
"落ち着いたか、お嬢さん"
彼女の様子を伺っていたらしいハイ=スカイが声をかけた。キャンディスは青竜の心遣いに感謝しつつ返答する。
"ええ。すまないわね、ハイ。気を使わせて。"
"気にするな。・・・それより、”槍”装備の飛行機械の奴等の動きが前よりも随分早いな。これも”新種”か?"

キャンディスは海面を飛行する飛行機械を観察した。確かに、以前<<大いなる海>>で見たものとは違うように思えた。
姿もそうだが、何より、以前みたものよりは随分と動きが早い。ハイの言うとおりおそらくはこれも”新種”なのだろう。
とはいえ、速度は遅い。幼年学校を出たばかりの竜騎士であってもこれよりは随分早いだろう、彼女は思った。
少なくとも”サム”よりは相当に違う。だからだろうか、彼らは海面ぎりぎりを飛行している。
そうする事で”槍”の狙いを定めると同時に攻撃を回避しようという狙いがあるのに違いない。
頭についた不恰好な風車が海面を叩き、飛沫が上がっているものもいる。彼らにとっても危険な機動であるのに違いない。
たまらず少し高度を上げるもの達もいた。キャンディスは配下の青竜騎士団に命じる。
「頭を抑えろ!速度ではこちらが上だ!事前想定に従い、頭を抑えるのだ!」

彼女の命令に従い、青竜騎士団長直率部隊が”槍”装備型飛行機械を追尾し始める。
フィンレー部隊が食い止め切れなかった”サム”がこちらの思惑に気が付いたのか、妨害が始まった
飛行機械はドラゴンに優越する降下速度でブルードラゴンに逆落としをかける。
ブルードラゴンは翼を少し傾け、真横に滑るような動きで飛行機械が放つ魔力弾をかわす。
光で出来た投げナイフのような魔力弾は竜に当たることなく空中を飛び、むなしく海面に着弾する。
濃緑とも濃紺とも取れる水面に規則正しく小さな水柱が立った。
ブルードラゴンは飛行機械に向って威嚇の稲妻を吐く。”サム”はドラゴンと同高度での戦闘を嫌い、すぐに上昇にうつる。
フィンレー隊はそれを待っていたかのように”サム”数機に稲妻を放った。だが飛行機械は横転してそれをかわすと反撃に移る。
翼の下から何かが白い煙を吐きながら飛び出す。虚を突かれたのか、一騎のドラゴンが頭に直撃を受けた。
青竜の頭は石榴のように弾け飛ぶ。魔力を失った巨体はそのまま海面に墜落し、高い水柱が上がった。
ブルードラゴンを落とした”サム”はすぐさま反撃を受けた。
先ほどの武器を放つために直進していた”サム”背後から迫ってきたドラゴンがその翼に牙をつきたてたのだ。
ドラゴンはそのまま首を振って翼を食いちぎる。翼を失った飛行機械は、先ほど自らが落としたドラゴンの程近くに墜落した。
青竜は戦果を確認することなく即座に身を翻した。
直後、先ほどまで竜がいた空間を一騎の”サム”が翼を光らせながら降下していく。
同一分隊と思われる”サム”がその後に続き、さらにその後方からフィンレーの騎竜らしきドラゴンが降下しつつあるのが見えた。

――全体としては混戦になりつつあるようだが、まだ上手くいっている。
  幸い、戦艦二隻も魔力弾を受けてはいないようだし、このままなら――
彼女がそう思って戦艦の方を見たとき、"女帝フレデリカ号"の中央部に火柱が立つのが見えた。
「畜生」
彼女は小さく悪態をついた。人生というのは、ほとんど思うようにいかない。

飛行機械が投下する魔力弾は、基本的にはワイバーンが投下する魔力弾と大差がないだろう。
火球が放てる分、ワイバーンの方が攻撃兵力としては上ではないか、キャンディスたちはそう考えていた。
そして単なる魔力弾の攻撃であるならば、対魔力弾の定石どおり回避に専念するほうが得策だ。
だから今回の戦闘においては魔力弾は戦艦の担当範囲で――回避するだけだが――対応することになっていた。
とはいえ、実際に命中弾を受けたのを目撃すればやはり後悔の念が湧いてくる。
彼女はその後悔を振り払った。あれもこれもとやるには戦力が不足している。今は最大の脅威のみに集中すべきだ。
"女帝フレデリカ号"の火柱は鎮火したらしい。白い煙引いた彼女は、キャンディスを後押しするかのように対空魔法を放った。

――流石はH級戦艦だ。伝説の女帝の名は伊達ではないな。
  爆撃を受けて安心するのもおかしな話だが、魔力弾については心配いらないようだな。
彼女は戦艦の防御力に素直に関心した。大体の場合、海竜の大きさとその甲殻強度とは比例する。
H級ともなれば、その防御力は今までの軍艦とは桁が違うものになっているのに違いない。
飛行機械の数もそれ程多くはないし、この調子であれば大丈夫だろう。
キャンディスは意識を”槍”装備型飛行機械追撃戦が行われている空域に戻した。その頭を抑えながら周囲の状況を確認する。
フィンレー隊は追いまくられていた。稲妻の本数が減りつつあるところを見ると、追い詰められつつあるのかもしれない。
彼女は唇を引き結ぶと遠方を見つめた。彼方では"女帝フレデリカ号"と"赤髪王号"に群がる魔力弾装備型飛行機械の姿が見える。
両艦あわせてその数およそ30ほど。それらは上空一万フィートほどから逆落としに迫ると、次々に魔力弾を投下する。
だが、戦艦はありとあらゆる対空兵器を――石弓、魔法、槍――放ち、そうしながら転舵を繰り返している。
先ほどの命中弾の影響はそれほどないようだ。彼女はそう考えて意識を自分の部隊に戻す。
振り返って後続のドラゴン達を見回した彼女は左翼の部隊に違和感を抱く。彼女は眉を顰めて注視した。
左翼最後尾を行く小隊がふらついている。一騎のドラゴンが突出しようというのを抑えているのだ、彼女は気が付いた。
確か、あそこには新兵が配属されていた筈だ。歴戦の竜騎士に世話を任せていたが、上手く行かなかったのか。
彼女がそう思ったとき、そのドラゴンが編隊を離脱し、無謀にも”サム”数騎に向っていくのが見えた。
追尾されるのに耐えかねたのだろう。ブルードラゴンは稲妻を放ちながら急速に”サム”に接近していく。
通信晶ががなりたてるのが聞こえた。分隊長が制止しようとしているようだ。
「クラウン!やめろ!」
だが、その指示は少し遅かった。”サム”は無謀な竜騎士に対して攻撃を躊躇しなかったのだ。
ブルードラゴンが"混沌の金礫"の直撃を受けていた。その体には一定間隔で規則正しく魔力弾が叩き込まれている。
青竜の力強い翼に血煙が立ち上った。次の瞬間、薄い膜で出来た羽根は真ん中近く断ち切られる。
片翼を失った竜にさらに数機の”サム”が攻撃を集中した。脚といわず頭といわず敵の魔力弾が集中して――
「クラウン!」
小隊長のデイビーが叫ぶのが通信晶越しに聞こえた。
その呼び声に答えることなく、魔力弾によって破壊され尽くしたブルードラゴンは海面に落下すると小さな水柱を立てる。
キャンディスは舌打ちした。クラウンはこの遠征前に青竜騎士団に加わった新兵に過ぎない。
一方、デイビーは緒戦のヨコスカ空襲にも参加した歴戦の勇士だった。その手腕はキャンディスも評価している。しかし――
――デイビーに新兵が抑えられんとはな。青竜騎士団の指揮系統も随分と弱ったものだ。
  だが、まだだ。まだやれる。このままでは終らせん。
彼女がそう決意したとき、通信晶からキャンディスが待ち望んでいた連絡が入った。

「艦隊防空指揮官から空中部隊各騎へ。30秒後に”槍”装備型飛行機械に対する防御を展開する。
 "女帝フレデリカ号"及び"赤髪王号"から半径1マイル以内いる部隊は即刻退避し、高度を1000フィート以上に維持せよ。
 繰り返す、艦隊防空指揮官から空中部隊各騎へ――」
キャンディスは配下の全騎に向けて叫んだ。
「青竜騎士団全騎、全速で当該空域から離脱!高度を1000フィート以上にとれ!」
彼女の命令に従い海面近くにいたブルードラゴンたちはほぼ垂直に舞い上がると戦艦から離れる機動を取った。
ドラゴンに追われていた飛行機械たちはそのまま直進を続ける。追われる心配がなくなった故か、多少速度が増しているようだ。
中には尻尾から炎を引いて急加速しているものもいた。残り3マイルほどの距離を一気に駆けようというのに違いない。
飛行機械は”槍”投下準備に入ったのだろう。機動が直線的になり、高度をさらに落とし始めた。

それに応じるように戦艦から何かが放たれた。ところどころに結び目のような印が見える。丸められた縄のようだ。
それは極緩やかな速度で1マイルほどの距離を飛行すると緊張感のない音を立ててはじける。
たちまち高度500フィートのところに、戦艦を囲むようにしてロープが展開された。まるで結界だ。
よほど強力な形態記憶魔法がかかっているのだろう、上空からみたロープは綺麗な円を描いている。
一定間隔で存在する赤い結び目からは細いロープがぶら下がり、まるで簾の様だ。
ロープには空中に固定するような魔法はかかっていない。それは徐々に海面に近づきつつある。落下しているのだ。
そして、飛行機械の一部はその簾まで極僅かの距離にまで接近していた。彼らは簾を障害物とは認識していないようだ。
特に回避するでもなく突破しようとしている。そして先頭の飛行機械が縄の結界に触れようとした、その時――

「<炎柱壁>展開!」
艦隊防空指揮官の声と共にロープに結わえつけられた赤い球から巨大な炎の柱が出現した。
その炎は縄を伝って広がっていき、縄による結界はたちまち幅100フィートにも及ぶ炎の結界に変わる。
低空を飛行していた飛行機械の群れはいきなり出現した<炎柱壁>をかわす事が出来なかった。
彼らは低空飛行のまま炎に突入し、まるで暖炉に栗を放り込むように次々と爆ぜていった。
惨劇を回避しようとする飛行機械もあったが、ドラゴンと違い直線的にしか飛べない彼らにとっては容易なことではない。
それに、仮に上昇して<炎柱壁>を回避したとしても、さらに上空で待ち構えていた青竜たちからは逃れられない。
”サム”もそれを防ごうとはしているが、青竜たちは上手くそれをいなしている。”槍”部隊の命運は尽きつつあるのだ。

――愚かものどもめ。我等が考えなしに動くとでも思ったのか。その愚かさの代償は自らの命で支払うのだな。
キャンディスは次々と爆発していく”槍”装備型飛行機械の姿を冷静に見つめていた。

<炎柱壁>はピラー・オブ・フレイムの魔法を込めた宝珠を一定の間隔で配置するだけのもので、さほど目新しいものではない。
突進力を削ぐための基本的な魔法罠として陸戦では一般的に用いられている、大昔からある魔法に過ぎない。
ただ、これを艦隊戦で使う事がなかっただけだ。
基本的には<壁>を展開するためにはロープのような長い何かが必要になる。
だが、この「ロープのような長い何か」が必要な点が弱点でもあった。
地面に埋める事が可能な陸上戦闘なら兎も角、海上においてこの魔法が有益に使えると考えたものはいなかった。
展開までにあまりに時間が掛かるという弱点のほかに、もう一つ致命的な弱点がある。対艦攻撃魔法としては威力が弱すぎるのだ。
木造船の時代ならいざ知らず、標準的な軍艦が海洋性魔獣の甲殻を用いるようになった現代、この程度の魔法では全く通用しない。
それに、対空中部隊という点に関しては陸戦でも役に立っていない。海戦では言わずもがなだ。
ピラー・オブ・フレイムという点をつなげて<炎柱壁>線にしたところで、立体機動が可能な相手にあたる筈もない。
陸戦の場合でも対空中目標として使えない防御方法を海戦で対空中目標用に利用しようなどとは誰も考えないだろう。
だから、艦隊防空にドラゴンやワイバーンを相手に<炎柱壁>が使えると考えたものはいなかった。
高価値目標が固定されている陸戦とは異なり、目標がただでさえ複雑な動きをする洋上戦闘では使える筈もないのだ。
これまでは、それが常識だった。しかし――

――”槍”を放つには、最終的には直線機動を取らざるを得ない。”槍”は直線的にしか進めないようだからな。
  そして、そうであるならば<炎柱壁>による迎撃ははまさにうってつけだ。
  実に単純明快な理屈だ。考えた人間が全く信用できないという点を除けば、ほとんど完璧だ。
キャンディスは思った。これを考えたのがアンケル侯爵でなければ、もっと心は晴れるのだろうに。

<炎柱壁>を対飛行機械用の防空兵器として"女帝フレデリカ号"に装備させたのはアンケル侯爵だった。
人造生命の分野において大協約有数の魔道士でもある彼が、ヒースクリフ大公が鹵獲した飛行機械を分析して得た結論だという。
当初は、如何に才能豊かとはいえ、ホムンクルスの専門家がバネと歯車について何がわかるのか、そう思っていたが――
――悔しいが私ではこうは出来ないだろう。先入観にとらわれてしまい、<炎柱壁>を使うなどとは思いもしなかった。
  やはりあいつは油断がならない。
縄が海面に落ち、同時に<炎柱壁>はその力を失って消えうせる。”槍”部隊で空中に浮いているものはいない。
攻撃隊の主力を失ったせいか、飛行機械の群れは撤退を始めている。艦隊防空という目的は達成したようだ。
損害を集計しながらもフィンレーと慌しく追撃の作戦を練り、隊長たちに指示を出しながらキャンディスは思った。
――そろそろ、スレイマーンが韜晦行動を終える頃合だな。上手く事が運べばいいのだが。

統合暦77年2月24日16時15分 ”スレイマーン” 

「"女帝フレデリカ号"座乗、フリードリッヒ・フォン・エリック公爵より通信!」
その言葉にシャイアン・マクモリスは作戦室の入口のほうを振り返った。伝令兵が顔を紅潮させて立っている。
シャイアンは伝令兵に向って軽く頷く。伝令兵は大きく頷くと作戦室中に響くような大声で報告を始めた。
「"エリック艦隊よりスレイマーン司令部へ。艦隊の防空に成功。
 戦果、”槍”攻撃型飛行機械30以上、制空型8撃墜確実、他損傷多数。
 我が方の損害は以下の通り。
 "女帝フレデリカ号"に魔力弾二発命中、対空連弩四基破損、80ポンド砲二基破損。
 "赤髪王号"に魔力弾一発命中、80ポンド砲一基破損。
 青竜騎士団のブルードラゴン、被撃墜10、損傷3。
 青竜騎士団は巨竜母艦と連携してこのまま敵航空部隊を追撃し、混沌の艦隊に一撃を加えんとす。1554"
 ――以上であります。」
作戦室にどよめきが走った。確かに防空には成功したのかもしれないが――
「青竜騎士団の損害が大きいように思えるな。これでは以降の作戦に支障が出かねない。大丈夫なのか?」
スレイマーンにおいて実質的な参謀長を務めるダグラス卿がつぶやいた。
確かに、五十数機の中から合計10騎というのは小さい数字ではない。
作戦参謀は恐る恐る司令官を見た。司令官は口角を上げていた。笑っているのだ、作戦参謀は気が付いた。
「流石は青竜騎士団だ。やるではないか。」
ダグラス卿は軽く右の眉を上げる。シャイアンは先ほどの表情のままで答えた。
「敵飛行機械は攻撃型も含めて百騎近くだったという。
 それを五十騎足らずで迎撃したのだから、この程度でんだのであれば、むしろ軽微な損害であろうよ。」
「ダッドリー侯爵の巡洋艦隊から通信!"我、飛行機械の接触を受けつつあり。任務続行す。1603"」
ダグラスは何か言いかけたが、再び現れた伝令の報告に口を閉じる。シャイアン・マクモリスは伝令に軽く頷いた。
「予定通りだな。夕暮れ前には転進して"決戦海域"に向うように伝えよ。」
シャイアン・マクモリスはそういうと通信参謀に命じた。
「エリック公爵、ベックマン伯爵にもあくまで作戦に従うように命じろ。この作戦においては、タイミングこそが全てだからな。」
その返事を聞かず、彼は胴間声を上げる。
「時間だ!風の魔法力を全解放!最大速力でアル・エアル・マイムに向うぞ!」
司令官の命令に従い、スレイマーンはその底部から魔力を放出して急加速し、アル・エアル・マイムへと向った。

真暦3186年2月24日17時30分 都市国家"アル・エアル・マイム"

「”陽の弓”?なんです、それは?」
ウサイドの言葉を聞いたサブゥーは思わず聞き返した。何故、こいつはいつも訳の判らない事を言ってくるのだ。。
夕方になって突如謁見室を訪れたウサイドはいきなり人払いを要請したため、重要な要件だろうと思ったのが間違いだった。
ウサイドは言われているほど馬鹿ではない。少なくとも、歴史についての造詣は深かった。
シャイフもまるきりの馬鹿であれば切り捨てるところだろうが、少なくとも学者としてのウサイドは有能ではあるのだ。
どの分野であれ役に立つものは使わなければならない。ウサイドはその一点で王に全てを許されていた。
たとえ、軍人としても政治家としても明らかな無能者であろうとも、王族として無下にするわけにはいかないのだ。

そのウサイドが言ってくるからには何か歴史的な物であるのだろうが、今、この局面で――
「大協約軍がニホンの艦隊に総攻撃をかけてくるというこの局面で、人払いまでしてする話なのですか?
 例えばそれが”スレイマーン”を攻撃できる武器だというのでもあれば話は違うのでしょうが。」
「いや、流石はサブゥーよ!まさに、”陽の弓”こそはこのアル・エアル・マイムに隠されし武器、我等の最後の武器なのだ!
 ニホン艦隊攻撃を囮として空中要塞が迫り来るというこのとき、この武器を使わずしていつ使いましょうや!
 そもそも――」
「待て、ウサイド。今なんと申した。」
先ほどから弟と甥の会話を黙って聞いていたシャイフ・アル・ファーハット十八世が声をかけた。
王が何故そこで遮ったのか、サブゥーは咄嗟に判らなかった。ウサイドがなんと言っていたかを思い出す。
そして彼は重大なことに気がついた。サブゥーは呻いた。なんという事だ。そうか、それで叔父上は――

シャイフに自分の研究結果が評価されたと思ったのだろう、ウサイドは嬉しそうに答える。
「はい、”陽の弓”はこのアル・エアル・マイムに隠されし最後の武器にして――」
「そこではない。”ニホン艦隊攻撃を囮として空中要塞が迫り来る”というのはどういう事か?」
ウサイドは驚いたような顔をして目を瞬いた。シャイフとサブゥーの顔を交互に見る。何を言っているのか、そういう表情だ。
放っておけばいつまでもそのままでいるに違いない。シャイフが珍しく長広舌でせかす。
「何故、空中要塞が迫り来ると判るのだ。今回の行動は、ニホン艦隊を撃滅するための一連の行動の筈だ。
 その情報を、油断した大協約が漏らした。それがこちらに伝わって、今回の作戦行動になっている。
 少なくともニホン軍はそう考えている。だから、その裏をかくように動いているのではないか。
 わしはそう認識しておる。だが、お前は・・・そうではないというのか?何故だ?」

ウサイドは戸惑った表情を浮かべたまま答えた。
「それは・・・いや、まさか、そのような事を考えていたなどとは露知らず。
 このようなあからさまな罠に易々とかかるなど、歴戦のニホン軍ともあろうものが――」
「だから、それは如何いう事なのですか?」
サブゥーは辛抱強く尋ねた。自分では少なくとも冷静なつもりだったが、彼の表情を見たウサイドは小さく悲鳴を漏らした。
もしかすると余りに見えてこない話に対する怒りと苛立ちが出ているのかも知れない。
――そうだ、ウサイド叔父上には悪気があるわけではない。
  ただ、もってまわる言い方しか出来ないだけなのだ。

彼は顔を一撫でして心を落ち着けようとした。今は、何故叔父ががそう考えたかを理解するほうが大事だ。
ウサイドは脂汗を流しながら困ったような表情を浮かべて言った。
「どうもこうもありますまい。ニホン軍から聞いた情報からすると、これはあからさまな罠でしょう?
 真暦529年2月の第三次ドワーフ・エルフ戦争で、<温の海>のドワーフ艦隊が同じ手でつり出されています。
 確か、その時はエルフ軍主力が<デュプリの塔>を後略するために行った筈です。
 だからあえてその裏をかいて大協約艦隊を撃滅するのでしょう?いや、流石はニホン軍、お手並みが違いますな。
 しかしそれではこのアル・エアル・マイムの防衛が手薄になってしまう。これはいかにも拙い。
 そこで、私が<パテラによる注釈書>を研究して発見した”陽の弓”をもって空中要塞を倒せば、我等の株がぐんと――」
一気にそこまで言ったウサイドは二人の顔色が悪いのに気が付いた。若干気落ちしたかのように言う。
「と、思っていたのですが・・・何か違うのですか?」

今度はサブゥーにもはっきりと判った。確かに、今まで敵が実施してきた一連の作戦を考えた場合、今回の動きには不審点が多い。
そもそも、<風の海>にいるニホン艦隊を撃滅しなければならない理由はほとんど存在しない。
意味があるとすれば、我等の目を別に向けるためだけだ。その意味するところは明白だった。奴等は、いきなりここに来る心算だ。
同じ結論に達したのだろう、シャイフ王は唇を真一文字に結んでから二人に命じた。
「サブゥー、ニホン軍の幹部に――そうだな、ツジに連絡し、爾後はツジと共同して軍の指揮を執れ。至急だ。
 それからウサイド、お前はわしと共にこい。”陽の弓”の起動準備をする。」
シャイフ王は玉座から立ち上がった。ウサイドは巨体を転がすようにして王のもとに近づいていく。
一礼しながら退出しようとしたサブゥーは、ウサイドと目があった。そこには暗愚の色はなく、何か違うものが見えた。
サブゥーはかぶりを振った。今はそれどころではない。ニホン軍と連絡を取らねばならない。
アル・エアル・マイムを守るために。


初出:2010年6月6日(日)


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