統合暦77年2月3日 砂漠地帯

いかに砂漠とはいえ、高度三万フィートにもなればそれなりに冷える。
――ハイはそう言っていたが、本当かどうか。何しろこの高度で外に出たことなど無いからな。
彼女の心を読んだかのように騎竜たるハイ=スカイが話しかけてきた。
"この高度は寒いぞ。経験を積んでいない若い竜には相当堪えるのではないかな。"
"ハイ、そうは言っても。"
"判っている。待ち伏せする以上、敵より高度を取らねばならん。
 飛行機械が二万程度の高度をよく利用する以上、それより高い位置で待ち受けるのは当然だからな。"

ブルードラゴン達は静寂魔法と不可視魔法を使って完全に気配を消して空中で獲物を待ち受けていた。
相手はもちろん、ニホンの飛行機械だ。正面から当たったならドラゴンとて苦戦せざるを得ない相手だ。
だが、キャンディスは思った。だが、今回は我等が絶対の優位だ。
高度で優位に立っている。奴等がこちらを見つけるより先に、こちらが奴等を見つけている。数もこちらが多い。
飛行機械を確認したのだろう、ハイ=スカイが思念波で声をかけた。彼女はドラゴンが示す方向を見た。何やら黒い点が見える。
敵でなければ勇壮と言っても良い光景ではある。だが、今、この場面でもっとも重要なのは――
"来たようだな。一時半の方向、高度凡そ六千だ。"
飛行機械を確認したのだろう、ハイ=スカイが思念波で声をかけた。
"今のところ、気づかれていないみたいね。・・・ハイ。私が合図したら攻撃を。"
静寂魔法と不可視魔法は激しく動いたり言葉を発したりすると無効化されてしまう。
たとえ騎竜鞍の中であっても言葉を発してしまえば竜の姿が見えるようになってしまうだろう。
それでは奇襲効果が失われてしまう。最初の一撃を飛行機械に向けるその瞬間まではこの状態を維持したい。
負ける要素は無いと考えてはいるものの相手は飛行機械だ。ドラゴンに匹敵する好敵手だ。慎重に越したことは無い。

飛行機械の群れとの距離が縮まり、先頭集団が彼らの攻撃範囲内に――ほぼ真下に迫ってきた。頃合だ。
"ハイ、今!"
その声と共にブルードラゴンの口から稲妻が放たれた。彼女の攻撃をいまや遅しと待ち構えていた竜騎士達もそれに追従する。
無数の稲妻と火炎がほぼ垂直に放たれ、飛行機械群の先頭を行く"サム"の群れを打ち砕いた。
キャンディスは火炎球の魔法を唱えて火球を放ちながら地上に向ってハイ=スカイを一直線に急降下させる。
青竜騎士団の中でも手練のものが彼女に続く。ここまでは作戦通りだ。

乱戦が繰り広げられる中を突破し、彼女は地上近くで滞空しながら飛行機械を待ち受ける。
飛行機械は垂直面での戦闘を望む筈だ。であれば、追いかけ続ければ彼女達がいる高度まで落ちてくるに違いない。
はたして――上空から一騎の飛行機械がブルードラゴンに追い立てられるように地上に降下しはじめたのが見える。
追跡しているのは幼年学校を出てすぐに青竜騎士団の若手達だ。戦意は高い。だが、悲しいかな実力がそれに見合っていなかった。
少なくとも、”フランク”や”サム”を相手どるほどの空戦機動はとても期待できないだろう、キャンディスはそう考えていた。
だから、今回の作戦における彼等の任務は”勢子”だ。忌まわしい飛行機械を追いたて、空中から引き摺り下ろすための猟犬だ。
若手とは言え、彼らとていっぱしの竜騎士だ。今回のように多対一での空戦機動くらいなら問題なくこなせるだろう。
――いや、一対一での空戦には不安がある以上、こなして貰わなければ困るというべきかもしれないな。
  ・・・精鋭部隊に配置されたと喜んでいた当人達にとっては不本意な任務なのかもしれないが。
キャンディス・フォン・ベックマン青竜騎士団長がそう考えた時、騎竜のハイ=スカイが思念波で話しかけてきた。
"子竜どもも相手が悪いな。せめてグリフォン辺りで経験をつませてやりたいところだ。”フランク”や”サム”ではなくな。"
"・・・あのままロシモフにいたなら、それも出来たのでしょうけどね。いずれにしても、今は望みようもないわ。"
"それもそうだな。もう少し、時間があれば――おっといかん。お嬢さん、お客様がやっと来たようだぞ。"
"随分遅かったわね。待ちくたびれたわ。"
彼らは会話を打ち切った。
飛行機械が急降下から体勢を立て直そうとしている。騎乗士らしき男が後ろを振り返っているのが見えた。
――だが、甘い。後ろを気にするあまり、奴はこちらには気が付いていない。
  今ならば、確実に落とせる。悪く思うな。
キャンディスは一瞬でそこまで考える。その刹那、飛行機械の男が正面を向いた。
彼は驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。次の瞬間に何が起きているのかを本能で悟ったのだろう。
それを見た彼女は騎竜に向って思念波で叫んだ。
"ハイ、今!"
"墜ちろ、屑鉄!"
ハイ=スカイはそう叫ぶとその豪腕を振り下ろした。飛行機械に付いた風車が消し飛び、金属と油が飛び散る。
青竜の一撃で致命的な損害をおったのだろう。飛行機械は姿勢を崩すと、頭を下にして地上三百フィートまで石のように墜落した。
激しい砂煙とともに板切れのような翼が千切れ飛ぶのが見える。
"よし、こいつは片付いたな。次にいこう。"
ブルードラゴンの言葉を受けたキャンディスは地上を見た。飛行機械は大破し、半ば以上は砂に埋まっているように見える。
それは完全に壊れているように見えた。二度と飛ぶことはないだろう。だが彼女は漠然とした不安を感じた。
彼女はその不安を払うかのように頭を振ると、次の目標を落とすことに意識を集中させた。

統合暦77年2月1日 ”スレイマーン”司令官公室

「"ウィスプ部隊"を優先目標にしろというのか、義兄貴?」
シャイアン・マクモリス司令官は通信晶の向こう側にいる義兄、ヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公に聞き返した。
少し不機嫌そうにしている司令官とは違って大公はいつもどおりの楽しげな表情に違いない、同席していたキャンディスは思った。
通信晶からはいっそ気軽とすら言えるヒースクリフ大公の言葉が聞こえた。
「そうだ。同盟軍内での"ウィスプ部隊"の名声は高い。”激戦地に率先して派遣される、勇猛果敢な部隊”という触れ込みでな。
 だからだ、シャイアン。ここで"ウィスプ部隊"を撃破できれば、それはそのままお前達の栄誉にもなろう。」
「まるで木になっている葡萄を一房もいでくれとでも言いたげな口調だが、そういう問題でもない。
 奴等が騎乗する”フランク”はそれなり以上の強敵だ。そう簡単に事が運ぶと思うか?」
「だから、お前達は今まで力を削ぐための戦闘を続けてきたのだろう?そろそろ良い頃合ではないのかな?」
唸り声を上げて黙り込んだ司令官を見ながら、その点についてはヒースクリフ大公の認識は正しいとキャンディスは思った。

キャンディス青竜騎士団長、アシュリー赤竜騎士団長とダグラス卿。彼女達は今後の作戦検討のために司令官公室に集まっていた。
彼らは今までの昼夜分かたぬ襲撃により、敵の飛行機械運用設備には相当の被害を与えているだろうと判定していた。
幾度となく繰り返される地上施設襲撃に対し、敵の復興速度は次第に鈍りつつある。
飛行機械が飛び立つために必要な助走路――幼竜でもあるまいに、キャンディスは思っていた――は最優先で修繕がされている。
だが、それ以外の設備――例えば倉庫らしい建物などは破壊されるに任せる事も多くなっていた。
飛行機械による迎撃は相変わらず続いているものの、地上から上がって来る数も徐々に減りつつある。
地上から撃ちあがってくる摩訶不思議な炸裂弾にしても数が減っていた。
これらの意味するところは明らかだ。敵戦力は弱体化つつある、彼らはそう判断していたのだ。
スレイマーン司令部としてもこのタイミングで敵空中勢力に対して全面攻勢をかけて撃滅を図る事には特に異論はない。
だが――

「空中戦というのは段列を組んでの戦いになる。最終的に乱戦になるにせよ、基本的にはそうだ。
 だから、戦闘序列がわかっているのでもない限り、"ウィスプ部隊"を狙い撃ちにするような器用な事は出来ん。」
シャイアン・マクモリスは義兄に向けていった。それは拒否を意味する回答であった筈だが、大公は違う取り方をした。
「つまり、戦闘序列が判ればどうにかなるのだな?」
返答に詰まるシャイアンをよそにヒースクリフ大公は楽しげに続けた。
「それならば任せておけ。今日中に戦闘序列と――そうだ、出撃時刻まで連絡させるようにしよう。では、後は頼んだぞ。」

統合暦77年2月3日 砂漠地帯

「団長、撃墜した飛行機械の模様から騎乗士の特定に成功!目標の騎乗士が――タカマサが乗っていた飛行機械のようです!」
「判った。分析に感謝する。引き続き頼むぞ!」
弾んだ声で言う若い竜騎士に応じながらもキャンディスは腑に落ちなかった。
――ヒースクリフ大公の部下が連絡してきた飛行機械の戦闘序列のお陰で戦果は出せた、それは認めよう。
  しかし、ヒースクリフの本当の意図が読めない。大公は我々に何をさせたいのだ?

"ウィスプ部隊"撃滅指示があった日の夕方には”ヒースクリフ大公の部下”からの情報がスレイマーンに届いていた。
情報はかなり細かかった。戦闘序列、出撃時刻だけでなく飛行機械騎乗士の氏名、さらには――
「サカガワ・トシオ、"ウィスプ部隊"隊長。撃墜したドラゴン各色合わせて十五、ワイバーン各種あわせて四十八。
 クロエ・ヤスヒコ、"ウィスプ部隊"副隊長。撃墜したドラゴン各色合わせて十七、ワイバーン各種あわせて五十ニ。
 タカナシ・タカマサ、"ウィスプ部隊"副隊長。撃墜したドラゴン各色合わせて十一、ワイバーン各種あわせて四十六。
 ・・・戦果誤認もあるだろうが、それほどの違いはあるまい。酷いものだな。」
届けられた詳細情報を見ながらアシュリー赤竜騎士団長は顔を顰めた。キャンディスは頷いて言う。
「この三名の合計戦果でドラゴン四十以上、ワイバーンは約百五十。ことにワイバーンは全軍の1%相当が落とされた計算になる。
 この数値から判断する限り"ウィスプ部隊"を撃滅せよというヒースクリフ大公の指示には妥当性があるように見えるだろうな。」
「やはり反対なのか?しかし、大公の指示は従わないわけにはいかないぞ。何しろ総軍司令官代理殿だからな。」
アシュリーの問にキャンディスは答えた。
「判っている。だから今回は"ウィスプ部隊"指揮官級の騎乗士が乗った飛行機械を中心に狙う。最優先目標は、その三人だ。」

奇襲により"ウィスプ部隊"副隊長を含む十騎あまりを撃墜した青竜騎士団ではあったが、そこからの首尾はあまり良くなかった。
先行する”サム”を抑える筈の再生黒獅子鳥部隊が数分で壊滅し、乱戦が始まってしまったからだ。
副隊長を落とされた"ウィスプ部隊"も猛威を振るい始めていた。350ノット以上の高速で青竜を追い回しているものもいる。
これ以上この空域で粘るのは危険だった。キャンディスは騎竜に思念波を放つ。
"頃合だ。ハイ、撤退の合図を!"
キャンディスが言うと同時に青竜は上空に向けて蒼い稲妻を放つ。音と光は大きいが殺傷力それほどない、撤退信号の稲妻だ。
それを見た各騎士は空戦を中断して各中隊長のもとに集まる。中隊はやがて合流し、青竜騎士団は撤退を開始した。
飛行機械は追っては来なかった。それなりの損害を与えたのだろう。
キャンディスはほんの少しだけ微笑むと、ハイ=スカイに”スレイマーン”に向うよう思念波で伝えた。

真暦3186年2月3日 都市国家"アル・エアル・マイム"

「ああ、何たることか!我等を守るはずの鋼鉄の翼は傷つき、多くの勇者が砂に還る事になるとは!
 これ程の悲劇が他にあるだろうか!我等は、今こそ、<大いなる海>の果てから来た友に――」
肥満した男が沈痛な表情を浮かべて大きな声で話すのを周囲のものは半ば呆れ、そして半ば怒りを込めた眼差しで見ていた。
内容はニホンの空中部隊が受けた損害を嘆いているもので、決して不愉快なものではない。
しかし――
「ウサイドよ。此度のニホン空中部隊が受けた損害、お前にも責任があろう。それはどう考える。」
王が不機嫌そうに言う。その言葉に場が水をうった様に静まり返った。
――今回ばかりは王も腹に据えかねているようだな。無理もない。
王の指摘に目に見えてうろたえるウサイドを見ながらサブゥーはそう考えていた。

元々、今回の攻撃を発案したのはニホン軍ではあった。ただし、それは随分前の話――1月初頭の話だ。
それを押し留めたのがウサイドの言葉だった。
「おお、行ってしまわれるのか。我等の空中部隊はまだ貧弱だというのに、空の護りは無いというのに!
 それでも貴方達は行ってしまわれるというのか!」
涙ながらにそう訴えかけるウサイドを袖にすることはニホン軍には出来なかった。情にほだされたからではない。
王弟でもある彼は、アル・エアル・マイム空中軍司令官だったのだ。
あくまで建前上ではあるが、ニホンの空中部隊の指揮権はウサイドにある事になっていた。
”このままでは防衛作戦が推敲できない可能性がある。その場合、アル・エアル・マイムの安全は保証できない”
というニホン軍からの正式な抗議があるまで、彼は空中軍司令官から退くことは無かった。
彼がお飾りの”国家元帥”――困り果てた王がでっち上げた、今までにない役職――に就いたのが一月末のこと。
そうして、”国家元帥”が最初に発した”命令”がこの空中攻撃の出撃命令だったのだ。
少なくとも、サブゥーはそう認識していた。

だが、当のウサイドにはそのような心算はなかったらしい。涙ながらに王に訴えかける。
「私はただ、”そういえば空中要塞空中部隊への飛行機械による撃滅作戦はどうなりました?”と言っただけではありませんか!
 まさか無敵のニホン軍空中部隊がこのような惨敗を喫するなど――」
「もうよい、ウサイド。下がれ。」
王はうんざりした様子でため息をついた。ウサイドは救いを求めるように周囲を見回す。そこにいる全員が彼から目を逸らした。
誰も助けるものがいないことを認識したのだろう、ウサイドは肩を落として退出していった。

「お見苦しいところをお見せした、ツジ大佐。」
シャイフ・アル・ファーハット十八世は事の成り行きを眺めていたニホンの軍人に声をかけた。
ツジと呼ばれた男は先ほどの光景に特に動揺を見せる様子もなく答えた。
「"いえ。ウサイド公の言われることも尤もです。"」
彼は流暢な言葉遣いで短く言う。サブゥーはそもそもここに何故この男がここにいるのか判らなかった。
確かに、ニホン軍は今日大打撃を受けた。
だからといって、大佐――聞けば、軍団長にも匹敵するという――が態々ここに訪ねてくるほどのことではないだろう。
サブゥーの問いただすような視線に気が付いたのか、ツジは彼に少しだけ目線を送ってから王に言った。
「"本日は航空部隊の事で着たわけではありません。少々ご相談がありましてまいりました。"」
「ご相談、とな?どのようなものか?」
侍従長の少し気取った声を半ば無視するようにツジは続けた。
「"機密性の高い要件なれば、お人払いをお願いしたく。"」
「ここにいるのは王族かそれに連なるものだ。この国を動かすものたちだ。それでも、聞かせるわけにはいかんというのか?」
「"外典についてです。お人払いを。"」
ツジは真っ直ぐ王の目を見ながら先ほどと同じように短く言った。サブゥーと王のみがその言葉に反応する。
サブゥーは表情に出さないために苦労しながら叔父に視線を送った。そこでサブゥーが見たものは彼の予期せぬものだった。
シャイフ王は面白そうな顔をしていたのだ。彼は口を歪めるようにして言った。
「皆、ご苦労だった。下がるが良い。」
「叔父上!」
サブゥーの叫びを聞いた王は彼をちらりと見ると言った。
「お前は残れ。他のものは下がれ。」

「わしに何かあった場合、このものが王位を継ぐ。まだ公にはしていないがな。」
シャイフ、サブゥーとツジの三名だけになった謁見室でシャイフ王は言った。ツジは心得たという表情で頷く。
「それで、どのような用向きだ?」
「"外典に記載のあると言われる<弓>について、詳しく教えていただけませんでしょうか。"」
「何故にそれが必要だというのだ?いや、何故それを知っている?」
サブゥーの質問には答えず、ツジは王に視線をすえたまま言った。
「"もしも外典が示す終末の時が今を指すのだとすれば。大協約のアル・エアル・マイム攻撃についての仮説があります。"」
ツジが続けた言葉にサブゥーは言葉を失った。

統合暦77年2月3日 神都アケロニア"法の宮殿"

「気が付いたものがいる、というのか?」
神官王ヴィンセントは薔薇を世話する手を止めてヒースクリフ大公に向き直った。
彼がいるのは"法の神々"に捧げるための花を育てるためのドーム、通称"薔薇の園"だ。
宮殿内に造られた直径五百フィートの大理石ドームは室温と湿度を制御する魔法が働いて外とは別の世界を築いている。
アケロニアの冬は寒いが、ここの空間だけは春から初夏にかけての気温に調整されているのだ。

むせ返るような薔薇の香りを楽しむように微笑みながらヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公が答えた。
「はい。同盟軍の"協力者"からの情報です。ニホンの軍人が嗅ぎつけたらしい、と。」
神官王は面白げな表情を浮かべた。
「素晴らしいではないか。この世界に来て僅か数年で我等の思惑を察するとは、さぞかし優秀な軍人なのだろう。何者だ?」
「ツジ・マサノブというニホン地上軍の将校です。"作戦の神"の異名をとる切れ者だとか。」
ヴィンセントは手にした剪定鋏を金属製の台車に乗せて楽しげ笑った。
「そうか、"作戦の神"か。神が相手では如何ともし難いな。」
「全くです。――何故ツジが我等の思惑に気が付いたのかは不明ですが、おそらく歴史と神話を調べていて気が付いたのでしょう。
 丹念に調べた上で想像力を発揮すれば判ることではありますから。ですが、幸いというべきか――」
ヒースクリフの表情から何かを読み取ったのか、神官王が言葉を引き取った。
「ツジを信じるものがニホン人の他にはいない、という事か。」
「付け加えさせていただくなら、彼のいう事を真に受けるニホン人は極少数との事です。
 こと歴史と神話について"新参者"であるニホン人が新解釈を主張しようが、同盟が容易く受け入れる筈もありません。
 加えて、"協力者"の情報によればツジは毀誉褒貶の激しい人物です。そのような人物の言う事であればなおさらです。」
ヒースクリフの言葉にヴィンセントは皮肉げに言った。
「仕方あるまい。それが、その者の"徳"というものであろうよ。して、ツジは今どうしているのだ?」
「持論を検証するという名目で東方大陸のあちこちを探索しています。現実的にはやっかい払いと見るのが適切でしょうな。」
「今はどこを調べている?」
ヒースクリフは楽しげに言った。
「我等にとって"縁の深い場所"におります。アル・エアル・マイム、かの都市国家に滞在しているのです。」
「素晴らしい!これこそ"法の神々"のお導きに相違あるまい。」
神官王と大公は声を合わせて哂った。

「アル・エアル・マイムか。思ったより時間が掛かっているな。」
ヴィンセントの言葉にヒースクリフはわざとらしくため息をついてから言った。
「シャイアンは優秀な男です。あれだけの戦力がありながら力押しをしない。流石は義父上の血を引くだけの事はありますな。」
「お前の義弟ではないか、我が義息よ。」
神官王は楽しげに言った。ヒースクリフ大公も同じような楽しげな調子で応じる。
「確かに、優秀な"かわいい"義弟です。ですが、この場合には優秀である事が問題でもあります。
 本来の"目的"を達成するためにはアル・エアル・マイムに<弓>を使わせねばなりません。ですが、このままでは。」
「<弓>を使わせるまでもなく攻略に成功してしまいかねんな。それは拙い。」
「仰せの通りです。折角、無理矢理に追い詰めて開戦させたというのに、<真実の杯>が顕現せぬのでは全く意味がありません。
 そこで、シャイフに少し危機感を持ってもらうためにも敵軍最精鋭空中部隊"ウィスプ"を撃破するように命じました。」
「そうであったな。どうなった?"ウィスプ"どもには少しは損害を与えたのか?」
ヒースクリフは頷いた。
「ニホン軍空中部隊と交戦したスレイマーン空中部隊は"ウィスプ"副隊長を含むニ十騎あまりを落としたとの事です。
 現地からの報告では、都市に配備されたニホンの飛行機械は残り七十を切ったとか。」
「もう一押し必要というわけか。」

ヴィンセントの言葉に何か言いかけたヒースクリフ大公が何者かの気配を感じて後ろを振り返る。アンケル侯爵が立っていた。
彼は相変わらずの鉄面皮のまま歩み寄ると神官王の前に跪いた。王が問いかけるよりも早く彼は口を開く。
「<毒の剣>が見つかりました。」
その言葉は短かったが、彼ら三人にとっては非常に大きな意味を持つものであった。神官王は静かな声で尋ねた。
「どこにある?」
アンケル侯爵は神官王に持参した書類を渡す。僅か二枚の紙に書かれたその内容を読んだ後、ヴィンセントは唇を歪める。
ヴィンセントは書類をヒースクリフ大公に渡しながら、苦笑にも似た表情を浮かべて言った。
「なるほどな。これでは幾ら探しても見つからぬ訳だ。」
ヒースクリフは書類から顔を上げ、義父とよく似た表情を浮かべた。
「ですが、仕掛けさえわかってしまえば簡単なもの。これについては私が何とかいたしましょう。口実は何とでもつけます。」
神官王は首肯すると言った。
「かくなる上はアル・エアル・マイムでの目的を確実に果たさねばならぬ。ここに来ての失敗は許されん。」
「それいついては腹案がございます。」
ヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公は神官王に説明を始めた。

統合暦77年2月10日 ”スレイマーン”

「二週間以内に全面攻勢をかけろというのか、義兄貴?何故だ!」
シャイアン・マクモリスの怒声が司令官公室に響く。彼は苛立ちを隠そうともせずに言った。
「このままいけば――そうだな、あと三ヶ月あればアル・エアル・マイムは落とせる。それで何か不都合があるのか?」
「それでは遅いのだ。一ヶ月以内に、できれば二月のうちに全てを解決せねばならん。」
「僅か二ヶ月が待てないというのか。どういう事だ!説明してくれ!」
シャイアンは義兄に向って怒鳴った。通信晶の向こう側ではヒースクリフは気にする風もなく話している。
「主な理由は二つある。一つは政治的に――」
「"ウィスプ"の件から一週間もたっていないのにか?義兄貴は政治的な効果を求めすぎる。軍事は政治のようはいかんぞ。」
即座に反論する義弟を諭すかのように大公が言う。
「軍事ほど政治的な行動は他に無い、少なくとも私はそう思うがね。何はともあれ、私の話を聞け。
 元々、アル・エアル・マイムとスレイマーンとでは戦力は比べ物にならん。それなのに何故、三ヶ月近くも戦が続いている?」
「知れたことを。”混沌の大国”ニホンの機械ども、何よりも飛行機械が都市国家を支援しているからではないか。
 ブルードラゴンと互角に戦える飛行機械の戦力を削ぐために、俺達がどれほど苦労しているか――」
「それだ。小さな都市国家であってもニホンの飛行機械さえあれば我等に対抗しうる事を、お前達は逆説的に証明している。
 このままではドラゴンを保有していない小国が全てニホンになびいてしまう事さえ考えられる。政治的にそれは避けたい。」
シャイアンは不機嫌に唸った。その唸りを聞きながらヒースクリフ大公は続ける。
「もう一つは軍事的な理由だ。・・・"フランカ"での戦について、何か聞いているか?」
「いや、東部戦線は優位に進んでいると思っていたからな、特に確認はしていない。・・・何かあったのか?」

昨年十二月にロシモフの要衝"フランカ"に突入した大協約軍三百万は現在苦境に立たされていた。
周到に用意されていた同盟軍の防衛線は大協約軍の突進力を削ぎ、温存された戦力が後方を遮断しつつあるのだ。
そのため大協約軍は補給を受けられずに弱体化しつつある。補給のためワイバーンに荷物を持たせて都市に突入させているほどだ。
一方、同盟は都市に対する攻撃を激化させていた。ニホンの飛行機械が落とす無数の魔力弾で街は壊滅状態に陥っているという。
"フランカ"攻防戦は攻守が逆転しつつあった。そして――

「四月の雪解け以降、遅くとも六月には同盟軍が"フランカ"に全面攻勢をかけるという情報が入っている。
 もしもここで敗北した場合、東部戦線はイーシアまで一気に押し返されてしまう公算が高い。これは"黒煉瓦"も同じ意見だ。
 砂漠戦線と東部戦線では重みが違うのは理解できるだろう?出来る限り急がねばならん。」

数時間後 ”スレイマーン”

「なるほど、要は退き戦ですな。概ね理解できました。それで、どのようにお考えですか?」
スレイマーン作戦室でアケロニアの――ヒースクリフ大公の意向を聞いたダグラス卿はシャイアン・マクモリスに問いかけた。
「アル・エアル・マイムを攻略するにあたって一番の障害は飛行機械だ。
 これに対抗する方法として、我々は消耗戦で敵の物資を削っていくやり方を取っていたが、これでは間に合わん。
 そこで、考え方を変える。」
シャイアン司令官は地図上に置かれた”スレイマーン”の模型を現在位置からアル・エアル・マイム近くまで一気に動かした。
「一時的に敵航空戦力を別な目標に引き付け、アル・エアル・マイムまで一気に接近し、主砲と竜騎士魔法でかの街を破壊する。」
「確かにスレイマーンの3000ポンド魔道カノン砲と竜騎士魔法の最上位攻撃呪文であれば、街の破壊自体は可能でしょう。
 しかし、そもそも”一時的に敵航空戦力を別な目標に引き付ける”などという事が可能でしょうか?」
アシュリー赤竜騎士団長が質問する。キャンディスも疑問に思っていた点だ。
「この前、"ウィスプ"どもを蹴散らした手、あれの逆を使う。」
「わざとこちらの攻撃情報を漏らして、そこに食いついたところを一気に叩くということですか。」
アシュリーは関心したように頷いている。それを横目で見ながらキャンディスが言った。
「しかし、肝心の目標はどこにします?彼らが全力での防衛を試みるような、都合の良い目標などありましょうか?」
シャイアンは凄みのある笑みを浮かべた。彼の頬に走る傷がその表情をより際立たせていた。
「<風の海>に、いくらでも浮いているではないか。同盟軍の艦船という、都合の良い目標が。」
「では?」
「我等大協約派遣軍は総力を挙げて"混沌の艦隊"を撃滅するという情報をあえて流す。先日とは逆だな。
 やつらは裏を掻くつもりで迎撃しに来る筈だ。その、さらに裏を掻く――つまり、形としては正面から堂々と叩き潰す事になる。
 こうすることで、義兄貴が言うところの”政治的効果”というのも多少期待できよう。
 正しく戦力を運用すれば、混沌の武器など――バネと歯車から出来た兵器など怖れるに足らん、それを証明できるのだ。」
最初に発言してから黙って会話を聞いていたダグラス卿が口を開いた。
「基本的には賛成です。しかし、”スレイマーン”の護衛艦隊にそれが可能でしょうか?あの艦隊では不可能な任務に思えます。」
「それは問題ない。増援として、戦艦二隻を受け取ることになっている。”女帝フレデリカ”と”赤髪王”の二隻だ。
 両艦とも巡洋艦を従えてすでにこちらに向っている。あと一週間ほどだかかるから、攻勢発起はその後になるだろう。」
――驚いたな。最新鋭艦ではないか。それをこの任務に投入するとなれば、同盟も黙ってはおるまい。
  これであれば上手くいくやもしれぬ。
キャンディスは思った。

「それで、そのような任務を引き受けてきたというのですか。」
青竜騎士団長公室でフィンレーは言った。顔には驚きと――それ以上に不服の色が浮かんでいる。
「そうだ。私の決断が不満か?」
「・・・はい。合理的な決断には思えませぬ。青竜騎士団が主導しなければならない任務ではない筈です。」
「誰かがやらねばならぬのだ。ならば我等がやる、それだけの事だ。そうではないか?」
「逆に言えば我等でなくてもよい、そういう事ではありませぬか?
 "混沌の艦隊"を攻撃するなど、ただ危険なだけで成果が期待できません。考え直すべきです。」
「簡単には退かぬな。流石はフィンレーよ。」
キャンディスは苦笑を浮かべながら言った。この副官が頑固なことは知っているが、これほど強行に反対することは滅多にない。
「上空支援として――偽情報の裏書として竜騎士は出なければならん。そして、レッドドラゴンでは飛行機械には対抗できない。
 であれば、我等が行くほかは無いではないか。選択の余地などない。それに――」
一旦言葉を切ったキャンディスはワインをグラスに注いで一気に呷る。
「青竜騎士団が放つ"重雷破"よりも赤竜騎士団が放つ"烈炎砲"の方がアル・エアル・マイム破壊に向いているという事情もある。
 元々の作戦目標はそちらだからな。ニホンの艦隊は、あくまでついでだ。」
キャンディスの言葉にフィンレーが正しく反応した。
「”ついで”にしては危険が大きすぎませんか?私は反対です。」

その言葉を最後に沈黙が訪れた。キャンディスは彼女に視線を送り続ける副長に根負けしたかのように言う。
「たしかに危険は大きい。だがその分、栄誉も大きい。いや、勘違いするな。」
何か言いかけたフィンレーを彼女は制した。ワイングラスを大理石のテーブルに置くと遠くを見る眼差しで言う。
「私が言っているのはそのような下衆な話ではない。だが・・・この戦争において、我等は、大協約は幾多の名誉を失っている。
 ヨコスカとバレノアだけではない。ヴァーリやフランカもだ。”サム”や”フランク”の事を加えても良いだろう。
 それに戦場のほかにも、"国潰し"で荒れ果てた田畑や"イニトゥ=ハの浄化"――」
「団長、それは――」
「判っている。だが考えても見ろ。我等も我が祖国も等しく名誉を失い続けている。回復可能か判らぬほどに。
 であるが故にだ、たとえ詭計によるものにしろ戦果を――名誉を得ねばならん。それは望んではならない事なのか?」
彼女はそう言って先ほど置いたワイングラスを軽く弾いた。硬質な澄んだ音が部屋中に響く。
「それにな、フィンレー副官。」
キャンディスは信頼すべき副官を見つめ、苦く哂った。
「私は”ソウリュウ”――やつらの言葉でブルードラゴンを名乗る船が混沌の軍艦として浮かんでいる現実に我慢ができないのだ。」

初出:2010年5月30日(日) 修正:2010年6月6日(日)


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