統合暦74年9月20日 大協約神都アケロニア 法の宮殿"法の会議場"

「そうか、またしても彼奴等は"作戦を成功させた"のか。」
神官王ヴィンセントは相変わらず楽しげだった。――そのせいで<八者>は神官王が幾分皮肉げであったことに気が付かなかった。
「はい。イーシア共和国の<温の海>に面した地域、及び中立ポラス諸国との国境付近はほぼ制圧しつつあります。」
アンケル侯爵が答えた。

本日の大協約の意思決定機関"最高諮問会議"における議題は、もちろんトーア大陸同盟との戦争についてが大半を占めている。
アンケル侯爵は軍の高官として戦況を告げていく。その淡々とした口調は戦場の熱狂とは程遠いものだ。
彼は空中に浮かぶ表を指し示すと続けた。要塞と鉱山の一覧だった。
「イーシア共和国軍は事前の想定どおり地下要塞及び各地の鉱山に篭城を始めました。
 農業、工業等の各種生産拠点も全て地下都市に退避しています。地上に残っている拠点は南部の要塞都市等、僅かでしかありません。
 ただし――」
空中に浮かぶ画像が地図に切り替わる。大協約軍が占領した地域が赤でしめされていた。
「地上部分については、ダグラス卿、青竜騎士団、赤竜騎士団等の働きもありその大半を"解放"することに成功しております。
 これにより、ロシモフ国境を越えるための障害はほとんどなくなりました。
 現在、"中立"を謳っているポラス諸国も、手筈どおり"法の神々"に忠誠を近い大協約に加わるはずです。」

「問題はないのか?ロシモフには"混沌の大国"の軍勢も居るというではないか。海軍のような失態はあるまいな?」
片眼鏡をかけたやせぎすの大司教、ジェームズ・クロガウアーが神経質に言う。
彼の祖国はポラス遠征軍に多大な兵力を送っている。気になるのだろう。
「問題ありません。」
アンケルがそう応じると同時に、通信晶が青い光を放った。魔道士が通信を繋ぐ。跪いた高位の軍人の姿が宙に浮かんだ。
「遅くなりました。義父上、ならびに<八者>の方々。」
「全くだ。遅いぞ、ヘクター。わが義息子よ。」
ヴィンセントは相変わらず楽しげだった。ヒースクリフ大公は顔を上げて言った。
「恐れ入ります。しかし、遅くなったのには理由があります。」
彼は芝居がかった様子で言葉を切り、わざとらしく続けた。
「混沌の大国ことニホンの地上軍と思われる軍勢と、わが軍の猛撃猪突重騎兵団が交戦したことは既にお聞き及びでしょう。
 しかし、その戦闘の結果――ニホンの軍勢が使っている武具を鹵獲しました。その分析をしておったのです。あの飛行機械も一台含まれております。」

場がどよめいた。ニホンと戦ってすでに10ヶ月あまりたつというのに、彼らの武具については情報が少ない。
ほとんどがバレノア島を巡る戦闘だったこともあり、各種魔道映像と兵士の証言以外では知られていなかった。
純粋機械が空を飛び、鉄の船が浮かぶという彼の国の文物を入手したのは事実上これが初めてだったのだ。
ヒースクリフは<八者>の反応に満足したかのように微笑むと告げる。
「これにより、いくつか確認出来たことがあります。今から映像を送ります。」
猪に踏み潰されたと思しき人間の死体が映し出される。<八者>のうちの何人かが顔を顰めた。気にした様子も無く大公の声が聞こえる。
「戦場に遺棄された死体――ああ、もちろん"戦争法規"に基づき埋葬させました――から確認できた事がいくつかあります。
 まず、魔力が一切感じられません。平民らしき兵だけでなく、貴族と思しき帯剣した指揮官にすら魔力反応がありません。
 防具は平民、貴族とも顔を覆わない鉄兜を被っているだけです。鎧は着ておりません。武器はおかしな形をした短槍と、一部に帯剣した貴族がいます。」
剣自体は見事なものも幾つかありました、そう彼が言った後で映像が切り替わる。原型をとどめないまでに叩き潰された金属の塊だ。
「これはどうも<混沌のチャリオット>のようです。何かの魔力弾らしきものを放っていたという報告がありました。
 原型も無く叩き潰されていますが、これもやはり魔力反応は感じられません。」
「魔力弾を放っていたのに魔力反応が無いだと?間違いでは無いのか?」
鷲鼻の小柄な男、サミュエル・マソニック大司教が尋ねる。彼は魔法の第一人者として名が通っていた。
彼の常識からすれば、魔力弾を放つための魔道砲には"魔力充填室"が必要だ。
そして、充填される魔力押さえきるためには結界が不可欠になる。もちろん、魔道砲を放つトリガーとしての結界破砕魔法針もいる。
魔力が感じられない魔道砲などというものはありえなかったのだ。だが、ヒースクリフ大公は首を振った。
「間違いありません。何の魔力反応もありません。痕跡すらないところから考えて、破壊されたときに魔力が失われたわけでもなさそうです。
 彼らの魔道砲は、我等の知る原理とは全く異なる原理で動いているのでしょう。」
信じられないという顔の<八者>をよそに、ヒースクリフはまさに混沌としか言い様がありませんな、とむしろ楽しそうに言った。
同時にまた映像が切り替わる。今までのものとは違い、少しは原型をとどめている。
花瓶を横に倒してヒレのような板をいくつか付け足したもののようにも見える。
だが、それが恐るべき力を発揮するものであることを<八者>は知っていた。
「これが最後の、そして、もっともめぼしい鹵獲物になります。皆様お気づきの通り、ニホンの飛行機械です。
 多少、頭――ああ、こちらのヒレが無いほうを前にして飛ぶので便宜上そう呼んでいますが、とにかく頭が焦げているだけです。
 こちらは搭乗席らしき部分に魔力反応が若干ありますが、周囲の状況から見ると搭乗員の救出に魔法を使ったためのようです。」
画像が搭乗席内部の映像に切り替わった。砕けたガラス窓と鋭利な刃物で切断された皮製のベルトが写った後、計器類の映像に変わる。
「これが奴等の飛行機械の計器類です。正直なところ、騎竜鞍と比べると明らかに見劣りするものばかりです。
 歯車の寄せ集めでそれをなしているという点は評価すべきでしょうが、やはりこれらも――」
「魔法を使っていない、そういう事か。」

ヴィンセントの楽しげな声に義理の息子は同じような声音で答えた。
「はい。一切の魔法を使用しておりません。ここから推察できることとして、彼らは――」
「"科学"とやらを利用しているという事か。世界の理たる魔法を用いぬ、あの異端思想を。
 ムルニネブイの奴等と同様に、だが一切の魔力を介さない、もっとありうべからざる邪悪な形で。」
「まだ断言できませんが、おそらくは。やはり、"混沌"の者どもは引き寄せあうのですな。」
ガニア大司教の問いかけに対してヒースクリフは応えた。その返答を聞いたヴィンセントは楽しそうに続けた。
「なるほど。良く判った。いずれにしても、持ち帰って研究せねば詳細はわかるまいな。
 "同盟軍の中枢を食い破る奇襲"、"それを支援する街道封鎖"、"混沌の武具の鹵獲"の三つは上手くいっているのだな。」
「義父上、それですが・・・最後のもの以外は上手く行ってはおりませぬ。
 ことに"街道封鎖"については機能しているとは言いがたい状況。よって以下の如く作戦を変更したくあります。
 "街道封鎖"については効果が見られないため作戦を中止し、"同盟中枢に対する奇襲"はアドニスに一任。
 "混沌の武具の鹵獲"の成果を西方大陸へ持ち帰ることを第一としたいのです。」
ヒースクリフの言にヴィンセントは<八者>に向けて告げる。
「わが義息はあのように申しておるが、<八者>の方々については如何に思われますかな?」
「・・・予定通りルビードラゴンをポラスから引き離せないのであれば、仕方ありませんな。
 それに"混沌の武具"を鹵獲できたのであれば、それはそれで目的を達成できたことになります。」
<八者>の中では一目置かれているガニア大司教が言う。ヴィンセントはにこやかに頷くとヒースクリフ大公に告げた。
「聞いての通りだ。だが、ロシモフ国境での攻勢発起予定日に変更が無い以上、あまりに早い撤退は許可できぬ。
 適当なところで現在位置からヴァーリまで下がり、アドニスに全権を委任した上で速やかに帰還せよ。」

最高諮問会議はそれから間もなく閉会した。通信晶が切れ、室内が暗闇に包まれる。
ハン=ジーレ近くに停泊している氷上船の司令室で跪いていたヒースクリフは皮肉げな表情で立ち上がった。
「ヘクター、なにを話しておったのじゃ?そちが黙っておれというから黙っておったが、わらわは退屈であったぞ。
 この償いにそちは何をしてくれるというのじゃ?」
白い、だが上質の絹で作られたドレスを着た細身の女が言った。顔には薄いヴェールがかけられている。
ヴェール越しからも判る美しい顔立ちに額に煌く黒い宝石が異彩を放っていた。妖艶な雰囲気はあるが、表情はどこか幼い。
体から湧き出る魔力の渦は桁違いだ。尋常な人間ではありえない量だった。彼女こそが――
「判っております、"雪の女王"ファビュラス様。
 御身を退屈させた非礼のお詫びとして、飛び切りの良いエーテルを用意しておりますよ。」
ヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公は無邪気に喜ぶ"雪の女王"の手を取ると、予めエーテルを用意させていた食堂に向かった。

東方暦1564年9月18日 ヴァーリ北方 同盟軍陣地直前

ニーナ達が牛車に加藤中佐を乗せて同盟軍陣地にたどり着いたのは夜襲の三日後だった。
本来であればもう少し早く移動できたはずだが、理由は二つある。まずは加藤の脚の不調。
「"カトウさん、まだ痺れますか?"」
ニーナの問に加藤中佐は顔を顰めながら頷く。治療魔法には何の問題も無かったはずだ。だとすれば――
「"撃墜されたときに何箇所か折れてたのね、きっと。それを魔法で急速に直したから、体がついていけないのよ。
 まあ大丈夫よ。歩くだけだったら何の問題も無いはずだし。痺れも二週間もすれば直るんじゃないかしら。"」
ユリアは気楽に言った。ニーナも同意する。
「"そうでしょうね。でも――"」
「"大丈夫じゃ。こやつが出なければいかんような戦場は、もう暫く無いはずじゃ。"」
「"ご隠居、またそんないい加減な事を言って・・・"」
ニーナは声のするほうを見た。遅くなったもう一つの理由がそこにいた。

細身で白髪と白髭豊かな老人と、太めで禿頭のアルビノの老人だ。太目の老人が話を続けた。
「"私の見る限り、まだまだ一波乱ありますよ。この青年の力もきっと必要とされるはず。
 二週間も待つ必要はありませんぞ。手前の必殺治療魔法でたちどころに直して見せましょう。"」
「"ふん、治療魔法が必殺では駄目じゃろ。治療魔法で必ず殺してどうする、阿呆め。
 頭の毛と一緒に常識まで抜け落ちたのか?そんなことじゃから貴様は”黄鉄鉱竜”とか呼ばれるのじゃ。"」
太目の老人の言葉に白髪の老人が答える。太目の人物は眦をあげると言った。
「"いかにご隠居とはいえ、聞き捨てなりませんな。この世界最高齢の金竜”ルーティ”に対する敬愛の念が感じられませぬぞ。"」
「"何が金竜世界最高齢じゃ。十万八十九歳のワシから見れば、六万五千五百三十五歳なぞ洟垂れ以下じゃ。"」
ルーティはため息をついた。心底情けないという風情で肩を落とすとつぶやくように言った。
「"・・・ライレー様、若い女子の前だからと言って細かく誤魔化しなさるな。十万三千二百八十九歳でしょうに。"」
「"う、うるさいわ!三千二百は細かく無いぞ!貴様にはデリカシーというものが無いのか!"」
このまま話をさせていても良いが、もう同盟軍陣地が目の前に近づいてきている。ニーナはため息をつきながら言った。
「"ライレーさん、ルーティさんもそれくらいで。もう間もなく同盟軍陣地ですよ。お二人ともどうなさるのですか?"」
「"どうするって、・・・どうするのですか、ご隠居?"」
「"そりゃあもちろん、参陣の挨拶に行くに決まっておるじゃろう。我等が参戦すれば、同盟の勝利は確実よ。"」
そんな事が出来るわけが無い。ニーナは頭を抱えたくなった。

このおかしな老人達を拾ったのは全くの偶然だった。
カトウが意識を取り戻した後、互いの話などをしながら牛車を同盟軍陣地に向けている時に立ち寄った泉での事だ。
陽光の下で丸くなって寝ている巨大な金竜と、それにもたれかかるようにして居眠りをしている白髪の老人を見つけたのだ。
ニーナたちは彼らを叩き起こし、大協約軍が迫っているから早く逃げたほうが良い、そう言ったのだが――
「なんの、大協約なぞこのワシの究極魔法"ふぁいあぼーる"で一撃の下に仕留めて見せるぞ!」
「おお、ご隠居!流石にございますな!」
終始この調子で全く意に介さない様子だった。かといってほおっておく訳にもいかない。
仕方が無いので、まずはヴァーリまで"護衛"をお願いするという事にしてここまで連れてきたのだ。
だが――

「"申し訳ないけど、お二人はきっと同盟軍に参陣できないと思うわ。"」
ユリアが言った。老人二人はきょとんとすると声を合わせて言った。
「「"なんで?"」」
「"だって・・・見たところ冒険者でも無さそうだし、軍人でもなんでも無いんでしょう?"」
老人達は声をそろえて呻いた。参陣とは言っていたものの、具体的には何も考えていなかったらしい。
彼等は黙りこくった暫く歩き続けた。何かを考え続けているらしい。
ヴァーリに布陣する同盟軍が遠くに見えるようになった時、ライレーが不意に声を出した。
「"そうじゃ、今の同盟軍総参謀長はドミトリーの小僧であったな。アレに話をつければ良いのではないか?"」
「"おお、流石はご隠居、名案ですな。早速、トーアまで行って話しをつけてきましょうぞ!"」
ルーティは言うなり牛車から離れた。彼の身体を光が包む。その中の影が、人の形から竜の形へと徐々に変わっていくのが見えた。
やがて彼は巨大な金竜に姿を変える。ライレーが金竜によじ登ると、ドラゴンはふわりと宙に浮いた。彼等はトーアの方向に飛び去っていく。
次第に小さくなっていく金竜を見ながらカトウが呆然とつぶやく。
「"あの方々は、一体・・・。この世界の人々は、みなあの方々のようなのですか?"」
彼は道中、老人二人にずっと圧倒されていたのだ。ニーナは力なく答える。
「"いえ、彼等は例外だと思います。この世界の人は・・・もう少し、常識的なはずです。"」
彼女は姉を見ながら控えめに言った。ユリアはその視線を気にする様子もなくカトウに言う。
「"ところで、もうすぐニホンの陣地だと思うけど・・・カトウはどうするの?"」
「"・・・色々と山下中将閣下にご報告する必要があると思いますので、まずは司令部へ向かうつもりでいます。"」
「"ヤマシタ将軍かあ。そうだニーナ、”ケーキ”を譲ってもらえないか相談しに行かない?行こうよ?ユリア様が今決めた!はい、けってーい!"」
脳天気に言うユリアと苦笑するカトウを眺めたニーナは、姉にばれないようにため息を一つついた。

加藤中佐を山下中将のもとに連れて行った彼女達はいたく感謝された。
調子に乗ったユリアは"ケーキ"を譲ってくれないかと頼んでみたのだが――
「"いや、それは出来ません。皇軍の兵器は陛下からお預かりしている大切なもの。如何にあなた方といえ、それはできません。"」
「"ふーん。・・・じゃあ、作ってるところから買えば良いのかな?あれって幾らぐらいするの?"」
ヤマシタに窘められたユリアだったが、そのくらいで諦める彼女ではなかった。将軍の横にいた人物が笑いながら答える。
「"現在の調達価格はわからないが、昨年の段階では1200円程度だった。"」
1200円?首をかしげるユリアにニーナが囁いた。
「"彼らの通貨単位ですよ。ムルニネブイ商人に教えてもらった限りでは、1ゴールドが5円らしいです。"」
「"ってことは・・・240ゴールド。まあ、300ゴールドあれば買える訳ね。ちょっち悩むわねえ。"」
ユリアはニーナを見ながら言った。完全にニーナの貯金を使うつもりなのだ。
姉の意識を逸らすために、ニーナは別の質問をする。
「"ちなみに、チハは幾らするんですか?"」
「"あれは十万円以上しますぞ。それに、動かすにも技術がいる。そう簡単に動かせんと思うがな。"」
ヤマシタが気さくに笑いながら言った。流石のユリアも驚いている。
「"あれ、2万ゴールドもするんだ。もっと安いのかと思ってた。あんな弱っちいのに――"」
ニーナは慌てて姉の口をふさいだ。いくら何でも言って良い事と悪いことがある。
だが、ヤマシタは怒りはしなかった。深刻な表情で傍らに立つ男を見やる。男がため息混じりに答えた。
「"報告は既に受けているが・・・投槍に貫かれた、というのは事実なのか?"」
カトウが何か言おうとしているのを気にもしない様子でユリアが口を開いた。
「"ええ、そりゃあもう見事に刺さったわ。プディングにフォークを刺すよりも簡単に。でもトロールが相手だもの、仕方ないわ。"」
「"いや、しかし・・・戦車が槍にやられてしまうのでは、対戦車戦闘どころではない。チハは東方大陸では使えませんな。"」
男は言った。ユリアは顔を顰めると言った。
「"対戦車戦闘っていうのが何かわからないけど、大物相手の戦場ではちょっとね。・・・ところで、あんた誰?"」
確かに彼女達が引率してきたときにはこの人物はいなかった。とはいえ、聞き方というものはあるだろう。
ニーナは思いっきり姉の足を踏む。姉の悲鳴と恨みがましい視線を無視して言った。
「"姉が失礼なことを言い、大変申し訳ありませんでした。では、私達はこれで――"」
慌てて退出しようとするニーナをみて、男は笑い始めた。
「"いや、これは失礼した。私は第4陸軍技術研究所所長の原乙未生陸軍少将だ。
 魔法技術を日本陸軍の戦車開発に生かせないかトーアまで視察に来ていたんだが、この戦闘に巻き込まれてな。
 試験車両ともども、実戦に参加するハメになったという訳だ。"」

彼女達が歴戦の冒険者であることをヤマシタから聞かされた影響だろう。彼女達は何故かハラに案内されて"センシャ"達を見て回っていた。
「"どうだね?ユリア君が魔法で戦うとして、この車両をどう攻略するかね?"」
「"そうねえ・・・後ろに積んである魔力弾狙いで、マジックアローかファイアボールをぶつけるといったところかしら?"」
口径はやたらと大きいが装甲で覆っていない魔道砲を積んだ"センシャ"を見てユリアは言った。ハラは頷くと何かをメモし、続ける。「"ふむ、やはりそうか。いかに急造とはいえ、見ただけで判るのでは、ホロ車はこのままでは使えんな。それならこのホイ車ならどうだね?"」
「"チハより背中のコブがちょっと大きいのと、魔道砲がちょっと違うのね。うーん、どうしようかな・・・・
 浮揚魔法とテレキネシスを使ってひっくり返すなりして動きを止めて、銅円錐と爆発魔法を組み合わせた魔道爆縮効果で装甲を焼き切るってところかしら。"」
それを聞いたハラは何かを思い出すような表情をしてから言った。
「"しかし、その”魔道爆縮効果”とやらはトーアでも聞いたが、・・・実際はあまり使わないとも言っていたぞ。"」
「"それ言ったのはどうせ魔術師ギルドの奴等でしょ?あいつらは真面目すぎて応用ってものを理解してないのよ。
 ダンジョンの厚い金属製の扉をぶち破る時に”魔道爆縮効果”が必須なのよ。上手く使えば金属が溶けて孔が空けられるの。"」
ユリアは肩がすくめながら言う。"真面目すぎて応用がきかない"が何かに響いたらしくハラは苦笑した。苦笑しながらも訊く。
「"そうなのか?それならばもっと普及しても良さそうなモノだが・・・"」
「"間に石とか陶器とか、何でもいいけど兎に角金属以外が挟まってたり、爆発の罠が仕掛けられたり、二重にして隙間あけられちゃったりすると効果が薄くなっちゃうのよね。
 だから、重要な遺跡の扉とかは、大抵金属と陶器を魔法でつなげたり、中空の扉を使ったりして”魔道爆縮効果”での穿孔を防いでるわ。
 それに、下手をすると室内が黒焦げになっちゃうのも確かだしね。その意味では、魔術師ギルドのいう事は正しいわね。"」
ハラはメモを取りながら感心したように言った。
「"なるほど、非常に参考になるな。冒険者というのはそういった魔法工作技術に心得があるのか?"」
「"ま、ダンジョンを制覇するには必須の技術だからね。一流を名乗る冒険者なら一通りは抑えてるわよ。"」

何故か二人は意気投合していた。魔法で"センシャ"をどう攻略するか、その点をひたすら議論している。
ニーナは半ば呆然とそれを眺めていた。何かがおかしいような気がしていたが、何がおかしいのかは判らない。
その様子を見たハラは何か誤解したらしく、彼女の視線の先にあるものを確認するように見て納得したように言った。
「"なるほど、あの錨の模様が気になると。アレは海軍さんの試験車両で、車体はチハのものを使ってるからな。
 チハを何台か貸してくれというから何事かと思ったが、あんなモノを積むとはな。ドックを塞がず商船に武装を積みたいのだろうが、よく考えたものだ。"」
今更違うとも言えず、ニーナは対応に苦慮していた。とにかくどうにかして誤魔化そうと適当なほうを指すと言う。
「"あ、あれも中々凄いですよね。きっと大活躍してくれますよ。"」
全くの偶然だったが、彼女が示したほうにはそれに値するものが鎮座していた。巨大な砲を取り付けたチャリオットと、チハの数倍はあろうかというとてつもなく巨大なチャリオット。
ニーナとしては完全にあてずっぽうで言ったのだが、ハラは得たりとばかりに頷いた。
「"あれが我々の切り札だ。港で積み出せずに苦労していたのだが、魔道士たちが浮揚魔法を掛けてくれたお陰でここまで持ってこれた。
 両方とも死蔵されていたのだが、ここまで来たからには結果を出さなくてはな。"」

結局、彼女達は――というか、ユリアは――夕暮れまでハラと意見を戦わせた。
「いやー、楽しかったね!また遊びに行こうね!」
「・・・ヤマシタ将軍やハラ将軍は遊びに来ている訳ではないので、あまり頻繁に行くとご迷惑をおかけしてしまいますよ。」
ニーナは姉をたしなめた。ユリアは舌を出しながらも悪びれた様子は無い。

彼女達は"ソクシャ"とかいう自動荷車の一種に乗ってヴァーリへ戻ってきていた。
"ソクシャ"を禦していたのはニホンの軍人だ。今日中にヴァーリへ帰るという彼女達に、ハラが手配してくれたのだ。
カトウを送ってきた牛車は別途送ってくれるという事もあり、彼女達は遠慮なく"ソクシャ"を利用させてもらうことにしたのだ。
「にしても、"ソクシャ"ってのも便利よね。馬より早いし、荷物もそこそこ積めそうじゃない?あれも欲しいなあ。」
「"リクオウ"とかいう、ちょっと形の違う一人乗りの自動荷車も有るらしいですよ。それでも良いかもしれませんね。
 500円くらいと言ってたから・・・100ゴールド程度ですか。今回の報酬で買っても良いかもしれませんね。」
彼女達は義勇軍の報酬、金貨150枚を受け取るためにヴァーリの冒険者ギルドに向かっていたのだ。
買い物の事でニーナとユリアの意見が一致するのは珍しい。大抵は姉の浪費を妹がたしなめることが多いからだ。
「でしょ?<ハーリー・デイビッド商会>とかで扱わないかな?そしたら買いやすいんだけど。」
上機嫌になった姉はムルニネブイ発祥の大手商会の名前を出す。ニーナは苦笑しながら言った。
「いかに<ハーリー・デイビッド商会>でも、ニホンにまで支店は無いはずですよ。訊いてみるのは良いかもしれませんけどね。でも――」
「でも、まずはこの戦いが終ってからよね。」
ニーナの真剣な声にユリアも真顔で頷いた。

「義勇軍の報酬だね。はい、一人金貨150枚で計300枚。ちゃんと確認してくださいね。」
ギルド受付にいた初老の男性ホビットが金貨の詰まった袋を渡す。流石に合計で300枚ともなるとずっしりとした感触がある。
目の色を変えて真剣に金貨を数えている姉を無視し、ニーナはギルド員に尋ねた。
「何か他に、義勇軍の仕事はありますか?」
ホビットは台帳を取り出すと眺める。
「いや、正直あんまりないね。今度は陣地戦だから、本格的な傭兵団以外は全部後詰ってことになってるんだよ。」
そこまで言ってから彼は何か思い出したように言った。
「そういや、あんたらユリアとニーナって言ってたっけ?エルフの姉妹で。」
はい、と頷くニーナにギルド受付員は告げた。
「あんたらご指名で、同盟軍の”ウイリアム将軍”ってのが仕事を依頼しているぞ。二週間で、一人金貨300枚。随分高いな。
 請けるんだったら<青い巨星>亭に来い、っていう話だ。内容はよくわからないから、直接聞いてくれ。」

<青い巨星>亭はエルフ族長なども宿泊することのあるヴァーリでも一、二を争う格式の高い宿屋だった。
そんな宿の最上級スイートに泊まっているからには余程の大物だと思っていた彼女達は部屋に入るなり驚愕した。
「なんであんたらが居るのよ?!」
ユリアが叫ぶように言った。ニーナも全く同感だった。
「何故って・・・そりゃあ、わしら今日付けで将軍になったからじゃ。決まっておろう。」
ライレー老人が白いあごひげをなでながら言う。確かに彼が着ているのは昼間の白いローブではなく同盟軍の黒い軍服だ。
傍らの椅子では疲れきったルーティが蹲っていた。やはり彼も同盟軍の黒い軍服を着ている。
「まったく、ご隠居は無茶ばかり言いますな。トーアからここまでとんぼ帰りしてきた私の身にもなってください。」
「うむ、まったくお前さんには迷惑の掛けどうしじゃ。本当にすまんと思っておるぞ。この根性無しめ。まだ若いのに。」
「ご隠居、謝るか貶すかどちらかにしていただきたいですな。どう答えれば良いか、まるでわかりません。まったく年寄りというのは。」
尚も二人は嫌味を言いあっている。あまりのことに、姉妹は口を開くことも出来ない。ニーナはやっとの事で言葉を発した。
「それじゃあ、”ウイリアム将軍”というのは・・・もしかして、ライレーさんの事ですか?」
「うむ。間違いなくわしの事じゃ。わしこそ、ウイリアム・ライレー将軍。同盟軍総参謀本部付の・・・なんと言ったか?」
「確かドミトリーの小童は無任所将軍とかいっておりましたな。ライレー同盟軍総参謀本部付無任所将軍。ちなみに私は無任所准将軍とのことで。」
ライレーの言葉をルーティが補足する。やっと我に返ったユリアが二人に向かって言った。
「なんで今朝まで何の軍役にもついて無かった人間が将軍になれるのよ!?」
ライレーとルーティは顔を見合わせる。ライレーが言った。
「そりゃあお前さん、世の中信用が第一という事じゃよ。」
そういって二人は声を合わせてカラカラと笑う。彼女達はもはや反論する気力を失っていた。

同時刻 トーア同盟軍総司令部

「ドミトリー、あのお二人にあんな肩書きをやって大丈夫なのか?」
「責任なら幾らでも取る。だがアリョーシャ、実際、他にどんな手があったというのだ?君は断れるのか?」
エルフ第二支族長、アレクサンデル・カザリンは返答に詰まった。それを見たドミトリー同盟軍総参謀長はため息混じりに言葉を継ぐ。
「それに、あのお二人が居れば、少なくとも最悪の事態にはならないだろうよ。私はそう信じている。」
「あの方々は一体どういうお方なのですか?総参謀長も、第二支族長殿もご存知のようですが、十万何歳などと、とても・・・」
ドミトリーの副官が問いかけた。彼は昼間ふらっとやってきて将軍の地位を得ていった老人達の事を何も知らなかったのだ。
答えかけたアレクサンデルを目で制したドミトリーが言った。
「この国は――いや、同盟はあの方々に大きな借りがあるのだよ。君もくれぐれも粗相の無いようにしてくれたまえ。」


東方暦1564年9月28日 ヴァーリ前面陣地

結局、ニーナとユリアは”ウイリアム将軍”の依頼を受けることにした。
話をよくよく聞いてみれば、彼等は全くの素人というわけでもなかったのだ。
「すると、300年前のあの”トロール大襲撃”の時も魔力弾にこういう細工を?」
ニーナの問いかけに”ウイリアム将軍”ことライレーは深々と頷くと言った。
「うむ。わしはその前後は200年ほど寝ておったから参戦しておらなんだが、これなる勇敢なハゲ頭の金竜は戦っておるからな。その経験じゃ。」
「ご隠居、前も言った通り、褒めるか貶すかどちらかにしていただきたい。それに寝ていたのは前後350年ですぞ。そうやってまたサバを読む。」
ルーティがため息をつきながら言う。だが、話の内容自体は否定しなかった。
彼らの扱い方が判ってきたニーナは気にせず話を聞くことにした。そう、アレに合わせちゃいけないのよ。
6万歳とか10万歳とかの与太にも付き合っちゃ駄目。常識的に考えて、八十九歳と五百三十五歳に決まってるじゃない。
「奴等も多少は進歩しておるのじゃろが、この魔力弾は効くはずじゃ。トロールの人知を超えた回復力を暴走させる魔力を込めておるからな。」
やつらがトロールである限りは有効じゃろうよ、そういってライレーは笑った。ルーティも同調する。
「そうですな。だから、あとは――」
「あーもう、こんな細かい作業やだ!ぜんぜん終んないじゃない!」
ユリアがかんしゃくを起こす。姉に同情しつつもニーナは言った。
「姉さん、もう少しです。あと陣地一つ、砲一つ分ですよ。」
姉は呻きながら上目遣いで妹を見つめた。

ライレーたち四人は、ニホンの魔力弾一つ一つに”回復力を暴走させる魔力”を篭めていた。
ただ、効果のほどを保証できる人物が”ウイリアム将軍”とその副官しか居ないため、全ての弾に魔力を込めるほどの魔道士を調達することは出来なかった。
そうである以上、この四人でやらざるを得ない。だから全ての弾に魔力を込めるようなことは出来なかった。
"リュウダン"とかいう、おそらくファイアボール・エクスプロージョンと同じような弾にのみ魔力を込めているのだが、それでも――
「なんでこんなに多いのよ・・・」
うんざりしながらユリアが独語する。確かに、色々な種類の大きさの"リュウダン"が色々な場所にあるのが非常に厄介だ。
彼女達は陣地を転々としながら、様々な弾に魔力を込めていたのだ。苦笑しながらニーナは言う。
「でも、ここの陣地で最後だそうですよ。だから、もう少しやって、終らせてしまいましょう。これが終れば一休みできそうですし。」
「いや、そうでもない。」
今までになく真剣な口調でライレー老人が言った。ニーナも、ユリアまでもが彼を見つめる。
「敵陣に戦気が漲ってきておる。開戦は近いぞ。早ければ、明日明後日じゃろうな。」

同日 猛撃猪突重騎兵団本陣

毎日夕方に開催されている遠征軍定時連絡会議だったが、今日のそれはアドニスにとっては忘れられないものになった。
”・・・というわけだ、ド・アーマンド卿。ハン=ジーレは処分した。同盟のやつらに使われると厄介なのでな。
 明日私は本陣ともどもそちらに向かい、貴公にこの遠征軍の指揮権を引き継ぎを行ってから西方大陸に帰還する。
 その後は、貴公が最高司令官だ。好きにやるが良いだろう。”
義父上の許可も得ているから安心しろ、通信晶からヒースクリフ大公の声が聞こえる。

アドニスは耳を疑った。そもそも、ハン=ジーレを放棄する必要性も疑わしい。
彼の常識から言えばまだ保持できるはずだった。古代要塞というのはそういう風に作られているのだ。
それに、遠征軍の最高司令官というのは栄達といえなくも無いが――
「しかし、御身が後退するとあっては・・・我等は敵陣に孤立する他ありませぬ。
 トーアまで行き着くどころか、ここで壊滅することになりましょうぞ。」
”心配することは無い。我等には奥の手がある。”
「奥の手、でございますか?」
ヒースクリフの言葉にアドニスは疑わしげな声を上げた。ヒースクリフはいつものように楽しげに言う。
”ポラス国境からロシモフへの侵攻が10月1日の朝から開始されるのだ。
 ポラス諸侯連合は明日をもって大協約に加盟し、大陸同盟を僭称する混沌の僕どもを討ち果たすわけだな。”
なるほど、アドニスは理解した。10月1日までヴァーリに攻め込んではならぬ、というのはそのためだったのか。

彼がその点を尋ねるとヒースクリフ大公はあっさりと肯定して補足する。
”もっとも、今となっては意味の無いことでもある。あれは我が助攻部隊が機能する前提での作戦だからな。
 ・・・我々は氷上船でヴァーリに向かっている。早ければ今晩にでもたどり着くだろう。
 先に伝えたとおり、その後は指揮権を卿にゆだねる。私は折を見て撤退することにしよう。”
もちろん、ヴァーリ攻略の手助けはさせてもらうよ、そう言ってヒースクリフは笑った。彼は続ける。
”ド・アーマンド卿、これからは卿が囮となって同盟国内をかき回すのだ。
 なに、トロールと猪を手足の如く使える卿の事だ、必ずやってくれる――義父上はそう仰っておられたよ。”
神官王が、アドニスはつぶやいた。
”ああ。ロシモフ攻略の暁には勲功第一として侯爵に取り上げよう、そうも言っておったな。うらやましいことよ。”
アドニスは跪いたまま頭を垂れ、神官王ヴィンセントの厚情に涙した。戦場で見た夢は、正夢になろうとしていたのだ。

同日夜 ヴァーリ前面同盟軍陣内 ”ウイリアム将軍”天幕

「ハン=ジーレが自爆?間違いないのか?規模は?」
ヒースクリフがハン=ジーレを放棄してこちらに向かっている、そう報告した伝令に向かってライレーが質問する。
若いエルフ族の伝令は戸惑いながらも答えた。
「規模については詳細な報告はあがっていないため、正確には判りません。
 ですが、噂ではハン=ジーレ遺跡のほぼ全域が吹き飛び、二千フィートはあろうかという深さの縦孔が空いているそうです。」
ライレーは安堵のため息をつきながら伝令を下がらせるた。
「もったいない・・・あの遺跡にはまだまだお宝が沢山あったのに。」
ユリアが小さな声で独語する。ニーナは姉を窘めた。
「姉さん、こんな時になんて事を・・・。少しは自重してください。」
だが姉はどこか不機嫌に続けた。
「だって、ハン=ジーレってあれでしょ?5年前に西方大陸の冒険者を案内して行った、あの城砦遺跡でしょ?
 あそこですっごい魔力を感じたんだよね。多分、最深部にはとんでもないお宝が眠っていたのよ。本当にもったいない・・・」
「それはまあ、確かに。でも、何も今――」
「西方大陸からの冒険者じゃと?どんな面構えじゃった?」
姉妹の会話にライレーが割り込んだ。そのときのことを思い出したのだろう、ユリアは嫌そうな顔をして言った。
「なんかニヤニヤした、耳障りな声でしゃべるキザったらしい男よ。何か好きになれなかったのよね。
 ・・・まあでも、冒険者としての筋は良かったわ。剣と魔法の腕は確かだし、トラップのかわし方も見事。古代史にも詳しかったわね。」
ニーナはため息をつきながら姉の言葉を補足した。ニホンの軍隊の前に翻訳魔法を使ったのはこのときだったのでよく覚えている。
「姉さん、それじゃ”面構え”は伝わらないですよ。
 ・・・身長6フィート5インチくらい、少しウェーブのかかった金髪を肩まで伸ばしていました。種族は人間。
 西方大陸は人間が多いから当たり前かもしれませんね。瞳は青、笑顔でも目は笑って無い感じです。少し垂れ目気味だった気がします。
 額は広く、眉は濃く――ああ、四角い顎で無精髭も少し。筋肉質な体つきで、黒い皮鎧を着て大振りの両手剣とクロスボウを使っていました。
 確か、”ジャン=ミカエル・レヴェック”とかいう名前だったと思います。でも、どうしてそんなことを――」
ニーナはルーティが紙になにやら書いているのに気が付いた。姉妹の証言をもとに、似顔絵を描いているのだろう。
彼は姉妹にその絵を見せた。ユリアとニーナは顔を見合わせて頷きあった。まさしく、彼女等が見た西方の冒険者だ。
「そうそう、こんな顔よ。見てよこのいやらしい顔。・・・でも、あれだけの情報でどうしてここまで正確に?」
ユリアの言葉にルーティはため息をついて言った。
「私はあなた方の証言をもとに似顔絵を書いていたわけではないのです。」
ライレーが補足する。
「これはヒースクリフ大公の似顔絵じゃ。この絵はヤツの結婚を描いた肖像画を元にしたのじゃよ。
 つまり、おぬし達が連れて行った"西方大陸の冒険者"こそが、大公ヘクター・ハースト・ヒースクリフであったわけだな。」
戸惑う姉妹を無視するように、ライレーは独語した。
「爆発の規模も小さすぎる。ヒースクリフめ、まさかアレの持ち出しを誤魔化す為にこのような小細工を・・・」
犬が声高く遠吠えするのが聞こえる。同盟軍の軍犬だろう。戦雲はすぐ傍まで近づいてきていた。

初出:2010年1月17日(日)


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