大協約の軍勢は山間に陣を敷いている。この一体は平地が多いロシモフにあっては珍しい地域だった。
無論、奇襲もされやすい地域だ。本来であれば大軍が布陣するような場所ではない。
しかし、ここはロシモフ北東部の中核都市へ続くマキタージ街道、北部へのキンレーン街道とをつなぐ重要な地点でもあった。
平地がちで目印が少ないこの地方において山は目立つ。だから、交通の目印として選ばれていたのだ。
そして、今は大協約軍がそこを通過しようとしている。
-奇襲してください、と言わんばかりよね。油断しているのでしょうけれど。
 だけど、タダでは通さない。私達の国は、私達で守る。
ニーナが決意を新たにしたとき、それは始まった。

左手から-南から、喇叭の音と共に巨大な獣の声が聞こえてきた。
ムルニネブイ虎人兵団が巨大猪が多数を占める先頭部隊に襲い掛かったのだ。
闇に潜む虎人を発見するのは容易ではない。いかに正面に布陣していたとは言っても、大協約軍は気が付かなかったに違いない。
猪がサーベルで引き裂かれ、トロールはワータイガーの鋭い牙で食いちぎられる。その怒号がここまで聞こえるのだ。
ここに至ってようやく異変に気が付いたのだろう、大協約軍から角笛が聞こえてきた。総員起こしの号令に違いない。
そして-それを合図にしたように、反対側の山からも魔道砲の発射音が聞こえる。
ニホンの軍隊も攻撃を開始したのだ。同盟軍は奇襲に成功した。

「行くわよ!」
ユリアは言うなりフレイムストライクの呪文詠唱を始める。巨大な火柱で敵を包む攻撃呪文だ。
彼女は一際大きなトロールに向けて炎を放つと、すぐさま次の呪文-ファイアボールを唱えつつ、敵陣への突撃を開始する。
ニーナは姉と自分にマジックアーマーの呪文を唱えて防御を固めると後に続いた。
彼女達を含む冒険者・傭兵の義勇軍は左翼から後方を狙うのが役目だ。
中央に近い陣には傭兵軍が、そしてパーティの規模が小さくなるに従って敵軍後方に向かう陣形を取っている。
ニーナとユリアのような二人パーティ、そして冒険者単独での義勇兵はもっとも左翼に配置されている。
狙いは、最後尾に布陣している人間歩兵部隊だ。

最後尾の歩兵部隊が野営している中に、唐突に巨大な火柱が上がった。
姉の放ったフレイムストライクであることを把握したニーナは走りながらも微笑んだ。
-姉さんは戦いになると本当に生き生きしている。
妹のそんな思いも知らず、姉は続いて炸裂魔法を唱えながら疾走していた。

彼女達を含む小規模パーティ群は山間を移動しつつ魔法や飛び道具で遠距離から攻撃していた。
接近戦を挑むような小規模パーティは居ない。たちまちのうちに飲み込まれてしまうだろう。
いかに達人とはいえ、一対百では勝ち目が無い。
だから、彼女達は位置を特定されないように全力疾走で移動していた。
日ごろの冒険で培った移動技術を遺憾なく発揮しているといえよう。

そのように山間を移動している彼女達からは、地上の様子が比較的よく見える。
自分達に降りかかってくる敵の飛び道具-矢や魔法-を避けながらなので、文字どうりの高みの見物とはいかない。
だが、戦場全体の様子を把握するにはうってつけといえた。
特にニーナは姉のように直接攻撃魔法の詠唱をするわけではない。
”アジリティ”や”カンニング”といった能力上昇系の補助魔法や”プロテクトウィンド”のような防御補助魔法を唱えるのが役目だ。
彼女は多少の余裕を持って戦場を観察することが出来ていた。

ワータイガーたちは猪とトロールに対して奇襲の利を完全に生かし、混乱に陥れることに成功している。
虎人はサーベルと牙を用いた単純な格闘能力であればおそらく右に出るものは居ない。
その彼らが奇襲しているのだから、元々対して知能の高くないトロールは混乱している。同士討ちを始めるものまで出ている始末だ。
先陣が混乱している中、陣の中央に布陣している部隊に対してはニホンの軍隊が容赦ない攻撃を加えている。
魔道砲の轟きや、何かわからないが断続的な音が響いている。
太鼓を連打するようなリズムで、だがもっと暴力的な何かを感じさせる音だ。
その軽快な音が響くたびに赤茶色の皮鎧らしきものを来た人間歩兵が吹き飛んでいく姿が見える。
ニーナはニホンの兵隊が"ケーキ"とか"ジューキ"とか言っていた金属棒を思い出した。
戦場で兵士を補佐するための飛び道具-彼女の理解では魔道砲の小型版-という事だったが、おそらくそれが連続的に魔力弾を打ち出しているのだろう。

そして、もちろん-チハだ。
チハが咆哮して魔力弾を吐き出すたびに敵陣に被害が広がっていくのが判る。
天幕が吹き飛び、積み上げられた武具を砕き、敵の兵士が次々になぎ倒されていく。
敵から反撃の飛び道具が-石弓や投槍が放たれる。しかし、チハはそれをものともせずに次々と魔力弾を放っていく。
反撃を行った敵はたちまちにして沈黙を余儀なくされる。
そうしてぽっかりと空いた敵陣にニホンの歩兵部隊が攻撃を加えていくのが見えた。
ニーナから見ても手馴れた動きだ。おそらく、これが-歩兵の吶喊を支援するのがチハの役割なのだろう、彼女は思った。

「チハの魔道砲、冒険者相手に売りに出してくれないかしらね。あたしもちょっと欲しいわ、あれ。」
姉は攻撃魔法を撃ちつくし、荒い息をつきながら火酒を飲んでいる。
ニーナはとがめなかった。道楽で飲んでいるわけではない。魔力を最充填するためには火酒が必要なのだ。
「重いらしいですよ、あれは。500ポンド以上あるのじゃないかしら。
 でも、"ケーキ"くらいなら持てそうな気もしますね。今度、ヤマシタ将軍に頼んでみましょうか。」
姉に”リジェネレイション”-回復速度上昇の呪文を唱えながらニーナは言った。火酒による魔力回復を高めるためだ。
彼女は上空を舞っていた飛行機械の羽音が変わったのに気が付く。
今まで低くうなるように聞こえていた音がどんどん高くなっているのがわかる。
「姉さん、ニホンの飛行機械の羽音が変わっています。もしかすると-」
「何か攻撃を始めるのね。」
姉は真顔で頷く。どうしていつもこういう顔をしてくれないんだろう、ニーナは場違いな感想を抱いた。

四十を越える飛行機械が上空に現れた。何か卵のようなものを2つぶら下げている。
飛行機械は見る間に速度を増すと、ニーナたちが潜伏している山間を越えてその卵のようなものを落とした。
それは地上に落下すると、轟音と共に爆発した。敵陣の天幕がいくつも吹き飛ぶのが見える。
「魔力弾!やるわね!」
姉の声にニーナも頷く。小型ではあったが、紛れも無く魔力弾だ。
「あの飛行機械、結構やるじゃない?チハも頑張ってくれてるし、いけるんじゃない?」
投下された魔力弾は全部で八十を超えていた。
中央部の敵陣に落下したそれは人間歩兵を吹き飛ばし、巨獣やトロールにも充分なダメージを与えているように見える。

それに触発されたのか、義勇軍も大協約軍の横腹を突き破りつつあった。
敵陣右翼各所で稲妻や火炎が立ち上り、剣や槍がひらめくのが見える。
ニーナたちより大規模なパーティや、傭兵軍-数十人規模から数百人規模まで-が接近戦を挑んでいるのだ。
それを援護するかのように、ニホンの飛行機械は飛びまわりつつ上空から"ケーキ"と思われる武器で攻撃している。
光を引いて飛ぶ魔力弾が敵陣に吸い込まれていく様はどこか美しい光景といえた。
その光の先では幾つかの命が奪われていることも忘れ、ニーナは見とれていた。

「いけそうじゃない、押してるわよ!このまま撃退できちゃうかもしれないわ!」
ユリアが叫ぶようにそう言った刹那、巨大な人影が大協約軍に立ち上がるのが見えた。

アドニスは幸せだった。
トーアを制圧し、"紫の広場"でパレードを行う猛撃猪突重騎兵団。その先頭にいるのはもちろんアドニスだ。
元エルフ・ホビット最高会議場、いまや大協約東方大陸総司令部が置かれている”カレル=ミレル”の壇上には大協約の最高幹部が勢ぞろいしている。
ヒースクリフ大公が、ガニア大司教が微笑むのが見える。他の<八者>も壇上にならび、彼に賞賛のまなざしを送っていた。
そして、一段高い壇上には-秩序の担い手、全ての民を導く羊飼いたる神官王ヴィンセントが笑顔を浮かべている。
アドニスは全軍を停止させ、”カレル=ミレル”に向けて敬礼する。配下の全軍もそれに続いた。
そう、彼と猛撃猪突重騎兵団は戦争を勝利に導き、勲功第一の栄誉を担うことが出来たのだ。だから今、こうして神官王の前にいる。
にこやかに閲兵を行っていたヴィンセントは一歩前に出ると、両手を大きく広げて口を開こうとしていた。
彼は感激に打ち震えつつ、ヴィンセントの言葉を待った。

-神官王の言葉の代わりに聞こえてきたのは爆音だった。
アドニスは不機嫌に目覚めた。彼が現状を把握しきれていないうちに、再び爆発音が起きる。
最初の爆音で眠りを妨げられ、続いて発生した爆風で眠気を完全に吹き飛ばされた彼は軽くうめく。
猛撃猪突重騎兵団指揮官は不機嫌な声で呼ばわった。
「誰ぞある!何事か!」
指揮官の言葉に答えるように当直の魔道士が現れた。彼は慌てた様子でアドニスの前にひざまずくと告げる。
「敵の夜襲です。」
「夜襲だと?敵部隊の中身とその規模は判っているのか。」
「は。おおよそは判明しております。
 ワータイガーらしき部隊と、冒険者・傭兵の義勇軍らしき部隊、それと、混沌の軍隊-ニホンの部隊です。
 総数は凡そ五千から八千程度かと。多くても一万はこえませぬ。」
アドニスは顔を顰めた。この五万の軍勢に対して、僅か五千程度の兵で夜襲して勝てると思うほど奴等は馬鹿なのか?
彼はその疑問をそのまま魔道士にぶつけた。当直の参謀魔道士が答える。
「虎人兵団が正面を拘束している間に、敵陣右翼の混沌の軍による破壊を行うのが狙いかと思われます。
 事実、混沌の力を目の当たりにした兵が浮き足立っております。」
魔道士は言葉を切ると、耳を済ませてください、と言った。彼が羽音を聞いたのを確認すると魔道士は続けた。
「なにやら羽音が聞こえるかと思います。これは混沌の飛行機械の飛行音です。兵はこれにおびえております。
 見慣れない不可思議な形の物体が滞空しているのです。-やつらは、混沌の力で攻撃してきています。」
-なるほど、歯車頼みか。丁度良い、ヒースクリフ大公殿下のご命令もある。この俺の力を、混沌の軍勢に見せ付けてやる。
アドニスは不敵に笑うと、主席魔道士を呼ぶように告げる。この状況を逆手にとって、一気に士気を高めてやる。ニホンの軍勢などひともみに撃破してやろう。

敵の指揮官らしき肥満体で刺青を施した半裸の男が朝靄の中に浮かび上がっている。幻視魔法を応用した投影魔術だろう。
投影された映像は大音声で話し始めた。
「猛撃猪突重騎兵団の諸君!うろたえるな!同盟の虫けら共に寝込みを襲われた程度で騒ぐ出ない!
 敵は我らに比べて明らかな劣勢だ!だからこそ夜襲などという姑息な手に打って出ているのだ。」
そこまで言うと指揮官は天を指差した。
「聞け!小ざかしい同盟軍ども!我等、猛撃猪突重騎兵団は貴様等ごときに屈したりはせぬ!
 我等は<法>の定めに従い、混沌の下僕たる貴様等を討ち果たすためにここに来たのだ。
 そして、混沌の手先たるニホンの軍隊よ!歯車風情が我等正義の軍を止めることが出来るなどと考えるな!」
彼はそういうと指を同盟軍右翼に-ニホンの軍隊が布陣するほうへ振り下ろす。
「ハッハァ!行け!我等、猛撃猪突重騎兵団の破砕力を歯車どもに見せ付けてやるのだ!」
肥満体の指揮官の檄に全軍が雄たけびを上げた。巨獣が、トロールが、人間歩兵が我に返り突撃を開始した。
その標的は-ニホンの軍隊が布陣する、同盟軍右翼だ。

数両の九七式戦車が発砲する。幾頭かの獣が地に斃れた。ムルニネブイ虎人兵団の鯨波も聞こえる。
「ハタリハタマタ!」
彼らは虎人語で”我等、強者の中の強者!”という勇壮な叫びを上げると猛撃猪突重騎兵団の中に更に深く切り込んでいく。
虎人はトロールに勝るとも劣らない格闘能力の高さを生かした近接戦闘を挑んでいた。
しかし、猛撃猪突重騎兵団の勢いは止まらない。虎人兵団に横腹を食い破られながらも強引に突撃している。
数で勝る大協約軍はニホンの軍隊を損害を省みずにもみ潰そうとしているようであった。

「・・・幻視魔法で無理やり統率を取るなんて。・・・秘薬代がもったいないけど、合理的ね。」
ユリアは呆れたようにつぶやいた。幻視魔法は使用する秘薬も高価なモノが多く、使う魔力も馬鹿にならない。
術の完成度も、朝もやを利用した投影したとはいえ見事なモノだ。よほど優秀な魔道士がついているのだろう。
「姉さん、関心している場合ではありません。ニホンの軍隊が危ないです!援護しないと!」
ニーナはニホンの軍隊の方を指差した。敵全軍はあらゆる損害を無視し、その陣形を突撃陣に変えると右翼に向けて突進をはじめた。
もちろん、ニホンの軍隊もそれをただ待ち受けている訳ではない。彼らは反撃を開始していた。
"ケーキ""ジューキ"も火を噴いているのだろう。連続した着弾と共に付近のトロールが弾かれたようにのけぞり、倒れていく。
猛撃猪突重騎兵団の中で爆発が起きて人間歩兵達を吹き飛ばす。"テキダン"とかいう小型魔力弾があった事をニーナは思い出していた。
彼女達がすっかり見慣れた九七式戦車、チハが吼えるたびに巨獣が地に伏せる。
ニホンの軍隊は、彼らが持つ全力を投入していると言ってよかった。

だが、大協約軍の突撃は止まらなかった。彼らは全ての損害を無視して強引にニホンの軍隊の隊列に突入を試みている。
ニホンの軍隊は魔力弾を放ち、"ケーキ""ジューキ"等で反撃している。巨獣が、トロールが倒れるのが見える。
しかし、猛撃猪突重騎兵団の突撃速度はどんどん上がっていった。損害などまるで目に入らないかのようだ。
巨大猪やトロールは最大時速30マイルほどで走ることが出来る。
加速のついてきた彼らは、当初2マイルあった距離を5分で駆け抜けていた。
ニホンの軍隊が-遠距離から支援を行っていた部隊が布陣している陣地まで、もう300ヤードも無い。
彼らは轟音とともに金属礫を打ち出すマジックミサイルの魔道具-当初ニーナは殴打武器と誤解していた-を使って反撃していた。

チハも唸りを上げて魔力弾を連発する。その咆哮も、徐々にペースが上がっているようだ。全力で反撃しているのだろう。
しかし、それも限界が近い。チハを最大の脅威と考えた大協約軍は攻撃をチハに集中し始めている。
チハも戦域を離脱しようと全力で後退しているようだ、しかしその歩みは決して速くない。
歩兵と行動を共にしている都合上、歩兵を捨てて全力で走るわけにも行かないのだろう。
全力で動けないチハに対して、トロールが巨大な投槍-直径3インチ、長さ10フィートほどもある全金属製の槍-を放った。。
100ヤードの距離から放たれたそれは、石弓を弾いていた装甲をいともたやすく貫通し、チハを地面に縫いとめてしまった。
行動の自由を阻害されたチハに、たちまちのうちに数本の巨大投槍が突き刺さる。

他の十数台のチハも、同様にして脚を止められていく。
運良く魔道砲に攻撃を受けていないチハはまだ攻撃を続けているものの、もはや手遅れだった。
チハの砲撃がまばらになった隙に巨獣がなだれ込む。大協約軍はニホン部隊への突入に成功したのだ。

身動きの取れないチハに対し巨大猪が突撃する。巨獣はその牙をチハの脚もとに突き刺さすと頭を振る。
巨獣の動きによってチハはたちまち横転した。猪はすかさずその巨体でチハを踏み抜いていく。
人が乗っているはずだったが、出てくる気配は無い。トロールの投槍攻撃を受けた時点で脱出は不可だったのかもしれない。

他の部隊も無傷ではなかった。
トロールが二名がかりで操る巨大なバリスタが"とらっく"に狙いを定める。
差し渡し15フィートはあるバリスタから弾が射出される。近距離だったこともあり、弾は放たれると同時に"とらっく"を貫いた。
何かに引火したのだろう、自走荷車は瞬時に火に包まれる。騎乗していたらしい人間達が荷台から降りる様子が見えた。
その炎を目印にしたかのように、トロールが集まってくる。
彼らは手にした巨大な棍棒で"とらっく"を殴打すると、ニホンが作り上げた自走荷車をただの鉄の塊へと変えていく。

トロールが棍棒を振り上げるたびに歩兵が叩きのめされ、巨大猪が牙を振るうたびに金属片が宙を舞う。
ニホンの軍隊もフレイムアローの魔法で反撃しているようだが、火達磨になったトロールが荒れ狂うことで却って損害を広げていた。トロールに対し、近距離から"テキダントー"を叩き込むものも居た。トロールがその再生力の限界を超え、打ち砕かれる。

ニーナが見る限り、ニホンの軍隊はよく猛撃猪突重騎兵団の行動を食い止めているといえた。
ニホンの歩兵達は勇敢だった。それに、なんと言っても飛行機械の活躍が大きいだろう。
最初の魔力弾での攻撃以降も上空に留まり、なにやら頭から光弾を出して歩兵部隊を攻撃している。
混戦の中に光弾を打ち込むのは誤射の危険があるだろうによくやる、と彼女は思った。

そして、ニホンが大協約軍を食い止めている事が全体としては功を奏していた。
ニホンの軍隊にこだわりすぎている大協約の軍勢は側面と後方が完全に無防備になっているのだ。
ムルニネブイ虎人兵団が側面を攻撃し、優位に戦闘を進めている。大協約軍の人間歩兵部隊にかなりの被害を与えているようだ。
冒険者・傭兵義勇軍はパーティごとの参加であるため、統率が取れた動きが出来ているわけではない。
だが、がら空きの後方を無視するほど戦術に疎いわけでもない。彼らとて素人ではない。
伊達に遺跡や未開地で化け物相手に戦闘を繰り返してはいないのだ。
目端の効くパーティが射撃武器や魔法で追撃を掛けている様子が見えた。敵軍最後尾の重装歩兵が倒れるのが見える。
「姉さん、私達も!」
ニーナの叫びに姉は頷くと走り始める。彼女は走りながらファイアーストームの呪文を放ち、敵に損害を与えていった。

猛撃猪突重騎兵団は冒険者達の義勇軍、ムルニネブイ虎人兵団の動きを完全に無視している。
元々単純な突撃を身上とする彼らである故に複雑な挙動を取れないというのもあるが-
「ヒースクリフ大公殿下から”ニホンの軍隊と遭遇した場合、何をおいても彼らを撃破せよ”というご命令を受けている。
 まずは歯車どもを叩きのめすのだ!」
アドニスは強引に開始させた突撃を取りまとめるため慌しく命令を下している。
傍から見れば怒号しているようにしか見えなかったが、彼としては計算ずくだった。
-命令ではあるが、ニホンの軍隊はさして脅威には見えん。何故、ヒースクリフ大公はニホンを優先するように指示したのだろう。
アドニスは思った。これなら、虎人兵団の方がよほど強敵だ。命令を無視する形にはなるが、攻撃目標を変更するか-
そのとき、大量の羽虫が飛び交うような音が聞こえたかと思うとニホンの飛行機械が襲来した。
飛行機械の顔-多分-につけた風車の合間から閃光がひらめき、歩兵達が血飛沫を上げて倒れる。
アドニスは顔を顰めた。ニホンの地上軍はいつでも潰せるが、この飛行機械は厄介だ。
「司令部直属の魔道士及びトロール部隊に伝えよ!なんとしても飛行機械を落とせ!」

ニーナたちは突如として敵陣の中央から上空を飛ぶ飛行機械に向けて魔法と大型バリスタが放たれるのを見た。
対空魔道士の迎撃魔法と-おそらく、大型バリスタを得意とするトロール部族、ブレニム族が飛行機械に攻撃を加えているのだ。
編隊の先頭にいる飛行機械に攻撃が集中する。
この攻撃を予想していなかったのか、白い線をあちこちに描いた飛行機械に電撃魔法と大型バリスタが突き刺さった。
飛行機械は動きを止めると、ふらふらとした軌道を描きつつ-
「こっちに来るわよ!」
ユリアが声を上げる。飛行機械はそのまま彼女達の方に接近しつつ高度を落とすと、近くにあった木に激突して停止した。

「ニーナ、飛行機械の中に人が居るわ。気絶しているみたい。」
姉の指さす方を見る。確かに、黒い煙を上げる飛行機械のガラス窓の向こうに人が居るのが見える。
ぐったりしたその様子から見て気絶しているようだ。額から血を流しているのが判った。
「姉さん、助けてあげましょう。」
姉は頷くとレビテートの呪文を掛ける。彼女達は空中を疾駆し、飛行機械のすぐそばまでやってきた。
「これ、どうやって開けるのかしら?」
搭乗席らしい部分にはガラスでふたがしてある。彼女達には開け方がわからない。魔力を感じないところを見ると、かんぬきか何かで固定してあるのだろう。
「こういう時は・・・・あの岩ならいけそうね。・・・・"テレキネシス!"」
呪文によって操られた小ぶりの岩が飛行機械の搭乗席を覆うガラスを破壊する。相変わらず荒っぽい。中の人に被害が無いかニーナは心配だった。
「・・・まだ息がある。ニーナ、手伝って!」
ぐったりして動かないままではあったが、生きてはいるようだ。彼女は安堵のため息をつくと姉を手伝うために飛行機械に登る。
彼女達は搭乗員の人間族の男を椅子から引き剥がした。ベルトのようなもので固定されていたが、それは短剣で切った。
男性は随分と弱っているようだ。ニーナはとりあえずの治療としてヒールの呪文をかけた。
その甲斐あって額からの流血は止まる。だがまだ苦しいのだろう、意識が無いながらも苦しげにうめいている。
「・・・ねえ、少し嫌な予感がするわ。離れましょう。」
ユリアの示すほうを見ると、先ほどまで黒煙を上げているだけだった箇所から火があがっていた。
「そうですね、急ぎましょう。」
ニーナは同意し、二人は両側から男性を抱えると急いでその場を離れる。
二人が100ヤードほど離れたとき、後ろから轟音が聞こえた。彼女達は振り返る。
飛行機械の頭と思われる部分から何かが爆ぜて、小さな爆発を繰り返しながら燃え盛っていた。
「・・・危なかったわね。」
姉のつぶやきに、ニーナは心から同意した。

-そろそろ良いだろう。側面と後方の被害も、これ以上増えると先々に差し支える。
ニホンの飛行機械のいくつかを撃墜したアドニスは逆襲の中止を決断した。
ここでニホンの軍勢を完全に滅ぼしても良いが、それでは後の楽しみが無くなるというものだ。そう考えた彼は全軍に命令する。
「混沌の下僕たるニホンの軍隊へはもう十二分の損害を与えた!我等はこのまま山間を突破し、一旦北方へ抜けて体勢を立て直す。
 正々堂々たる隊列を組んでの殲滅戦こそ我等の望むところだ。全軍、全力で北方に転進せよ!」
命令を受けた猛撃猪突重騎兵団は即座に反転する。その野蛮さからは考えられないくらい整然とした行動だった。
同盟軍からみれば逆襲の絶好の機会であるが、彼らは追撃を行うことが出来なかった。
虎人兵団は連続した格闘戦のお陰で疲れきっていたし、ニホン軍は歩兵部隊、戦車部隊ともに重大な損害を被っていた。
追撃を出来るとすれば冒険者・傭兵義勇軍であったが、指揮系統が万全でないかれらには統一した意志での追撃戦は不可能だった。

「大協約軍が引いていく・・・」
ニーナは先ほど救助したニホン人を抱えながら独語し、戦場を見渡した。
残されたものは破壊の跡と、無数の死体だけだ。巨獣、トロール、虎人、エルフ、ドワーフ、ホビット、そして-ニホンの人間達の死体。
特に猛撃猪突重騎兵団の突撃を真正面から受けたニホンの軍勢の被害は相当なものに見えた。
彼らの陣地にある死体は、どうみても金属鎧を着た人間-大協約軍の兵士が多い。自軍に倍する損害を与えているようだ。
ニホンの兵士は勇敢に戦い、チハは敵を撃破したのであろう。それは遠目にも良く判った。
しかし損害も想像以上だった。
トロールに原型がなくなるまで叩き潰されたらしい"とらっく"とかいう荷車や、巨大猪の集団に踏み潰された数台のチハが見える。
いくつかの飛行機械が地面にたたきつけられ、彼女達には検討もつかない金属部品を撒き散らしていた。
待ち伏せ用に構築した即席陣地も蹂躙されてはいるが、こちらは幾分原型を留めていた。
地形の利用、陣形の活用と軍隊としての錬度で何とか凌いだのだろう。全滅しなかったのは奇跡とも言えた。
とはいえ、あと数時間戦闘が続いていたら全滅していたに違いない。
大協約軍全軍の五万と夜襲部隊の一単位に過ぎぬ千に満たぬ軍勢が正面からぶつかったのでは到底勝ち目はない。

予想外のあっけない幕切れにユリアも呆然としていた。彼女がつぶやくのが聞こえた。
「勝った、のかしら・・・。」
姉の言葉を聞いて、ニーナはようやくそこに思い至った。
我々は総勢五千で五万に立ち向かい、敵に数千になろうかという損害を与えることに成功した。
こちらの被害は千を越えないだろう。敵軍が必要以上にニホンの軍勢にこだわったことがこの結果を生んだと言ってよかった。ニーナは姉の問に答えた。
「多分、勝った・・・のでしょうね。」

東方暦1564年9月15日 ロシモフ大公国首都・トーア

「こちらの数倍にあたる損害を敵に与えることに成功はしたが・・・。損害比率では負けだ。このままでは不味いな。」
同盟軍本部に夜襲についての報告があがってきたのは二日後のことだった。
敵味方の損害について-無論、味方の損害は正しく、敵の損害は推測値-を確認したエルフ族長のアレクサンデルは顔を顰めた。
ドミトリー同盟軍参謀総長が頷く。
「やはり、ルビードラゴンが必要だ。ヴァーリに引き付けている間に後方から紅玉龍で叩けば、猪どもを殲滅出来るだろう。
 たった一騎で良いのだが、その一騎を持ってくるのがな・・・。」
「せんない事だ。馬車や竜車での移動が困難である以上、空路を使うしかないだろう。
 しかし、クロマティックドラゴン族ならいざ知らず、メタリックドラゴン族は1000マイル以上も離れた場所までは飛べない。
 それに、陸空の中継地点となる絶妙な場所にヒースクリフと白竜騎士団がいる。まず、あれをどうにかしない事には動けん。」
アレクサンデルの言にドミトリーが首を振った。その時、通信晶が青色の光を放った。ニホンの独立混成第一旅団からの通信だ。
ドミトリーはため息をついた。
「おそらく、今後について話し合いたいという事だろう。今回の損害のうち、大部分が彼らの兵士だからな。
 敵はどうしてかは全く判らないがニホン軍の分遣隊に攻撃を集中させたようだ。・・・チハ十五台は全滅したそうだよ。
 戦闘詳報にもあるとおり、本来叩き潰すべき主力-虎人兵団にわき腹を食い破られながら、な。どう考えても理解できん・・・」

同日 ヴァーリ北方夜襲地点

”それで、ニホンの軍勢が使用していた武具については回収は終ったのだな。”
猛撃猪突重機兵団本部天幕の中央に置かれた通信晶からヒースクリフの声が響く。アドニスは跪いて答えた。
「御意にございます、ヒースクリフ大公殿下。
 戦闘直後にいただいたご命令通り、戦場からニホン製武具を幾つか回収いたしました。
 ただ、利用可能なものについては相当数を持ち去ったようで、完全な形のものはほとんどありません。
 特に、ご報告した”自走荷車”と”引き手無しチャリオット”についてはほとんどが完全に破壊されたものばかりです。」
”それは良い。一番重要なのは手に入れることだ。破壊されたものでも構わん。何めぼしいものはあるか?”
「はい。飛行機械が一つ。落とした飛行機械のほとんどは同盟軍自身の手で破壊されていましたが、何とか一つだけ、少しは原型を留めたものを確保しました。ただ・・・」
”ただ?ただ、何かな、ド・アーマンド卿?”
「その飛行機械にはニホンの紋章と思われる赤い丸の他に、白で一本矢が描かれていました。・・・忌まわしい混沌の飛行機械に、あろうことか<法の紋章>が描かれていたのです。」
ヒースクリフは義父を思わせる楽しげな笑い声を上げた。彼はひとしきり笑った後、ニホンの武具を彼の本陣に移送するよう命じた。

ニーナたちが助けたニホン人は、二日たっても目を覚まさなかった。
流石に彼女もニホンの軍隊のところに送り届けるべきだと思ってはいたものの、そのまま渡すわけにもいかなかったのだ。
それは半ば神官としての、半ば冒険者としての意地の問題でもあった。
「何で目を覚まさないんだろうね・・・」
ユリアが寂しげに言う。彼女達は農民が逃げ出した農家から荷車と牛を調達していた。ニホン人は荷台に載せている。
書置きと金貨50枚をおいてきているので問題は無いだろうとニーナは思っていた。牛と荷車なら、普通は金貨30枚が相場だ。
とはいっても、このままでは大協約軍に奪われてしまうだろう。そこは気持ちの問題だった。

「電撃魔法が精神に影響を与えたのか、それとも単に打ち所が悪かったのか・・・
 いろんな魔法を使って調べてみました。体には問題がありません。間もなく目を覚ますとは思うのですが・・・」
ニーナが答えたとき、ニホンの飛行機械搭乗者がうめき声を上げ始めた。意識が戻るかもしれない。
彼女はトランスレイトの呪文を彼にかけた。魔法の光が彼を包んだ瞬間、彼は目を見開いた。
ニホン人は状況を把握できなかったのか、しばし呆然とあたりを見回した後、独語するように話した。
「"ここは?私は一体・・・"」
「"気が付いたのですね。良かった。これが何本なのか判りますか?"」
ニーナはそういうと彼の前に指を三本立てて見せる。ニホン人は三本だ、と答えるとため息をついた。
「"そうだ、思い出した。・・・敵上空を飛んでいたのだったな。この有様からすると、私は撃墜されたのか?"」
「"はい。・・・貴方の飛行機械は魔法と大型バリスタで攻撃を受け、私達のところに落ちて来たのです。
 貴方を引っ張り出した後、飛行機械は爆発炎上しました。"」
ニホン人は飛行機械を弔うように瞑目すると、落ち着いた声で言った。
「"結果として一式戦の処分は出来たわけか・・・いずれにせよ、あなた方は私の命の恩人というわけですね。"」
「"いいけどさ、あんたの名前は?"」
ユリアが割り込む。何で姉はこんな口調でしか話せないんだろう、そう思いながらニーナが続けた。
「"姉さん、もう少し丁寧に話せないんですか?・・・失礼しました。彼女はユリア、私はニーナ。
 姉妹で冒険者をしています。今回の戦いに、義勇軍として参戦していました。"」
義勇軍の言葉を聞いてニホン人は目を丸くする。
「"まだ若いのに、しかも女性なのに義勇軍とは・・・いや、避難民の方かと思っていたので・・・"」
言葉に驚きが出ている。女が戦場に出る事が信じられないようだった。彼は次の瞬間真顔に戻り、自己紹介をした。
「"失礼しました。自分は加藤。加藤 建夫中佐であります。日本陸軍第六十四飛行戦隊の戦隊長をしております。"」
よろしくお願いします、カトウと名乗ったニホン人はそう言うとにこりと笑った。

初出:2009年12月27日(日) 修正:2010年1月10日(日)


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