東方暦1564年9月2日 ロシモフ大公国首都・トーア

東方大陸中央部、ほぼ大陸のど真ん中といってよい場所にロシモフ大公国の都、トーアはある。
周りを深い森に囲まれた、エルフの都市としては標準的な作りの街だ。だが一つだけ、他の都市とは違う特徴がある。
それはこの街の中央に聳え立つ”世界樹”。高さ数千フィートもある、とてつもない巨木だ。
世界で一本しか、此処にしかない貴重な木だった。世界樹は昔からエルフだけでなく、諸族の信仰の対象であった。
大陸同盟の中心国はムルニネブイだ。にも関わらず、同盟本拠地がここロシモフににあるのはそれが理由である。
同盟の名前として使用されているのも同様の理由だ。世界樹は東方大陸全体の象徴として数千年の時を過ごしていた。

<世界樹の雫亭>は、そんなトーアにある酒場だった。
"おばちゃん"と呼ばれる年増のエルフ女性料理人が作る料理とホビットの亭主が作る特製ウォトカ、"世界中の雫"が名物の店だ。
戦争の影響で随分少なくなったとはいえ、冒険者達が-エルフ、ドワーフ、人間、獣人問わず-集まる店として名を馳せている。
いまだに未開地や太古の遺跡が残るロシモフ北東部を冒険して一山当てようとする者達は後を絶たないのだ。

百席以上もある広い店内は喧騒に包まれている。
「俺の若ぇころは、トロールの大軍団に単身突っ込んでいったもんだ。全く、最近の若いもんはなっちゃいない。」と獣人剣士がぼやく。
「兎に角、あの遺跡は辛かった。何が辛いって、中のトラップが半端じゃないんだ。聞いてくれよ・・・」人間のレンジャーが愚痴る。
あちこちで自慢話や武勇伝が語られていた。どれだけ本当の話が含まれているかは定かでなかったが。
それに武勇伝をするには酒も肴も必要だ。だから注文をする方もされる方もてんてこ舞の忙しさだ。
「おばちゃん、鱒のコトレータ!」ホビットのシーフが元気よく声を出す。
「ウォトカだ、"世界中の雫"を持ってこい!」ベテランのドワーフ戦士が叫ぶ。
しかし、とある一角では、それとはまた毛色の違う"忙しい"光景が繰り広げられている。

「姉さん、毎度毎度の事ながら・・・もういい加減にしてください。そんなに酔っ払って。みっともない。」
若いエルフ女性神官、ニーナ・ドミニナは額を揉みながら言った。机に突っ伏していた女性がむくりと起き上がると答える。
「なんれ。あらしあちっろもよっれないろ!」(何で。あたしはちっとも酔ってないよ!)
明らかにろれつが回っていないにも関わらず「自分は酔っていない」と主張する典型的な酔っ払いを見つめながらニーナは思った。
なんで私はこの酔っ払いの妹なんかに生まれてきたんだろう。
「いいから、ユリア・ドミニナ。さっさと帰りますよ。・・・なんで毎日こんなになるまでウォトカ呑むんだか。」
「あんらにせかいじゅのしじゅくのあじがわからないのろ。」(あんたには世界樹の雫の味が判らないのよ。)
・・・誰のせいだと思ってるんだろう。ご主人特製の、世界中の蜂蜜を使ったという"世界中の雫"は私だって飲みたいのに。
ニーナは思わずため息をついた。
必ず姉が酔いつぶれてしまうので、その介抱を行うニーナはウォトカを楽しんでいる余裕が無いのだった。

ニーナとユリアの二人はちょっとした名物姉妹だった。
その美しさもさることながら、片や優秀な神官、片や優秀な魔道士として勇名を馳せているのだ。
もちろん、戦士としての腕前も-本職の戦士と比べても-申し分ない。
まだ若いが、二人で踏破した遺跡や未開地は数知れない事でも知られていた。そして、その姉の金遣いの荒さでも悪名高かった。

「お勘定、ここに置いていきます。・・・ほら、姉さん、帰るわよ。」
「はぁい。あしらもくるねぇ。」(はあい。明日も来るねえ。)
ニーナは慣れた手つきで姉の財布から銀貨を数枚抜くとテーブルに置く。
毎度どうも、という馴染みの店員の挨拶に見送られ、ニーナはユリアを担いで外に出る。
姉は彼女の肩に担がれながら寝息を立てていた。夜風が妙に身体に染みるようにニーナは感じられた。
ここ<世界樹の雫亭>は今日も平和だった。

世界樹を通して黄金色の朝日がトーアの街中に差し込む。
その幻想的な光景の中、まったく幻想的といえない会話がなされている。
「うう、頭痛い・・・そして、財布の中からも銀貨が何枚か消えている・・・ニーナ、どうしてか知らない?」
「それを私に言わせるんですか?」
ニーナは冷ややかな目で姉を見つめた。毎朝、よくも飽きずに同じことが言えるものだ。記憶力が無いのだろうか?
・・・とは言え、この感想も彼女が毎日抱いているものではあった。

「ま、まあソレはちょっと脇に置いときましょ。それよりも、あの人間達は一体何?へんな荷車みたいのも混ざってるけど。」
ニーナは明らかに話題を逸らしたがっているユリアに寛大にも乗ってやる事にした。
彼女達がトーアで定宿としているこの旅籠の三階からは市街中央にある"紫の広場"が良く見える。
その広場に向かい、綺麗な隊列を組み整然と行進していく五百人ほどの人間族が見えた。
その隊列には、ニーナの言う"変な荷車"-馬も熊も竜にも引かれていないのに、勝手に動いている荷車もいた。

「・・・あれは"大いなる海"に去年の夏に現れた<ニホン>とかいう国の軍隊です。
 あの荷車も、魔力弾みたいなものを打ち出せる武器らしいです。多分、チャリオットみたいなものではないかしら。」
「ふうん。じゃあ、あれは戦士の列?皆なんか不思議な棒見たいのを持ってるわね。短槍かしら。
鎧も着ていないし・・・変わってるわね。」
ユリアはもはや頭痛も気にならないように興味深く見つめている。

「ねえ、ニホンの軍隊をちょっと見に行かない?まだお金あるしさ、働かなくても大丈夫そうだし。」
そう言うと朝食もそこそこに扉から出て行こうとする姉をニーナは引き止め、ため息交じりに告げる。
「姉さん、せめて服の上に護符と鎧くらいは付けてください。外国の軍隊を見に行くなら正装しないと。」

ニホンの人間達は妙な服を着ていた。作りはムルニネブイの、つまり同盟軍の軍服と似たような全身を覆うものだ。
だが、色は茶色とも緑色とも取れる不思議な色合いをしている。森でも平原でも姿を見えにくくするための工夫だろうか。
そして、武装といえばニーナも指摘した木と鉄を組み合わせてある不思議な棒だけだ。
何をどうすれば武器になるのかは判らないが、あれは金属部分で殴る一種の鈍器なのだろう、ユリアはそう推察した。
一部の指揮官らしき-なんとなく偉そうにしている印象からそう思ったのだが-人物は帯剣している。
ただ、ロシモフのエルフ戦士が好む直剣両刃のロングソードではなく、ムルニネブイ虎人兵団が好むサーベルに近いようだ。

市民が赤いウィスプの小旗を振る中、ニホンの軍人達は整然と行進していく。
ただ時折、エルフ女性に視線を送り顔を赤らめていく青年達が見えた。
軍隊では女っ気が少ないから女性と話したことも無いような初心な人たちが多いのかしら、ニーナはそんなことを考えていた。

しかしユリアは別の感想を抱いているようだ。
「おかしいわね、何か私だけ特にジロジロ見られてる気がするわ。私、何か変な格好してるかしら。ねえニーナ、どう?」
ユリアはエルフ女性魔道士の正装をした姉をしげしげと眺める。

女性エルフの服装は上下セパレートで胸と腰を覆う薄い布の服が基本となっている。
直接的に身体を覆う布地は少なく、知らないものが見れば衣服としての機能を放棄しているようにも見える。
だがこれは肉体的に他の人型種族より華奢なエルフ族女性に魔力の加護を与えるための構造だった。
見た目とは大きく異なり、実際には夏は涼しく冬は暖かい、しかも魔法防御力にも打撃防御にも優れている。
これは発明した魔道士の名をとり"ビキニ"と呼ばれていた。発明以来、あっというまにエルフ女性に広まったものだった。
ちなみにエルフ女性以外が身に着けると呪いが発動して服に喰われてしまうという危険性も持ち合わせている。

全てのエルフ女性の基本となるその"ビキニ"の上に、魔道士である姉は真鍮と黒玉を組み合わせて作られた胸当てをしていた。
特におかしなところは無い。赤琥珀製の肩当に付いたルビーの護符にも、頭に巻いたサークレットにも特におかしなところは-
「あ!姉さん、ムーンストーンのチョーカーを忘れてます!」
ニーナはハッとして首に手を当てる。確かに、魔力を増幅するムーンストーンのチョーカーをしていなかった。
見る間に彼女は赤面する。
「そっか、急いでたから・・・確かに魔道士がジェム付チョーカーしてないのは変よね!取ってくる!」
彼女は慌てて宿にとって返す。ニーナは姉の粗忽さにあきれてはいたが、取って返す彼女を見つめる目は優しかった。

"紫の広場"を見下ろすように立つ、大きな楡の木を何本も複雑に絡み合わせ、魔法をつかって成長させた巨大建築があった。
これこそ"カレル=ミレル"、エルフ族・ホビット族合同族長会議の建物"だ。
エルフ大族長のエメリャーエンコ・ワシレフスキーが"紫の広場"を後進するニホンの軍隊を見ながら言葉を発する。
「さて、こうしてここトーアにニホンの軍事使節団、独立混成第一旅団を迎え入れた訳だが。これからどうしようかね?」
「どうもこうも、僅か5000名の地上軍と50あまりの飛行機械ではね。大人数で来てくれるかと思っていたのですが。」
「しかし、彼らはこちらの世界に来るとき100万を越える軍に丸々失ったそうなので、この人数でも仕方ないのでは?」
エルフ第二支族長であるアレクサンデル・カザリンが言った。
異議を唱えたホビットの長老、パルキータ・フランキーは不承不承頷く。新参の同盟国がかなりの無理をしていることはホビット長老にも分かっていた。

「そうじゃな、まずは合同訓練という形で少しずつ同盟軍に馴染んでもらえれば-」
ワシレフスキーがそう言ったとき、会議室に置いてある通信晶が赤い点滅を繰り返す。カザリンが代表して通信を取った。
「族長会議中だぞ。それに割り込むほどの用事なのか?」
「アレクサンデル。悠長に会議なぞしている場合ではない。今すぐ兵を動かす必要がある。」
ロシモフ大公国軍大将軍にして同盟軍参謀総長のドミトリー・シュワルツが通信晶の向こうで大声を上げる。
「ヴァーリから250マイルほど、海岸沿いの未開地に大協約軍が現れた。
 敵の主力は猛撃猪突重騎兵団と白竜騎士団だ。それとは別に、神官王の娘婿-ヒースクリフ大公直属軍の旗印も見えるそうだ。」

ドミトリーの言葉に議場が騒然となる。何とか自分を取り戻したフランキーは震える声で通信晶に話しかけた。
「どうやってここに?大陸中央だぞ!北には氷の海があるだけで-」
ホビットの長老は口に出してから青ざめた。まさか。いや、それしか。
「そうです、敵は北極海を越えて来たのです。・・・敵ながら天晴れな男です、ヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公は。」
ドミトリー参謀総長が通信晶の向こうで無念そうに言った。

「何を恐れる必要があるのです?同盟地上軍が誇るルビードラゴンと大白熊戦車騎兵がいればどうという事はありますまい?」
エルフ第三支族長のシコルスキーが言う。しかし参謀総長の告げた一言はシコルスキーの予想していないものだった。
「紅玉龍騎士団とホワイトベア・チャリオッツはすぐには動かせないだと!」
エルフ第三支族長が悲鳴を上げる。
「ええ。ポラス国境で不穏な動きがあります。
 今、即座に動けるのはムルニネブイの獣人歩兵と、ニホンから来た例の軍事使節団だけです。・・・完全に裏をかかれました。」
ドミトリーの言葉に皆が窓の外を見る。もはや、ニホンの軍事使節団-独立混成第一旅団にも否応無く働いてもらうしかない。

「何だってこんな怪しげな仕事を引き受けてくるんですか、姉さん!」
ニーナは姉に大声を上げる。姉は反射的に身をすくませると上目遣いで妹を見つめながら舌を出した。

「なんか面白い依頼が無いか、ギルド覗いてくるね。」
ニホンの軍隊をひとしきり見物した後、ユリアはそういって一人でロシモフの冒険者ギルドへ出かけていった。
冒険者ギルド、通称"ギルド"は冒険者に”仕事”を斡旋している。東方大陸では一般的な組織だ。
ギルドは様々な依頼の斡旋をしており、報酬もギルドが払ってくれる。
依頼者はギルドに依頼内容を告げる。冒険者は”仕事”を遂行してギルドから報酬を得る。。
ギルドはこのように依頼者にも冒険者にも優しい仕組だった。運営は報酬に手数料を上乗せして依頼者に請求して行われている。
ロシモフのギルドが斡旋する依頼の多くは、未開地での動植物採取、遺跡の発掘、旅の護衛などで特殊なモノはほとんど無い。
だから、あたしが適当なのみつくろってくる、そう珍しく姉がやる気を見せながら言った事に単純に感動しただけで送り出したのだ。
結果から見るとそれが失敗だった。
ひとしきりトーアの街を散策して宿に帰ってきたニーナを迎えたユリアが開口一番に伝えたのがこの「怪しげな依頼」だったのだ。

「ニホンの軍隊をヴァーリまで案内すれば一人金貨100枚。遺跡探索も、未開地調査も、戦闘もなし。
 初心者でも出来る仕事の割りに高すぎよ。おかしすぎる。・・・絶対何か裏があるでしょう、姉さん?」
ニーナは少し憤りを込めて言った。これに比べたら貴族のボンボンを未開地に連れて行く方が素性が知れているだけ随分ましだ。
「大体、正規の軍隊を先導するなら、ロシモフ大公国-同盟軍かしら、いずれにしても正規の軍隊を用いるべきでしょう?」
この反論を予想していたのか、ユリアは落ち着いたものだ。
「ほら冒険者、"裏道"を使えるじゃない?正規の街道はちょっと使いたくないんだって。まあ、色々あるんじゃない?」
ユリアは露骨に何か隠しているという演技をしながらそう言った。ニーナはため息をつく。
姉が何か隠し事をしていて、それを自分に明かすつもりが無いことが判ったからだ。

「だって、ちょっとニホンの軍隊をヴァーリまで案内するだけで一人金貨100枚よ、100枚。
 銀貨や銅貨じゃないのよ?三ヶ月は遊んで暮らせるわ。しかも案内している間のご飯はタダ。サイコーじゃない。
 それに、”エルフ姉妹を含むパーティ限定”っていう依頼だしね。」
ここが押しどころと見たのか、ユリアはまくし立てる。ニーナはため息をついた。
確かに、今この街にいるパーティで該当するのは彼女達の他にはいない。それに一度受けた依頼をキャンセルするのも気が引ける。
「・・・判りました。仕方ありませんね。では、早速いきましょう。」
姉は大きく頷くと鼻歌を歌いだした。結果として彼女の思い通りになった事について、ニーナは少し不安になった。

ニホンの軍隊の駐屯地は彼女達の定宿から程近い場所にあった。
(独立混成第一旅団というらしいが、"独立"していたら"混成"ではなかろう、とニーナは密かに思っていた。)
すぐに営門が見えてくる。衛兵が二人門番をしていた。例の、不思議な木と鉄を組み合わせた武器を掲げている。
「ニーナ、お願い。」
ユリアの声に従い、"トランスレイト"-翻訳の魔法を自分と姉に掛ける。
光が彼女達二人を包んだ。これで、異なる言語であっても理解できるようになるのだ。
竜騎士でない彼女達は魔法の助けが無い限り東方共通語とエルフ語以外は判らない。
とはいえ、東方大陸で生活するうえでは東方共通語が話せれば問題は無かった。

「あーあーあー。・・・これ、あんまり使わない魔法だし、効いてるかどうか判りにくいよね。」
ユリアはぼやく。ニーナもその点については同意だった。
この前使ったのは西方大陸から来たという、ロシモフでは非常に珍しい冒険者達を相手にしたときだった。開戦前のことだ。
「姉さん、効果は怪しいかもしれないので、出来るだけ短く、丁寧に話してくださいね。」
ユリアは頷くと、門のところに立っている衛兵らしい人物に声を掛る事にした。
彼らは先ほどから顔を動かさずちらちらと視線を送ってきている。
外見では冒険者と一般人の区別がつかないから、何をしに来たのか不審に思っているのだろう。ニーナはそう考えていた。

そんな妹の思いを知らず、ユリアは右側に居た衛兵に声をかけた。
「"ギルドから道案内として派遣されたユリア・ドミニナとニーナ・ドミニナよ。
 ここで一番偉い人のところへ取り継いで貰えないかしら?"」
ユリアとしては最大限丁寧な、ニーナから見れば随分と横柄な言葉だった。
だが衛兵はそれを咎めるでもなく、ただ眼を丸くして姉妹を凝視しているだけだ。
今回の服装は完璧だ。この前のように衣装がおかしいから見つめてられている、という事は無いだろう。
やはり翻訳魔法の不備で言葉が通じていないのでは、そう考えたユリアは再び話しかけた。

「"聞こえてる?私達、ギルドからの紹介で、ここで一番偉い人に-"」
とたんに、衛兵は弾かれたように直立不動になると、顔を真っ赤にしてぎこちなくしゃべり始めた。
「"し、失礼しました!旅団長殿のところまでご案内いたします。どうぞこちらへ。"」
彼はそう言うなり回れ右をし、手と足を一緒に出しながら歩き始めた。異常なまでに緊張している。
ユリアは肩をすくめながらニーナを見ると、後をついて歩きはじめた。

「"おお、我々の道案内をしてくれる魔道士と神官というのは貴女方ですか。
 自分が独立混成第一旅団、旅団長の山下 奉文中将です。
 ヴァーリまでよろしくお願いします。
緑色とも茶色ともつかない色の軍服を着た髭の薄い大柄のドワーフのように見える人間の男は親しげに声を掛ける。
「"はじめまして。魔道士ユリア・ドミニナよ。"」
「"よろしくお願いします、ヤマシタ将軍。神官ニーナ・ドミニナです。"」
ニーナは相変わらずの口調の姉を少しにらみながら出来るだけ丁寧に聞こえるように言う。
彼女は姉に言葉の使い方を教育しよう、と真剣に思っていた。

「"それにしても魔法というのは便利なモノですな。言葉がわからん同士でも話が出来るとは。"」
ヤマシタ将軍は目を丸くしながら、それでもにこやかに話しかけた。彼は言葉を続ける。
「"しかし、お二人とも実にお美しい。眼福ですな。ハッハッハ"」
そう言うと呵呵大笑した。

ニーナは少し安堵していた。翻訳呪文が上手く効いているのが確認できたためだ。微妙な表現もきちんと伝わっている。
これならば道中も意思疎通に問題ないだろう。ろくに話も出来ない人間を連れて行動するのはごめん被りたかった。
彼女は礼を述べつつ、今回の依頼内容を少し探ってみることにした。そうね、まずは距離を話題に出してみようかしら。
「"ありがとうございます。ヤマシタ将軍。しかし、ここからヴァーリまでは100マイル近くあります。ちょっと遠いですよ。"」
それを聞いたヤマシタ将軍は笑顔のまま真剣な目をすると言った。
「"ですが我々は急がねばなりません。
 大協約軍がヴァーリの街を襲う前に早急に防御を固めるよう、本国からも命令を受けています。"」
「なんですって?」
ニーナは"トランスレイト"の効果を中断し、ヤマシタに一礼した。
困ったときにはとにかく一礼するよう事前にギルドから指示があった、そう姉から聞いていたためだ。
ニーナは姉の頭を掴むと強引に押し下げる。ユリアは半ば予測していたのか、それにおとなしく従った。
その様子を見た彼が苦笑しつつ頷いたのを確認した彼女はユリアに囁く。
「ちょっと姉さん、大協約軍ってどういう事です?西方大陸の軍隊がここに来るなんて聞いてないですよ!?」
「あれ?言ってなかったっけ?ただ行くだけで金貨100枚ももらえるわけ無いじゃん。」
のほほんと言う姉の言葉にニーナは頭を抱えた。
内容に比して報酬が高い理由が判った。姉が隠していたのはこれだったのだ。

猛撃猪突重騎兵団団長、伯爵アドニス=ウルフェンシュタイン・イワノコフスキー・イワノビッチ・フリードリヒ・カレル・ド・アーマンド七世は幸せだった。
名家であるが故に長い名前を持つ彼は神官王ヴィンセント直々にこの「栄誉ある任務」をおおせつかった時の事を思い出していたのだ。

謁見の間で、神官王は厳かに話し始めた。
「アドニス=ウルフェンシュタイン・イワノコフスキー・イワノビッチ・フリードリヒ・カレル・ド・アーマンド七世、卿に来てもらったのは他でもない。」
アドニスは思わず面を上げた。彼は普段「アドニス」としか呼ばれたことがない。
本名を呼ばれるなど士官学校の卒業式以来20年振りではないだろうか。
「今、同盟を名乗る混沌の下僕どもはポラス国境に軍集中している。トーアを守る戦力は存在しないも同然だ。
 卿の猛撃猪突重騎兵団を以ってトーアに侵攻し、ロシモフの、そして同盟の中枢を討て。卿と卿の重騎兵団なら可能であろう。」
「神官王よ、確かに仰るとおりです。しかし、荒れ狂う氷の海を渡るなど不可能な現状では侵攻する方法がありませぬ。」
アドニスは戸惑いながら答えた。その発言にに神官王は微笑みながら答えた。
「心配はいらぬ。それについては我が娘婿のヒースクリフが手配する事になっておる。
 ・・・この遠征軍の司令官はヒースクリフであるが、主力は卿の率いる猛撃猪突重騎兵団である。
 アドニス=ウルフェンシュタイン・イワノコフスキー・イワノビッチ・フリードリヒ・カレル・ド・アーマンド七世、卿の働きに期待しておるぞ。」

それからは大忙しだった。猛撃猪突重騎兵団は純粋な地上戦力であり、ドラゴンもワイバーンも保有してはいない。
その代わりに巨獣-体高10フィートを優に越える巨大猪を約800頭と精鋭のトロール軍約3000を保有している。
何とか全軍移動の目処が立ったのは神官王の命を受けてから3ヵ月後の統合暦74年4月末、彼らは徒歩で北極海を越えること4ヶ月。
北極海は無事に通過できた。ヒースクリフが何をどうしたのかアドニスには判らなかったが、それは些細なことだった。
今、アドニスはロシモフの地を踏んだのだ。まずはヴァーリを、"トーアの玄関"と呼ばれる都市を目指して進むのだ。
邪魔をするものは巨獣で踏み潰すのみ。それこそが我等"主力"たる猛撃猪突重騎兵団の役割である。彼はそう認識していた。
このように、神官王自らに本遠征軍の主力であると名指しで指名された伯爵アドニス=ウルフェンシュタイン・イワノコフスキー・イワノビッチ・フリードリヒ・カレル・ド・アーマンド七世は幸せだったのだ。

「アドニスの任務は簡単でよいな。真っ直ぐ突き進めば良いだけとは、実に簡単だ。それに比べて我等の任の何と難しいことよ。」
司令官用の豪華な移動天幕で、ヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公は義父を思わせる楽しげな口調で言った。
「ヒースクリフ大公殿下。我等もそろそろ目的地に向かいませぬと。」
白竜騎士団団長、スティーブ・オーガスト男爵が声を掛ける。
「そうであった。猛撃猪突重騎兵団の突進力を最大限に生かす為の努力をしなくてはな。」
「ええ。無粋な邪魔者が入らないように牽制しなければ。アドニスに頭を使わせ、悩ませない為に。」
ヒースクリフ大公はオーガスト男爵の言葉に笑い声を上げると、直属軍2万に目的地への進軍を下令した。

「"そこの角を右に曲がると門があるわ。金貨15枚で話がつく”裏道”よ。"」
ユリアが全軍の先頭に立つ自走荷車-ニホンの人間達は"とらっく"とか言っていた-の荷台で道を指差している。

”未開地や遺跡などに眠る"お宝"を発見した後で輸送中に奪われることほど馬鹿げた事は無い。
 "お宝"を売るまでが宝探しであり、だからこそ輸送路の安全が第一に優先されるべきである。”
こう考えたある偉大な冒険者パーティにより"裏道"は作られた。
こういった道は、そのパーティーの偉大なリーダーに敬意を表して"アウト=バーン"とも呼ばれている。
稀にではあるが、古代遺跡から発掘される”大物”-巨大な石像や古代の祭壇丸ごと一式など-がやり取りされることもある。
そのため、裏道のほとんどは非常に広く、頑丈な作りだ。
よく気を配って作られた"裏道"であれば龍型のルビードラゴンですら通れるという。
山賊や魔物は"裏道"お抱えの傭兵達が始末するので、経路の完全な安全も保証されていた。
このような"裏道"がロシモフでは500年も前から地面を突き固め、石畳を敷き、ベトンで覆いながら営々と整備されてきたのだ。

"裏道"を有料で(そこは商売だった。冒険者も納得ずくである)利用できるのは「冒険者または冒険者に率いられた者」のみ。
これは"アウト=バーン"パーティのクゥワクゥエイ大魔道士が約500年前にそう定めて依頼、変わらない掟だった。
このように便利な"裏道"を無料で誰でも通れる道にしようという動きがロシモフ大公国の一部にある。
だが、そのたびに冒険者達の強硬な反対に遭って実現しないでいた。冒険者達にとっては命より大切な道だったのだ。

しかし冒険者に引率してもらう形を取ることは"アウト=バーン"の利用法として一般的なものとはいえない。
純粋な"商業利用"は禁止されているので、隊商が通ったりする事は出来ないからでもある。
確かに道は立派だが、ただそれだけ、ともいえた。

どちらかといえば、今回に関しては故事に倣ったものという面が大きいのかもしれない。ニーナは思った。
約300年前にトロールの大群が東部の未開地帯の町を襲った際のことだ。
当時、東部に至る道は整備されつつあったとはいえまだまだ不十分だった。
討伐軍を送り込むには"アウト=バーン"を使うしかなかったのだ。
そして、エルフ姉妹の冒険者が"裏道"を利用して軍隊を東部未開地帯に急行し、間一髪で戦いに勝利したのだ。
-だから"エルフ姉妹"っていう限定だったのね。こんな歴史的事実を忘れてたなんて。
 でもゲン担ぎで上手くいくものなのかしら。
 の意味もあるのだろう、彼女はそう考えていた。
彼女は後方から着いてくる"ギンリンブタイ"とかいう車輪をつけた不思議な物体を操るニホンの軍隊を眺めながらそう考えていた。

「"いや、それにしても見事な道路ですね。ドイツのアウトバーンでもこれだけの道はそうは無いでしょう。"」
"裏道"に入った後、ベトンで固められた道を見ながらニホンの軍人がしきりに感心している。
彼女達にも”どいつ”が地名-多分、ニホンのどこか-だというのが判った。
そして、そこに"アウト=バーン"が存在することも推察できた。ユリアは興味津々に尋ねる。
「"へえ、ニホンにも裏道があるんだ。ロシモフだけかと思ってた。沢山あるの?広い?"」
「"確かに、裏道は沢山ありますね。でも、日本の裏道は大抵狭くて込み合ってますよ。"」
「"それじゃ裏道の意味無いじゃない。裏道ってのは、広くて、空いてて、安全だから裏道なのよ?"」
ニーナは姉とニホン人の会話がかみ合っていないような気がしたものの、無視する事にした。
それよりも、今はもっと大事なことがある。

「"そんなことより。後はこの裏道を真っ直ぐ行けばヴァーリです。大協約の奴等も裏道を使うはずだから、先を急がないと。"」
「"仰るとおりですが、こればかりは。銀輪部隊も頑張ってはいますが。"」
ニホンの軍人は申し訳無さそうに言うと、続ける。
「"しかし、九七式戦車を荷台に載せて長距離牽引できる荷車と獣がいるとは。正直言って想像もしていませんでしたよ。
 一部の港では荷受に竜や魔法の道具を使い始めたとは聞いていましたが、これほどの力とは・・・。
 お陰で、燃料は随分と節約できていますし、戦車にも無理をさせなくて済みます。"」
「"アレは正直かなり高いのよ。一台一日辺り金貨10枚が相場じゃなかったかしら。
 ・・・国とか軍隊ってお金あるのね。うらやましいわ。"」
ユリアが荷役龍-アプロロフスを見ながら言った。

龍と名がつくものの、ドラゴンとは別種の生物だ。ドラゴンのような知性もなければ、魔力も持っていない。
非常におとなしい四足歩行の、灰色と茶色の縞模様をした全長25フィートほどの生物だ。
一応、立ち上がることも出来るので少しくらいなら高いところの作業も可能だった。
ドラゴンの名がついているのは見かけが竜のようだ、という理由だけだ。
鳥と同じ味がすることから、鳥の仲間と極論する学者すら居る。
長さに比して体の幅がそれほど無いため、通常は二頭立てで利用されている。
ただ、本来がムルニネブイ等南の地域の生物だけにロシモフでの"運用"は難しい。専用保温用装備が必要で、その値段が高いのだ。
だからロシモフでは農産物輸送等の"普通の輸送用"に使われることが無い。それは主に牛車が使われている。
荷役竜は巨石像の類を狙う冒険者等の"金に糸目をつけない用途"に良く使われていた。

「"ま、何にせよあとは一本道ね。このままの進みなら、一週間もあればヴァーリにつくはずよ。"」
ユリアはあくまで楽観的に言った。

「ニホンの軍隊がヴァーリに着くまで、あと一週間も掛かるのか。」
"カレル=ミレル"の最高会議室で、エルフ第二支族長アレクサンデルは悲観的につぶやいた。
「着いただけでは駄目だ。
 補給線の構築、陣地の構築、他の同盟部隊との連携・・・戦力を発揮できるまで、本当なら最低でも三ヶ月は掛かる。しかし・・」
ドミトリー同盟軍参謀総長は諦めたようにつぶやいた。
「我が国は農業国であり、彼らの食料は問題ありません。
彼らの武器たるチャリオット-チハ、とか言いましたか-の魔力弾と、燃料となる液体の輸送体制も何とかなると聞いています。
それほど悲観する必要は無いのでは?」
エルフ第二十七支族長モロトフは二人よりは楽観的だった。彼はさらに続ける。
「それに、ムルニネブイ虎人兵団凡そ1万5千も急行していると聞いています。
 冒険者や傭兵からなる防衛義勇軍も1万程度は見込めます。突出した7万程度の軍勢、何とでもなるでしょう。」

「ポラス国境で何事も無ければ、な。」
モロトフの言葉を受けたホビット長老のフランキーは続ける。
「確かに猛撃猪突重騎兵団はどうにでもなろう。
 だが、白竜騎士団とヒースクリフ大公麾下の魔道戦士兵団の動きを見ろ。
 彼らはポラス国境の同盟軍の補給線を脅かすように西へと動いている。」
彼は机に広げられた地図をなぞる。ドミトリー参謀長が言葉を継いだ。
「紅玉龍騎士団がヒースクリフの動きを阻害しようと動けば即座に大協約のドラゴンどもが追撃を掛けてくるだろう。
 今回の奇襲を成功させたヒースクリフほどの男がこの好機を見逃すはずが無い。
 国内の予備兵力を集結させるにしても時間が掛かる。トーア防衛軍にしても、それほど大きな兵力ではない。
 ニホンの軍隊と、ニホンとの共同訓練を意図してロシモフにいたムルニネブイ虎人兵団がいなければ・・・
 トーアまで一直線で攻勢を受けていたかも知れない。僥倖、と言うべきなのだろう。」
「精鋭7万 対 寄せ集め3万という絶対不利ではあってもな。」
アレクサンデルの言に"カレル=ミレル"の最高会議室内には沈黙が広がった。

-俺はついている。
猛撃猪突重騎兵団団長、伯爵アドニス=ウルフェンシュタイン・イワノコフスキー・イワノビッチ・フリードリヒ・カレル・ド・アーマンド七世は思っていた。
アドニスはその見かけで損をしているといえた。
7フィートを越える身長、300ポンド以上はあろうかという巨体の全身施した奇怪な刺青からは知性が感じられない。
突撃を多用する単純な戦法からも、彼はの知性に対する評価は高くなかった。だが、彼は思われるほど馬鹿ではない。
少なくとも、事前に情報を得る為には労を惜しまない。
彼は、魔道士が憑依した隼や犬といった偵察手段の他に、現地人の情報屋からも情報を買っていたのだ。
その結果として同盟軍守備勢力についてもかなり詳細な事を知っている。
-こちらに向かってきているのは例の"混沌の大国"ニホンの地上軍だというではないか。
 主力はおかしな歯車と板を組み合わせた不思議な仕組で走る荷車とはな。混沌の奴等の考えることはわからん。
 だが、如何なる仕組であろううと、我が巨獣の牙の餌食にしてくれる。

考え事を終えたアドニスは遠くに街を見つけた。住民が彼の軍勢を恐れて逃げ出し、もぬけの殻になったのだ。
猛撃猪突重騎兵団は"裏道"を通っていない。"裏道"周辺には街も集落もなく、略奪が出来ないからだ。
彼は全軍に街の破壊と略奪を命じた。血に飢えた兵たちは喜んで略奪に奔走する。
ヴァーリには更なる獲物がある、それが彼の軍勢を突き動かす衝動となっていた。
-ヴァーリ全面にたどり着くまであと3週間以上は掛かるだろうが、問題ない。
10月まではヴァーリに突入するなという命令もあるし、所詮、相手は全軍でも3万程度だ。
彼は自分の考えに満足していた。アドニスは幸せだった。

東方暦1564年9月13日払暁 ヴァーリ北方

寒風吹きすさぶ中、彼女達は闇にまぎれている。
同盟軍の精鋭も-日本軍の一部も、ここに待機している。
彼女達は伏兵だった。これから彼女達は大協約軍に対して夜襲を掛けるのだ。
彼女はこの依頼を受けたときのことを思い出していた。

「同盟軍が布陣を終えるまでの時間稼ぎ-都合二週間の作戦行動に同行して、生還すれば金貨150枚、ですか。」
報酬の金貨100枚を受け取りにヴァーリのギルド支部に行ったニーナは言った。
ユリアは自分が受け取りに行くと言って聞かなかった。
だが「全部酒代にするつもりじゃないですよね?」という妹の一言で黙らざるを得ず、不本意ながら妹に交渉を任せていたのだ。

そんな姉妹の葛藤は知らず、ギルド員はカウンター越しに案内する。
「ええ、冒険者・傭兵問わずに募集中です。
 とにかく敵の進軍を阻害する行動をとって、ヴァーリ正面に来るまでに勢いを止めようという事で。
 ようは同盟軍が陣地構築をしたり篭城準備をしたりするための時間稼ぎです。」
「でも、相手は軍隊なのでしょう?冒険者は軍隊と戦うようには出来ていませんよ。」

冒険者は確かに戦闘は出来る。
しかし「一対一でトロールを倒す戦士」や「リッチと互角以上に戦える魔道士」でも、”軍隊”と戦うようには出来ていない。
これは訓練の問題、あるいは訓練の欠如の問題といえた。
冒険者にとっての戦闘とはあくまで”やむ終えない場合の緊急避難措置”である。
戦闘が多くなれば、持って帰る"お宝"が損傷する可能性も増えるし、何より死ぬかもしれない。
だから、一流の冒険者ほど-戦えば間違いなく強いが-戦闘を避ける。
それに、冒険者は多くてもせいぜい6~8人程度のパーティでしか組まない。
軍隊のように、何百何千何万という単位で効率よく動くような訓練を受けてはいないのだ。
よって、冒険者をいくら集めても烏合の衆にしかならない。
ニーナはそれを指摘していた。

------

しかしこれは「良くある質問」だったに違いない。ギルド員は微笑むと言葉を発した。
「正面切って戦闘して欲しい、というわけではありません。
 この攻撃の主力はムルニネブイ虎人兵団とニホンの軍隊です。
 なんと言いましたか、あのチャリオット-ああ、チハでしたね、チハ。
 そのチハ十数台と、ムルニネブイ虎人兵団の千人隊が参加します。
 ニホンの飛行機械、ヨンサンだかヨンサマだか、それも空中支援をするそうです。
 冒険者と傭兵の方々は側面または後方から奇襲的に攻撃を掛けるという役割です。
 ・・・そういう意味だと”巻き狩り”の勢子の役目ですね。」

結局、二人はこの仕事を請けることにした。
もはやヴァーリ以北の街はあらかた壊滅し、西方も白竜騎士団に牛耳られている。
トーアに戻ったところで安全が保証されるわけでもないし、それに-
「この国はあたし達の国だからね。あたし達が守らないと。」
ユリアの言葉が全てをあらわしていた。

そして、今。ヴァーリ北方40マイル地点、平原の多いロシモフでは珍しい丘に囲まれた街道に彼女達は潜伏していた。
ムルニネブイ虎人兵団が大軍を受け止めつつ後退していき、伸びきった隊列を叩く。
左翼からがニホンのチャリオットが、右翼から義勇軍(冒険者と傭兵から構成されている)が襲い掛かるという想定だ。
「ほら、チハがあそこにいる。ちょっと少ないけど、大丈夫かしら。」
ユリアが指差すほうを見ると、半マイルほど離れた山すそに隠れ潜むようにしてニホンの兵士といくつかのチハが見える。
「あれは大岩亀みたいなものだから、近寄ってひっくり返されたらひとたまりも無いでしょう。私達も援護しないと。」
「確かに、大きさも硬さもロックタートルみたいなものかもね。
 ・・・ダンジョンで会ったら怖いけど、平原だったらどうってことは無さそうなところとかも一緒ね。」
上空から巨大蜂がうなるような音が聞こえてきた。援護の飛行機械が到着したのだ。彼女達は口をつぐむ。間もなく戦闘開始だ。

初出:2009年12月20日(日) 修正:2010年1月10日(日)


サイトトップ 昭南疾風空戦録index