昭和十七年九月二十八日 ハン=ジーレ上空

ハン=ジーレには既に結界が張られている。オレンジ色の光が不気味に辺りを照らしている。
おそらく、攻城兵器対策だろう。その範囲はいつもよりも大きいように感じられた。
その上空には何かが宙を乱舞しているのが見える。敵の航空部隊だった。
前回までのように、結界に頼った防御をするつもりは無いようだ。この攻撃を山場と読んでいるのだろう。
ワイバーンとドラゴンが数十騎、それに数百を越える黒馬が滞空していた。ナイトメア部隊に違いない。
中でも異様を放っているのはナイトメア部隊だ。飛行物体としてはかなり小型で、速度もそれほどではない。
しかし何より、数が違う。まさに、雲霞の如しといえる数だ。
いかに馬の形が空戦機動に向くものではないといっても、数は全てを凌駕する要素になりうる。
それに、彼らが得意とする「精神への直接攻撃」は非常な脅威だ。迂闊に近づいて逆襲を受けるわけにはいかない。
そのあまりの数に突入をためらっている同盟軍航空部隊――鋼竜と日本軍機――だったが、流石におかしいと感じ始めてもいた。

――追えば逃げる、引いても追ってこない。一向に攻撃してくる気配も無い。
 おかしい。コイツら、戦うつもりが無い?ここは敵陣上空ではないのか?何を考えている?

高梨達は違和感を抱きながら戦機を待った。敵の意図がどうであれ、城砦の中枢部に穴が開けば何らかの動きを示すに違いない。
そして、待つこと数分。地上部隊から待ち望んだ報告が入る。

「アースワーム部隊、結界領域内を突破!ミノタウロス部隊が地下通路に突撃を開始しました!」

臨時飛行場に入っているジェシカから連絡が入った。
オレンジ色の結界が明滅を始める。牛頭人兵団とアースワームが中枢部の魔方陣を攻撃しているのだろう。
滞空している敵空中部隊は、ここにいたってようやく交戦を決意したらしい。
ワイバーン、ドラゴン部隊の順で同盟国軍に迫ってきたていた。
しかし、ナイトメア部隊は相変わらず城砦遺跡上空に待機しているだけだ。空戦向きで無いというのもあるだろうが――

――どちらかといえば遠巻きにしているミノタウロス地上部隊への押さえに違いない。
 いかに牛頭人とはいっても、精神攻撃にはそれほど強いわけではないからな。

高梨は思った。連絡将校の牛頭人から色々と話を効く限り、彼らの心は日本人に通じるものが多々あった。

――つまり、普通の心を持っているわけだ。・・・旧世界で肌の色、宗教や言語等で差別していた我々の歴史は何だったのだろうな

高梨はそんなことをふと頭に思い浮かべたが、すぐに打ち消した。今は空戦に集中すべき時だ。
ここ最近ずっとそうであったように、ホワイトドラゴンはスチールドラゴンが迎撃している。
彼らの”格闘戦”――文字通り、牙と爪を使っての格闘戦に割って入り込むこと等できよう筈も無い。
高梨達はドラゴン達の戦いが行われている場所から少し距離を置いてワイバーンとの空戦に入る。
彼らは相変わらず緩慢な動作だった。思わず高梨は同情する。

――こいつらも、ある意味犠牲者だな。本当はもっと養生が必要な身体なのに。

”ドラゴンオーブ”を利用して急速回復されたとはいえ、何度も砕かれた身体に対しては充分ではなかった。
竜宝珠を利用して強制再生するたびに少しずつ身体の再生力は衰えていく。生物としての力が失われていくのだ。
だから、再生されたワイバーンやドラゴンには充分な栄養と急速を与える必要がある。
これにより体の自律能力を高めて再び戦える体にするのだ、そう高梨達はムルニネブイで学んでいた。
しかし今日本軍が対峙しているワイバーンは、この短期間で数次にわたり砕かれては再生を繰り返している。
本来の生物的限界――へいふりっくの限界、とか言うらしいが、高梨には良く判らなかった――を越える無茶な再生といえる。
そのため、自律系が完全に破壊されているに違いない。飛ぶのがやっとのような、非常に緩慢な動作だった。
すでに身体は無理が利かない段階にまで来ているのかもしれない。
ドラゴンオーブの加護で何とか飛んでいるだけなのだろう。竜宝珠の力があればそれは可能だ。
ただし、それはモルヒネで無理やりごまかすようなものだ、ジェシカからはそう聞かされていたが――

――それは本当だな。こんな状態とは。ワイバーンというより、弱った鳩みたいな飛び方をしている。

高梨の見るところ、このワイバーンは最早戦力にならないように思えた。
ここでのワイバーンとの戦闘を思い返し、高梨は思った。

――そういえば、こいつら最初から多少おかしかった。バレノアのワイバーンと余りにも違いすぎた。
 ひょっとすると、もともと”限界が近い再生ワイバーン”だったのかもしれない。
 使い捨ての作戦で利用するための――

思いながらも彼は前方を見る。ワイバーンが迫ってきていた。
二式単戦に高度を取らせ、突撃の準備をする。思索の時間は、戦闘が終ってから存分にとれば良い。
高梨達を含む日本軍機はワイバーンを攻撃し、一航過で数機を撃破。
十分後には全機を撃破した。あまりにも一方的な戦闘といえる。
高梨の考えどおり、再生を繰り返した挙句に戦闘能力を失っているのだった。

ワイバーン全機が撃墜された時になってようやく、ハン=ジーレ上空のナイトメア部隊が動き始める。
しかし、それは意外な方向へ向かっていた。

「氷上船の上空を護衛?何故だ?」

高梨は思わず声に出していた。ハン=ジーレの横に"停泊"している氷上船の上空に、ナイトメアの大部隊が集結しつつある。
元々居た数百のナイトメアだけでなく、城砦から出てきた新手の魔法剣士団も続々と集合しつつあった。
無線からの坂川少佐声が聞こえる。

「これで氷上船の爆撃は難しくなった。以下にナイトメアといえど、千を越えている数を全て落とせはしない。様子を見るぞ。」

確かに戦隊長の言うとおり、この数が上空に待機しているのでは氷上船爆撃を行うことは現実的ではない。
日本軍の動きが一瞬止まった。そのとき、それは起こった。
突然、氷上船が停泊している領域をを中心に風が渦を巻きはじめた。
最初はそよ風のようだったそれも、すぐに勢いを強めていき、あっというまに颶風のごとき勢いとなる。
事態の急変に気を抜いた訳では無いだろうが、スチールドラゴンの動きが鈍る。
その隙にホワイトドラゴンがその空域に飛び込んでいった。鋼竜は怒号を上げてそれを追いかけようとしたが――出来なかった。
巨大な氷の塊が風と共に舞い始めたのだ。最初は拳大だったそれも、徐々に大きくなっていき、人間の大人程度になっていた。
全身に結界を張れば突破できないことは無いかもしれないが、かなりの賭けになるだろう。
ユリウス鋼竜騎士団長が叫ぶ。

「”またも勝負を避けるというのか!臆病ものどもめ!恥を知るが良い!”」

その声に呼応するが如くに、巨大な人影が映し出される。風に浮かぶ氷塊を投影幕代わりにしているに違いなかった。
人影は日本人には判らない言葉で何かを話し、最後に哄笑した。ユリウスの怒号が聞こえる。
高梨達は高みの見物とは行かなかった。彼らがいる空域にも雹が舞い始めている。気温も急激に下がっていた。
発動機も不機嫌なうなりを上げ始めた。急激な温度変化が影響しているのだ。これ以上この空間に居るのは危険だった。
高梨が退避を具申しようとしたとき、鋼竜騎士団長の緊迫した声が聞こえてきた。

「”鋼竜騎士団長より、航空部隊全機へ。至急、この空域から離脱せよ。
 敵はハン=ジーレを自爆させるつもりだ。ヒースクリフめ、とんでもないことを!”」

ユリウスが激怒していたのはこれだったのだ。高梨は思わず地上を見た。ミノタウロスたちが後ろも見ずに走っている。
同時に、地上に落ちてうめいているワイバーン達も見えた。大協約軍は、傷ついた味方を無視して城砦を爆破しようというのだ。
高梨が憤りを覚えたそのとき、ハン=ジーレの頂に亀裂が入るのが見えた。亀裂からは虹色の光が漏れ始めている。
彼は慌しく機首をめぐらし、スロットルを開きつつ高度を取る。5分後、彼の後方から轟音がとどろき、虹色の光が溢れた。

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「それはそれはとんでもない爆発じゃった。」

あの時は正直生きた心地がしなかったからのう。まあ、何べんもそういう目にはあっているわけじゃが。

「そんなに凄かったの?。」
「凄いとか凄くないとか、そういう問題では無かったぞ。音や振動も凄かったが、何より凄かったのは光じゃ。」
「光?爆発って、ピカっと一瞬光るだけじゃないの?テレビだと大体そうだよ。」
「まあ、テレビでは大体そうじゃな。」

・・・最近の子供はテレビの見過ぎなのじゃ。いらん知識ばかり仕入れおって。
とりあえず、麦茶とバームクーヘンで心を落ち着けるとしよう。
うむ、美味いのう。やはり島田屋製菓の東京ヴァーム・クーヘンは最高じゃ。本場長崎の味がするのう。
・・・そういえばドイツは今頃どうなっておるのかのう。当然、アカどもを打倒して英米と雌雄を決したのじゃろうな。
どんな飛行機を作ったのかのう、気になるわい。昔ちょっと乗ったメッサーも良かったしのう。
ヒ総統は流石に死んだじゃろうから、何代目かの総統になっておるのじゃろうし・・・・

「・・・おじいちゃん?おじいちゃん?どうしたの、大丈夫?」

ああ、いかんいかん。ついボーっとして余計なことを考えてしまった。はて、そういえば。

「何の話をしておったかの?」
「要塞が自爆したときに、爆発のお話だよ。凄かったんでしょ?」

そうじゃそうじゃ。凄かったぞ。

「あの時はとんでもない爆発じゃった。物凄い音がしてのう。」
「それはもう聞いたよ。」

なんじゃ、少し疲れた顔をしておるぞ。良い若いもんがそんなことでは困るのう。

「うむ。ああ、そうじゃ。光じゃ。光。」

どうじゃ、思い出したぞ。

「虹色の光が溢れたのじゃ。まあ、虹色の光といっても判らんかもしれんのう。
 あれじゃ。赤やら青やら緑やらが色々と変化しながら迫ってくるのじゃ。
 とてつもなく綺麗じゃった。この世のものとも思えん美しさじゃったな。」
「クリスマスツリーの照明みたいなもの?」

うむ、やはりそう思うわな。しかしのう、あんな長閑なモノでは無いぞ。

「いや、そうではない。アレはもっと綺麗な光じゃった。じゃが、この世のものではないという感じはしたな。
 あれほど恐ろしい光はそうは無いと思うぞ。わしはあそこで、光でも恐怖を与えられるというのをはじめて知ったのじゃ。」

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「・・・古代においては城砦と国家とは同じものでした。だからこそ結界による城砦全域の完全防御が最重要だったです。
 ですが、結界は長期的には包囲戦に弱いですし、アースワームなどにより内部から破られる可能性もあります。
 その場合に備えて、古代城砦は最終手段を用意してあるのです。それが――」

エルヤーン臨時飛行場の会議用天幕で、ジェシカは偵察航空隊の写真を見て青い顔をしながら言った。

「意図的に敵を内側に引き入れた後、ドラゴンオーブを過負荷状態におき、魔力を暴走させて城砦ごと自爆させる。自爆機能です。
 これにより強欲な侵攻軍は全てを失い、一方、防衛側は都市と引き換えに逃げ延びる時間を稼げるというわけです。皆殺しにあうよりはまし、という判断ですね。
 ただし、軍の機動力上昇と共に城砦を回避する傾向が強まったため、自爆するほど追い込まれる城砦はロシモフの歴史では存在しませんでした。
 私の記憶が確かならば、ハン=ジーレはロシモフの歴史上で初めて自爆した古代城砦になるはずです。」

高梨も偵察写真を見る。ハン=ジーレがあった丘は、いまや跡形もなく吹き飛んでいた。後に広がるのは、半径1キロほどで底が見えないほど深い竪穴だけだ。
これで同盟軍の被害がほとんど出ていないというのは奇跡的だった。
ミノタウロスは全力で走れば1キロを2分以下で走れるというが、おそらく、それ以上の速度で走ったに違いない。
アースワームも、穿孔しながらの前進とは異なり、単純な前後進は見かけによらず相当早いと高梨達は聞いていた。
黒江大尉が顔を顰めながら言った。

「これは爆弾に応用できたりするものなのか?こんなものが落とされたら・・・」
「いえ、それは不可能なはずです。竜宝珠を自爆させるためにはかなり大規模な魔方陣が必要です。
 竜脈の暴走も必要なため、それこそ城砦でも無い限り魔方陣を構築・維持することはできません。」

ジェシカの言葉に場に安堵が広がる。この原理を応用した爆弾で攻撃される心配がなくなったからだ。

「自爆前に現れた人影・・・あれが、ヒースクリフ大公ですか?」

安堵が広がる中、三木大尉がユリウスに尋ねた。

「そうです。あれこそが、大協約の最高権力者、神官王ヴィンセントの娘婿、ヒースクリフ大公です。
 "女たらしの昼行灯"の異名を持っていたのですが・・・どうやら、牙を隠し持っていたようですな。」
「彼は、最後になんと言っていたのです?随分と激怒されていたようですが・・・」

黒江大尉の問いかけにユリウスは苦い顔をした。

「そうか、皆さんは竜騎士ではないから言葉が判らんのでしたな。空を飛んでいるとつい忘れてしまいます。
 ・・・彼は我々に聞かせるためでしょうか、あえて東方共通語でこう言っていました。」

鋼竜騎士団長は一拍おいてから淡々と語った。

「”勇敢なる同盟軍の皆さん、はじめまして。私はこの遠征軍司令官、ヘクター・ハースト・ヒースクリフ。
  皆さんの勇気に敬意を表して、ハン=ジーレをお渡ししましょう。自爆し、瓦礫となったハン=ジーレをね。
  では、ごきげんよう。ヴァーリで会いましょう、勇敢な同盟軍の方々よ。”」

「・・・馬鹿にしやがって。あの野郎、戦争を遊びか何かと勘違いしてやがる。」

誰かがつぶやくのが聞こえた。高梨も全く同感だった。
場が感情的になる前に、坂川少佐が声を出した。

「いずれにせよ、ハン=ジーレは完全に崩壊。跡地には深さ五百メートルはありそうな穴が開いているだけだ。
 あれが古代に――ピラミッドと同じ頃に作られたものとは信じられんな。」

戦隊長はそう言って場を見回すと続ける。

「だが、古代遺跡のことは後回しだ。そんなことより、敵軍の動向についての情報だ。
 まず、ヒースクリフ大公が直率していると思われる氷上船部隊だ。
 氷上船部隊の現在位置を詳細に把握することは出来ていない。連中は猛吹雪に覆われているからな。
 だが。」

少佐はハン=ジーレに指揮棒を置くと、右に――つまり、東に動かした。

「その猛吹雪の移動と――何より、地面に残された"氷の道"が東に向かって伸びている。
 おそらく、ヴァーリに布陣する敵軍と合流する心算に違いない。」

彼はヴァーリまでの経路を棒で叩いた。

「敵の移動速度は時速二十キロ前後だが、猛吹雪の影響で全く近づくことが出来ない。
 それさえ無ければ好餌なのだがな・・・・」
「ヴァーリ全面の敵軍について、何か動きはあるのでしょうか?」

高梨の質問に対し、坂川少佐は答えた。

「敵軍の動きは何も無いと聞いている。何故だか判らないが全く動きが無い、と聞いていたが・・・
 だが、このヒースクリフ大公の動きからするに、おそらくこれが当初からの計画だったのだろうな。」
「何が目的なのでしょう?あきらかに不自然な動きですが・・・」

この問に答えたのはユリウス鋼竜騎士団長だった。かれは言葉を選びながら話し始める。

「おそらく、はじめからロシモフ――ポラス国境のルビードラゴンを戦線から引き剥がすのが狙いだったのでしょう。
 そして、紅玉竜をあの必要以上絶対結界で拘束している間にポラス国境の軍を動かしてロシモフに侵攻する。
 あわよくば別働隊でトーアまで進出する、そんなところでしょうな。
 だが、予想に反し、西方の戦力は動かなかった。だから――」
「全力でトーアを狙う、というわけですね。確かに、現状では戦力が無駄に分散しているだけです。
 戦力を集中するために移動の機会をうかがっていた、その機会として今回の総攻撃を利用した――あわよくば我々の殲滅をも狙って。」

途中から言葉を引き取ったジェシカにユリウスは頷いた。

「我々はこの後どのように行動すべきか、難しいところですね。
 ヴァーリ正面に進出して決戦に参加するか、或いは、氷上船を追撃して敵兵力の合流を防ぐか――考えどころですな。」

黒江大尉の言葉に坂川少佐は首を振る。

「我々はどちらも選択しない。」
「どういう事ですか?」
「ここにやって来る機体を護衛してロシモフ――ポラス国境に向かうように同盟軍総司令部からの連絡があった。
 その機体で"重要人物"――まあ、ドラゴンの人だ――を載せて、ヴァーリへと送り届けるのが我々の任務だ。」

高梨が驚いて尋ねる。

「ここからヴァーリまで200キロ以上、ポラス国境は2500キロ以上もあります。
 重爆でも、行き着くので精一杯のはずです。そんな長距離を往復できる機体などあるのですか?」

坂川少佐は高梨のこの質問を待っていたのかもしれない。悪童のような表情をすると答えた。

「まだ完成して日も浅い新型機、A26を使うという話だ。独立混成第一旅団の山下閣下が無理を言ったらしい。あれの航続距離は1万キロ以上あるからな。」
「A26?"東京――ニューヨーク間無着陸親善飛行"のために朝日新聞社が計画した、あれですか?完成していたのですか?」

高梨は驚いた。完成はもう少し後のはずだ。そもそも"ニューヨーク"自体が存在しない以上、計画は遅れるものと思っていたのだ。
しかし、坂川少佐の話からするとそうでは無いらしい。戦隊長は頷くと答えた。

「陸軍試験機、キ七七としてな。もともとの計画では昭和十七年十月に一号機機完成の予定だった。
 だが、"新世界"の調査においては長距機が威力を発揮するという理由で開発速度が上がった、という話だ。
 5月には試作一号機が完成していたらしい。試験飛行がてらポラス国境に行く予定があったのだが、この侵攻で沙汰止みになっていた。
 それをやろうというわけだ。ただし、気軽な試験飛行ではなく、同盟の命運を担う重要任務としてな。」

翌日。夜明け前にトーアを飛び立ったキ七七は六時三十分にこの飛行場の上空に姿を現した。
その姿に高梨は目を見張った。

――翼が長いな。全長の倍ぐらいあるんじゃないだろうか。しかも細長い。
 それに機体も綺麗な流線型をしている。確かに、これは遠くまで飛べるだろう。
 発動機はハ115か、そうでないにしても千馬力級のものに見えるな。それを二発か。それなりに豪華だな。
 しかし――
速度は大したことが無い。250キロ前後だった。
「なるほど。どうしてわざわざハン=ジーレ陥落まで待っていたのかと思いましたが、これでは。
 あれでは、ワイバーンどころかウマにだって落とされてしまうでしょうね。」
三木大尉の言葉に高梨は同意した。

A26はどこか優雅に着陸した。姿かたちは全く違うが、その様は高梨に鶴を感じさせた。
ここで乗員として鋼竜とその竜騎士が同行する。同盟国軍伝令としての役割と、万が一の際の護衛を勤めるためだ。
A26はこれから給油し、護衛の日本軍機を引き連れててポラス国境のルビードラゴン駐屯地を目指す事になっていた。

「その巨体で整地してくれているそうですから、飛行機の離着陸は問題ないそうです。
 噂に名高いルビードラゴンを、一足お先に拝ませてもらいますよ。」

三木大尉は飛行服に身を包みながら、いつものように微笑んでいた。高梨は質問をすることにした。どうしても気になっていたのだ。

「しかし、本当に行くのですか?その零戦は航続距離が随分短くなっているのでしょう?
 たどり着くだけでギリギリなのでは?二式複戦も同行するのですから、何も零戦まで行かなくても。」

三木大尉は、この男には非常に珍しく苦笑を浮かべて言った。

「・・・まあ、確かにそうですね。正直、増槽があろうが、空戦になったら破棄するしかありません。
 空戦中の燃料消費も考えれば、あっという間に使い切ってしまうでしょう。随伴するだけ無駄、それも間違いではありませんね。
 ですが、お偉方には別の考えもあるようです。"海軍も役に立つ"ところを見せなければいけない、という理屈もあるようですよ。」
「それは」

高梨は絶句した。そうだ。この男は海軍の軍人だったのだ。この数ヶ月一緒に居たせいで忘れかけていた事を思い出していた。
確かに、迎えに行く機体も陸軍機、護衛も陸軍機と同盟国のドラゴンというのでは海軍の面子は立たないだろう。しかし――

「今更、そんなものなど気にしなくても。この非常時に、そんな馬鹿なことを――」
「確かに、この非常時に馬鹿な事、それは間違いないだろうな。」

坂川少佐が口を挟んだ。だがな、と彼は続ける。

「"屠竜"は確かに長距離爆撃機への随伴戦闘機として開発された。だから一応、空戦も出来るという触れ込みになっている。
 だが本格的に空戦となれば、ほとんど役に立たないだろう。確かに一撃離脱戦法は使えるかもしれないが、それにしても鈍重すぎるからな。
 だから、護衛には戦闘機が必要だ。ちゃんとした"空戦"が出来る戦闘機がな。"上"の考えを別にしても、零戦が必要な事は確かだ。」

坂川少佐はそう言うと三木に向かって言った。

「上には上の思惑があるだろう。だが四十七戦隊の全員にとって、六空分遣隊は家族みたいなものだ。
 必ず任務を達成して、この基地に帰って来い。くれぐれも無茶はするなよ。」

A26――キ七七は十数機の護衛機を伴って飛び立っていく。零戦、"屠竜"の他に海軍の九六式陸上攻撃機と陸軍の百式重爆"呑龍"も随伴していた。
陸攻と重爆は燃料輸送のための片道飛行だった。貧乏なはずの我々日本軍にしては珍しい、高梨は感じていた。

「・・・同盟に恩と――力を売り込みたいのだろうな。日本が役に立つ同盟国であることを証明したいのだろう。
 全てがうまくいけば、キ七七は明日の昼にここの上空にやって来る。その後はヴァーリでの総反撃だ。忙しくなるぞ。今日のうちに雑用を済ませて置けよ。」

高梨の心を読んだかのごとく坂川少佐は言った。その言葉に高梨は気を引き締めた。

初出:2010年1月10日(日) 修正:2010年6月6日(日)


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