昭和十七年九月四日 ムルニネブイ臨時飛行場特設会議室

報せを受けた士官が会議室に集まってくる。だれもが緊張しているようだ。

「独混が向かっているそうだが、いけるだろうか。」
「空戦ではドラゴン等という非常識なモノがいる。陸戦でも、きっとそれに近い何かがいるだろう。」

皆がそれぞれに勝手なことを口にしている。無理も無い話だ。少なくとも、来年春になるまでは東方大陸で戦闘行動を行うことは想定していないと聞かされていたのだ。
だが、現実には独立混成第一旅団は戦場に向かいつつある。何か、突拍子もない事が起きているのだろう。
高梨も例外にもれず、取り留めの無いことを考えていた。
――同盟はその戦力の過半をロシモフ大公国西部の国境地帯貼り付けていると聞いたことがある。
  如何に山下将軍が率いているとはいえ、僅か五千名でどうにかなるものではないと思うが・・・

会議室の扉が開かれ、坂川少佐が部屋に入ってきた。とたんに場が静まる。ジェシカとアルフォンス、それに見慣れない顔の軍人も同行している。
ジェシカと同じ黒い制服を着ているところを見ると、おそらくムルニネブイの軍人なのだろう。戦隊長は会議室をぐるりと見渡すと告げた。

「集まってもらったのは他でもない。皆、話は聞いていると思うが、ロシモフ大公国中央部に大協約軍が上陸した。
 主力部隊五万、別働隊二万の計七万だ。」

一同がどよめいた。ここにいるものは独立混成第一旅団が派遣されていることを知っているものばかりだ。五千で七万を相手にするというのは、幾らなんでも無理だ。
その空気を察したのだろう、坂川少佐が言葉を継ぐ。

「何も独混だけで全軍と戦うわけではない。日本陸軍はまだこちらの大陸での行動にも慣れていないしな。
 だから主力はムルニネブイの獣人部隊だ。貴様等も耳や尻尾がある人たちを見たことがあるだろう。その精鋭だ。
 それと――」
 
彼はそこで言葉を切ると、新顔の軍人に向けて頷く。彼が頷き返したところで再び話し始めた。
「今回は、我々も同盟国との共同作戦となる。そのために、"鋼竜騎士団"の団長が来てくださった。」
高梨をはじめ、日本の軍人達は銀竜騎士団の団長と呼ばれた人物に注目した。
中肉中背で特に目立つところも無い。口ひげを生やしているのが最大の特徴といえるが、顔の造作も普通だ。しかし眼光は鋭く、確かにひとかどの人物に見えた。

「ここでこうしてお話させていただくのは初めてになります。ユリウス・カサーレ男爵、鋼竜騎士団の団長をしております。
 覚えておられる方もおられるかもしれませんが、7月に皆様の妙技を拝見しにこの基地へ来ております。」

その言葉を聴いた高梨は思い出そうとしたがどうにも思い出せなかった。耳が長い種族や尻尾が生えている種族については覚えているが、人間については印象が薄かったのだ。
高梨他日本人の多くが思い出せないでいるのを見て少し苦笑した彼は続けた。

「・・・まあ、ムルニネブイは種族の坩堝ですから。人間のことなど覚えてないかもしれませんがね。」

室内に流れる微妙な雰囲気を悟ったのか、坂川少佐が話し始める。

「敵は二手に分かれている。同盟本拠地のトーアを目指す"猛撃猪突重騎兵団"と、ロシモフ――ポラス国境への補給線を断ち切るように動いている"魔法戦士兵団"と白竜騎士団だ。
 我々、日本軍大陸同盟派遣団航空部隊は後者を阻止するためにロシモフへ向かうことになる。」

黒江大尉が尋ねた。

「飛行場や物資はどうなりますか?バレノアの時でも、一ヶ月くらいは準備期間が必要だったはずです。」
「今回に関しては大丈夫だ。飛行場については問題ない。ロシモフは平地には困らない場所だそうだ。
 燃料その他物資も問題ない。独立混成第一旅団には飛行第六十四戦隊がついているから、その予備物資も使えるし、兵站路も強化中だ。」

もっとも殆どムルニネブイ商人の活躍だがな、というと少佐は左右に控えるムルニネブイ人達を見る。彼らは複雑な表情をしていた。

「どうせ”お近づき”になって商売することしか考えてないのよ、まったく連中ときたら。」

ジェシカが半ばぼやき気味に、そして半ば誇らしげにつぶやいたのを、最前列にいた高梨は聞き逃さなかった。
ムルニネブイ人の心意気にあてられた高梨は気分を変えるために質問した。

「しかし、敵はどうやって来たのです?地図を見ましたが、如何みても大陸の中央部です。敵が現れる道理がありません。」
「・・・上陸地点を偵察したところ、破損して乗り捨てられたと思しき”氷上船”らしきものが見つかりました。」
「”氷上船”?以前、同盟軍でも構想した事のある”氷の上を進む船”のことですか・・・?
 吹雪への対処が出来ない、氷原上のクレバスへの対応が難しいという気象・環境制御面の問題が解決できなかったはずです。
 何より船体を構成する生体素材が寒さに耐えられないから実現不可の烙印を押された代物では・・・」

ユリウスの言葉にジェシカが反応する。それを見越していたのか、彼は続けた。

「その通りだ、ディ・ルーカ卿。しかし、船体については古代の船のように木で作れば良いだけだ。
 あとの二つについても、強大な氷の精霊の力を借りれば実現できる程度の問題だ。」
「しかし、北極地方は魔法力をそれほど発揮できない地帯です。それを制御するような強大な精霊など、それこそ"雪の女王"でも無い限りは無理ではありませんか?」
「つまり、彼女であれば可能だ、という事であろう?」

会話に全く着いていけなくなった高梨達日本人を半ば無視するようにして話が続き、鋼竜騎士団長は苦虫を噛み潰したような表情で答える。

「では、"雪の女王"が?」
ジェシカが尋ねる。鋼竜騎士団長は答えた。
「・・・どうやったのかは判らんがな。伊達に女たらしでは無いという事か。ヒースクリフめ!」

ユリウスは吐き捨てる様に言った。

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「普段あんまり印象に残らないタイプの人が怒ると印象に残るものじゃ。
 ユリウス団長が我々の前であのような顔をしたのは、あれが最初で最後じゃった。」

バームクーヘンをほおばりながら話を聞いておった孫も何やら考えている。

「あれかな、ヤクルトの関根監督が怒ったら怖いみたいなもん?」

ふむ、確かにそういう見方もあるかもしれんのう。じゃが。

「あれは若い頃はそうとうヤンチャだったんじゃ。関根だけは怒らせてはいかん、そういわれておったのじゃよ。
 そうでなければ投手で50勝、打者で1000本安打なぞ出来んわい。」

ふーむ、そう考えるとユリウス団長も若い頃は相当なもんじゃったのかも知れんのう・・・


「ねえ、でも”氷上船”ってそんなに珍しかったの?いまだと”白瀬”とか、結構あるよね?」

孫が質問してきよった。ふむ。少し勘違いしておるようじゃの。

「お前が言っておるのは、ひょっとして砕氷船の事か?確かにあれは結構あるな。」
「氷上船と砕氷船って違うの?」

小首をかしげておる。そうじゃのう、わしも最初は砕氷船じゃと思って折ったからのう。

「砕氷船は、”氷を砕く船”じゃろう。厚い氷を砕いて、水路を作って進むのが砕氷船じゃ。
 氷上船は、文字通り”氷の上を走る船”じゃ。船底がソリみたいになっておってな、横に補助用のスキーもついておる。」

わしの答えに孫は目を丸くしている。そうじゃなあ、あの時以来、今に到るまで大型氷上船は作られておらんからなあ。

「すっごい便利そうじゃない!何で今は無いの?」

まあ、そう思うわな。しかしじゃ。

「氷上船が使える前提として、晴れていてかつ冷たいが風はある、という状況が長期間続く事が必要じゃ。
 そんなものは魔法でも使わんとできん。じゃが、これは非常に難しいんじゃ。
 現代の気象制御魔力衛星”ひまわり”でもちょっと雨を降らせたり運動会がある地域を晴れにしたりするぐらいしか出来ん。
 当時は気象衛星なんぞ無かったから、余計に無理じゃ。まして魔力の効き難い北極では、な。」
そう思うと日本が誇る冒険魔道士の植村直己氏は偉大じゃったのう。いや、そういう話ではないか。
「そんなわけで、それこそ"雪の女王"の力が使えないんじゃったら、あんな大型船はまともに動けるか怪しいものじゃ。
 それに、じゃ・・・氷上船をどこで使うんじゃ?」

孫は考えておる。ふむ、わからんようじゃの。しかたない、助け舟を出してやるとしよう。

「使うとすれば東方大陸と西方大陸の間を結ぶくらいじゃが・・・えらい時間が掛かるし、面倒なだけじゃしな。」

孫は何となく納得しない顔で頷いた。・・・まあ、確かに、大型氷上船には浪漫が詰まっておるがな。

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昭和十七年九月十四日払暁 ロシモフ大公国・ファルゥーハ地方 ファルゥーハ臨時飛行場

大協約軍が東方大陸中央部に上陸してから半月あまり。
住民の避難を優先させていた同盟軍であったが、いよいよ逆襲に転じ始めている。
第一陣として、昨夜はトーアを目指して移動中だった猛撃猪突重騎兵団に対して夜明け前に攻撃を加えていた。
山間の間道を通る大軍を挟撃するという教科書どおりの戦術はそれなりの戦果を収めたようだ。
敵の大軍勢がヴァーリ市に近づくのを出来るだけ遅らせ、陣地構築を行うという目的は達せられつつある。

そして、敵別働隊の侵攻を受けつつあるファルゥーハでも――

「回せーっ!」
「コンターック!」

まだ暗いファルゥーハ臨時飛行場の闇を払うかのように陸海軍の飛行士達の声が響く。
この飛行場は原野を切り開いて固めただけの飛行場だ。どことなく満州の雰囲気に似ているように高梨には感じられた。
現在、ここには百機を越える日本陸海軍機が存在している。対ドラゴン・ワイバーン戦闘が考えられるので、主力は戦闘機隊だ。
四十七戦隊の二式単戦"鍾馗"、八十七戦隊の二式複戦"屠竜"、六空分遣隊の零戦の全てが発動機のうなりを上げ始めている。
さらには鋼竜騎士団のスチールドラゴンが三十騎ほど竜型になり発進準備を終えている。

今回の相手、白竜は青竜や赤竜ほどの空戦能力は持たない。だが、そのフリーズブレスは厄介だ。
万一発動機や方向舵等が凍り付いてしまえば、飛行機としては役に立たなくなってしまうからだ。
そのため、今回の作戦では、スチールドラゴンがホワイトドラゴンとの戦闘を受け持つ事になっている。
スチールドラゴンは"風"と"寒さ"を操るメタリックドラゴン族であるため、これは最適な役回りだった。
誤射の危険を防ぐため、白地に世界樹と竜の紋章が描かれている同盟軍旗を服のようにして着込んでいた。
本来であればもう少し時間を掛けた訓練をしていく必要があるが、その時間は無かったのだ。

――誤射が一番心配だな。一応、アルフォンスと訓練はしていたから問題はないはずだが。
 それにこちらのドラゴンは文字通り鋼に輝く皮膚をしている。近寄れば判る、冷静になれるかどうかだ。

高梨が思う間にも、航空機は次々と離陸していく。航続距離の長い順に離陸するため、"屠竜"、零戦、"鍾馗"の順番となるのだ。
第二中隊が発進する番になる。誘導員の合図を確認した高梨は機体を発進位置に進ませる。
高梨の操作でハ109のスロットルが開かれ、"鍾馗"は徐々に加速し、離陸した。
彼はふと上空を見上げた。基地直援任務のシルバードラゴン数騎が基地上空を舞っていた。

日本軍航空部隊が全て離陸した後、鋼竜騎士団も発進した。
彼らが一番航続距離が長いのだが、生身のため疲れやすいから最後に発進するのだ。
最後に発進して最前列に出たスチールドラゴンは翼を大きく動かし、舞を舞うように優雅に空を飛んでいる。
日本の航空機がプロペラを回して飛ぶのとは比べるべくも無い。
高梨はその姿を見ながら、この数ヶ月間座学で学んだ各ドラゴンの特徴を復誦していた。

銀竜はブレスと魔力においてブルードラゴンと同等以上、結界と鱗はより硬い。だが戦闘行動半径は120キロがやっとで全力発揮時間も短い。
スチールドラゴンは銀竜と同等の防御力を持ちつつ長距離を飛べ、格闘性能も優れている。だが、ブレスと攻撃魔法が劣っている。
紅玉竜は一日のうち4時間以上の竜型を取ることが困難。そうしなければ巨体を実現できない。

――こう考えると、とても「兵器」としては使えるものではないな。いや、そもそも人間よりも知的な生物らしいから「モノ」ではないか。
 大協約のドラゴン達が「殺戮」に特化しているのとはえらく違うな、そう高梨は思った。

「”全騎集結完了を確認。全騎、我に続け。”」

鋼竜騎士団長のユリウスから無線が入る。ドラゴンの頭部に防寒服のような耳あてが付いた帽子が見える。
もちろん、ドラゴン本来の装備ではない。日本軍との連携のため、無理やり無線機を載せたのだ。
充電池による駆動なので電池が切れればおしまいだが、無いよりはましだった。
服を着て帽子を被るという妙な格好では会ったが、それでもドラゴン達は美しかった。
高梨は気を引き締めた。もう一時間も飛べば、敵陣上空だ。

敵の司令官、ヘクター・ハースト・ヒースクリフ大公が直率する魔法剣士兵団一万五千と白竜騎士団はファルゥーハ北方地帯に陣を構えている。
大協約軍の本陣は古い城砦遺跡”ハン=ジーレ”を利用していた。正直なところ、古いだけで遺跡としての価値はあまり無い。
防御力もそれほど期待ない。いずれにしろ数千年前に建造された煉瓦造り要塞の防御力などあてに出来るものではない。
しかし、西方への交通路たる”中の道”を抑える位置にあるという点は大きかった。
この城砦跡はここに存在すること自体に意味がある。
大協約軍ヒースクリフ大公直率部隊はこの城砦と近くの商業都市”エルヤーン”を制圧している。
これによってロシモフ――ポラス国境の同盟軍に対して補給面で圧力を掛けることに成功していたのだ。
ここに大協約軍が居る限り、”中の道”は利用できない。他の大きな街道を利用するには多大な問題があった。
残る西方への街道は自然環境が厳しすぎる”北の道”、山脈を越える必要がある”南の道”の2つになってしまうのだ。
そして、東方大陸北部中央部分を大協約軍が押さえている以上は”北の道”を使うことは現実的ではない。
実際に交通路は”南の道”のみに絞られてしまっており、このままではロシモフ――ポラス国境の同盟軍を維持することが困難になる可能性があった。

――だから我々はこの軍を叩き、後退させる必要がある訳だ。しかし――

高梨は敵軍の意図を考えあぐねていた。正直なところ、国家元首の娘婿を司令官にしてまで決行する作戦には思えなかったのだ。

――ロシモフの広大な大地を飛行すること一時間。
高梨がどことなく満州上空を飛んでいるような錯覚を覚え始めたとき、平原の中に丘を見つけた。
その上空には何かが舞っているのも見える。敵が占領したという城砦跡と、そこに駐留するホワイトドラゴンだろう。

「”白竜騎士団を確認。我等これより交戦を開始する”」

ユリウス団長の声と共に鋼竜騎士団が加速を開始する。
日本の航空機をあっという間に振り切り、スチールドラゴン達は全速でホワイトドラゴンの群れに向かっていく。

――速い!

高梨の感想はその一言に尽きた。鋼竜の別名は”風竜”だと聞いていたが、噂にたがわぬ高速だった。
彼らはあっという間にホワイトドラゴンと距離を詰めると、爪や牙を用いて文字通りの格闘戦に突入していく。
白竜騎士団は二十騎程度しか滞空していない。ドラゴン同士の戦いは、同盟軍が押し気味に進めているようだ。
この竜があと百騎も居れば戦争も楽になるだろうに、と高梨は思った。だが、実際は全軍あわせても鋼竜は五十騎少々しかいない。
大協約の各種竜騎士団が合計で壱千騎を楽に越えている以上、この程度では意味が無かったのだ。

「間もなく我々も攻撃に入る。よく見て準備をしておけ。」

坂川少佐の声に高梨は地上を観察した。敵軍が本拠としている場所は古い城砦跡と聞いていたが、遠目には只の丘にしか見えない。
かろうじて何かを積み重ねたような跡や、坑道のような入り口が見える。これが無ければとても城砦跡には見えないだろう。
しかし、何よりも目を引く光景は丘に横付けされた巨大な木造船だ。全長百五十メートルはありそうだった。およそ陸上では見ることの無い代物だ。
船の後方には上空からでも分厚さが判るほどの厚みがある氷で道が作られている。
ここ、ロシモフ北部が広大な平原だから出来る事だろう。内地での運用は絶対に不可能だろう、高梨は思った。
――あれが”氷上船”か。
彼は観察した。見れば見るほど普通の帆船だ。武装も確認できない。だからこそ、ここにあるのは異常といえる。
そんな氷上船が五隻ほど”停泊”している。
海岸には乗り捨てられた船が放置されているという話だったが、司令官直属部隊は違う、という事だろうか。
しかし彼にはゆっくりと見物しているだけの余裕は与えられなかった。
ホワイトドラゴンがスチールドラゴンとの戦闘を始めた直後、城砦から何かが舞い上がるのが見えた。
青白いその姿はドラゴンに似ているが、一回り小さく、そして腕が無い。ワイバーンだ。

「・・・やはり来たか。四十七飛行戦隊及び六空分遣隊は直ちにワイバーンとの空戦に入る。
 いいか、必ず八十七飛行戦隊を守るぞ。それと、くれぐれもドラゴン同士の空戦には構うな。かかれ!」

戦隊長の命令に従い二式単戦と零戦が一斉に増槽を投棄し、スロットルを開く。
日本の航空機は一気に加速して丘の上空に向かう。三十匹ほどのワイバーンが滞空しており、その数はさらに増加中だ。
高梨はワイバーンの姿を観察した。

南方で――バレノアで戦ったワイバーンと見た目は少し違っている。
角ばった甲殻と棘のある尻尾については一緒だが、身体を覆う甲殻は青白い。
染めたようには見えないので、もともとの色合いなのだろう。首と翼の付け根には柔らかな毛並みが見える。
防寒に特化したワイバーンのように見える。もともと北方に住んでいるワイバーンなのだろう。
ワイバーンはどこか緩慢に旋回しながら高梨達に向かってきていた。

――こんどのヤツは少し小さいな。普通、寒い地方に住む生物は大きくなると聞いているが・・・
 それに、その割りに動作も鈍い。バレノアで戦ったワイバーンにはもう少しキレがあったようだが。

ひとしきり観察していた高梨は思った。確かに動きも低速な上に鈍重そうだ。彼はふとI――16を思い浮かべた。
I――16とは九七戦で戦ったことはあった。だが九七戦は軽戦だったから戦い方は違うだろう。
そう思いながら彼は命じる。

「第二中隊は高度を取り、上空からワイバーンを迎撃する。いいか、ホワイトドラゴンにだけは気をつけろよ!」

複数かえる”了解”の声を受けつつ、高梨は機体を上昇させる。二式単戦は力強くそれに応えた。
ふと右に目を向けると、零戦も上昇に移っているのが見える。機体重量と発動機の関係か、向こうの方が上昇力は強いようだ。
先頭の機体にいる三木大尉と目が合ったような気がした。彼は左手を上に挙げ、手のひらを下にして右の方に下ろす。
彼の中隊の戦闘機動を説明しようとしているのだろう。高梨は了解した。
彼は自分の理解を示すために、自分の顔を指差すと右手を上げ、同じようにして左側に下ろす。
三木は飛行眼鏡に覆われた目とマフラーで隠した口元のためよくわからないが、それでも彼が微笑んだように高梨には感じられた。
充分な高度をとった後、三木が率いる零戦隊と高梨達第二中隊は同時に降下を始める。
先ほど決めたとおり、零戦隊は右のワイバーンに、第二中隊は左側のワイバーンを目標と定めていた。
ワイバーン達は戦闘機の接近を感じ取ってはいるらしい、こちらを気にするような動作をしている。
しかし、それでも加速する様子も旋回する様子も無い。
日本製航空機を侮っているのか、それとも単にそれしか動きようが無いのか――

「テェッ!」

高梨は気合とともに十二ミリ七を放つ。彼が狙いをつけたワイバーンの翼の付け根が砕け、鮮血がほとばしる。
その翼火竜はたちまちに高度を失い、地上に叩きつけられた。苦しげなうめきが聞こえる。
だがまだ生きている。ワイバーン達がバレノアで見せたしぶとさはここでも健在だった。
彼はそのワイバーンに構うことなく、再び高度を取るための機動を行う。
いかに相手が低速だとは言え、水平飛行での加速などしていたら撃墜される可能性がある。
第二中隊は五機ほどのワイバーンを叩き落していた。零戦隊もほぼ同数を叩き落している。
他の中隊の戦果も合わせると相当数を既に叩き落していた。城砦跡は脚を引き摺る翼火竜の喚き声で満たされつつある。
この期に及んで、ワイバーンはようやく戦闘を行う気になったらしい。
緩慢に航空機に正面を向けて大きく口を開けると、青白い何かを吐き出す。

「”冷凍弾です。気をつけてください。”」

無線機越しにユリウスの声が聞こえる。どこかからかこの空戦を見ていたらしい。
やはり騎士団長の名は伊達ではないのだな、高梨は妙に感心した。
彼らはその声に従い冷凍弾をかわし、さらにワイバーンを撃墜していく。もはや、上空にはその姿は数えるほどしかない。
上空警戒のホワイトドラゴンは鋼竜が拘束し、直援のワイバーンは航空隊に撃破され、かつ地上からの対空攻撃も無い。
この絶好機を同盟軍――日本軍は見逃さなかった。
八十七戦隊の"屠龍"が緩降下の体勢に入る。まずは氷上船の爆撃、その後に城砦に陣取る本体を攻撃する手筈だ。
そして、二式複戦がまさに爆弾を投下しようとしたとき、それは起こった。
巨大なオレンジ色の光が山頂から発生して半球形を形成する。
ホワイトドラゴン達は鋼竜との空戦を中断すると急いでその中へと退避していった。
白竜達がその半球に入ると同時にその光はさらに広がり、丘とその周囲全体を――おそらく、もともとの城砦の領域だった場所を――覆いつくす。

「”馬鹿な、ハン=ジーレの防御結界を生き返らせただと!ありえん!”」

鋼竜騎士団の誰かの声が無線機から聞こえてくる。その声を合図にしたように爆弾が投下された。
しかし、それは防御結界にぶつかり、むなしく爆発しただけだった。バレノア島の【教会】の結界よりも遥かに強力な結界のようだ。

「”・・・しかし、これは内から外への攻撃も防ぐ種類の結界だ。これでは連中も攻撃を出来ないだろう。”」

ユリウスが言った。その言葉どおり、大協約軍は対空砲火を全く上げていない。
日本軍はしつこく掃射を行ったものの、銃弾は表面を明るく輝かせるだけでまったく効果がない。
――結局、この日の同盟軍によるハン=ジーレ攻撃は失敗に終った。


「あの結界は一体どういう原理なんですか?バレノア島にあった【教会】の防御とは少し違うようですが・・・」

ファルゥーハ臨時飛行場の会議用天幕で行われた会議の席で黒江大尉が尋ねる。

「あれは”絶対結界”です。魔法力の他に、大地に漲る精霊力を上空に放出して地域一体を守るものです。
 建物に掛けられる結界は、通常は魔法力のみで維持されていて、魔道士が大地の力を借りて結界を張っています。
 これに対して”絶対結界”は大地の精霊力を直接使っています。地下深く掘れば掘るほど精霊力が強くなり、強力な結界を張れます。ただ・・・」

ユリウスはそこまで言うと一旦言葉を切り、首をかしげると続けた。

「”絶対結界”を使うには大地の竜脈も制御する必要があり、そのためには”竜宝珠”が必要なのです。
 それも、複数。あの規模から言うと最低六個は必要でしょう。しかし、だからこそ解せないのです。」
「どういう事です?それを用意しただけでは無いという事ですか?」

坂川少佐が訊く。

「ドラゴンオーブは非常に高価なモノです。一つ作るのに練達の魔道士が数人掛りでも十年以上掛かります。
 利用する秘薬も、オーブ合成の素材となる宝玉も貴重なモノばかり。当然、作成に掛かる費用は馬鹿になりません。
 いかに大協約といえど、大量に生産できるものではないのです。二年に一個、高純度のものなら五年に一個完成すれば良い方でしょう。
 普通は要塞や巨竜母艦など戦略的価値のあるものに配備します。このような・・・言ってしまえば、突出して捨て駒になるような作戦に投入する意図が判りません。」

ユリウスは眉をひそめたまま答えた。


ハン=ジーレに対する航空攻撃は効果が無いと判断した彼らは、結局、以後の判断を同盟軍司令部に委ねる事にした。
そして、一週間が過ぎた。彼らはエルヤーン近郊に急遽整備された――平地に天幕を立てた――ファルーハ第二臨時飛行場にいた。

「同盟軍の予備兵力をかき集めて”エルヤーン”を解放し、返す刀で”ハン=ジーレ”を攻撃、ですか。」

三木大尉は相変わらず微かな笑みを浮かべていた。その視線は飛行場近くで野営している同盟軍に向けられている。

「ええ。アースワーム部隊と、予備役とはいえ牛頭人部隊を何とか揃えられたのは幸いでした。欲を言えば黒犬猟兵団も欲しい所でしたが。」

ジェシカが答える。やはり視線は同盟軍の方向を見ている。彼女は少し誇らしげだった。
高梨は目を凝らしたが、飛行場からはかがり火が見えるだけだ。詳細は見えないが、かなりの人数が野営しているのは判った。
あれが牛頭人兵団だろうか。高梨は思った。ムルニネブイで虎人兵団と一、二を争う最強の歩兵部隊という噂は聞いている。
予備役の人員を集めたとは聞いているが、戦力として期待できるのだろう。だが、アースワームという単語は今はじめて聞いたものだ。

「"あーすわーむ"というのは一体どういう部隊でしょうか?」
「・・・なんとも説明し難いのですが・・・まあ、一言で言えば地中穿孔部隊です。土を掘って、地中から敵陣に迫ります。
 見た目は・・・土を掻き分ける手と、トカゲのような頭を持った巨大ミミズ、あるいはミミズのような巨大トカゲと思っていただければ。」
「結界を避けるために地中からハン=ジーレに歩兵を送り込むわけですね。なるほど。」

ジェシカと三木大尉のやり取りは途中から高梨の耳には入らなかった。彼はミミズが大嫌いだったのだ。

昭和十七年九月二十三日 エルヤーン奪還作戦発動二時間前

”中の道”の結節路にある古くからの商業都市、エルヤーン。
大陸北部中央での要衝にある事から栄えていたこの都市の住民はほとんどが大協約の襲来前に逃げ出している。
トーアを目指して進軍中の猛撃猪突重騎兵団が略奪と殺戮限りを尽くしている噂はここまで広まっているのだ。
現在、この街にいるのはヒースクリフ大公直属の魔法剣士兵団のうち五千名程度と考えられていた。

「このエルヤーン奪回の支援が、今回の我々の任務となる。」
坂川少佐は地図――例によってムルニネブイ製――を示しながら言った。
「攻撃の主力はムルニネブイ牛頭人兵団だ。数もほぼ同数の五千で奪回作戦を実施する。
 だが、牛頭人は魔法を使えない。相手は魔法剣士兵団だから、遠距離からあらゆる魔法を撃ってくるだろう。
 それを防止するため、四十七戦隊、六空、八十七戦隊が頭を抑えるわけだ。」

戦隊長が指揮棒を動かし、城壁の無い都市に対して正面から迫る牛頭人兵団と航空部隊の動きを示した。
「鋼竜騎士団はハン=ジーレに出撃し、敵のホワイトドラゴン部隊を拘束する。
 これにより、我々はドラゴンの脅威なく攻撃に専念することが出来る。」
ユリウス鋼竜騎士団長が頷く。白竜に対する数的優位は確保できているためか、どこか余裕が感じられる。
「敵の航空戦力、または対空装備について、何か情報はありますか?」
高梨は尋ねた。

「例の小型ワイバーン十数騎を確認した、という話もあるが・・・ホワイトドラゴンの誤認の可能性もあるだろう。
 心構えとして、ドラゴンが居る前提で考えておけ。
 また、エルヤーンにはバレノア島リオン市の時のような【教会】は装備されていない・・・と聞いている。
 大協約が半月あまりで作り上げてしまったのなら別だが、その期間では構築できないそうだ。」

他に、の声に三木大尉が挙手しつつ質問する。

「エルヤーン攻略までの間、反復攻撃を実施すると考えて宜しいのでしょうか?」
「そうだ。それに対地攻撃能力を少しでも底上げするため、今回は二式単戦、零戦も爆装を行う。
 ・・・とは言っても、空戦を優先する。爆弾はそれらしいところに落とせば良しだ。やつらの行動を拘束するのが目的だからな。」

三木大尉は了解しました、というと手を下げる。坂川少佐はあたりを見回すと告げた。

「他に質問が無ければ、解散とする。・・・1時間後に発進開始だ。」

高梨は気を引き締めると、第二中隊の発進準備のため滑走路に向かった。

滑走路に向かった――司令部天幕の外に出ただけだが――高梨達を迎えたのは異形の人影だった。
筋骨隆々とした上半身には、9月を迎えて肌寒い季節であるにもかかわらず衣服の類を身に着けていない。
代わりに、肩当を太い皮のベルトのようなもので襷がけにして装着している。
背中には巨大な両刃斧。金太郎の絵本に出てくるマサカリのように大きく、そして禍々しい。
何よりも――二本の巨大な角を生やした、巨大な牛の頭。間違いなく牛頭人だ、高梨は思った。
知らない場所で出会ったらとても人間には見えない。そもそも、この世の存在にも見えない。
ムルニネブイ国軍の制服らしき黒いズボンと編み上げの半長靴がかろうじて軍人であることを主張している。
肩当になにやら描いてある。よく見ると鼈甲のような綺麗な素材で作られている。それなりに金が掛かっている。
螺鈿のようなやり方で大きな星が描かれていた。これが階級章であるとするならば、それなりの地位にある人物のようだ。
人影は高らかに叫んだ。

「シトママシトマ!」

音としては確かにそう聞こえた。しかし、彼等の頭の中には日本語の別な文章が組みあがっていた。

”申し訳ありません、同盟国の皆様。事前会議には間に合いませんでしたが、作戦前に一言ご挨拶をと思いまして。”
「これは!?」

誰かが叫んだ。ちょうど天幕から出てきたジェシカが不思議そうな顔しながら言う。

「これは、と言われても・・・ミノタウロス族をはじめとした、変身しない獣人族の方と話すときはこんなものでは?」

彼女は意外そうに答える。心底そう思っているようだ。

「・・・ああ、失礼。日本にその手の獣人族の方は住んでおられないのでね。」

坂川少佐がとりなすように言う。ジェシカは納得しかねる表情で言った。

「でも、”のらくろ”には日本軍の犬人族部隊について随分詳しく書いてありましたよ。彼らも変身しませんよね?
 あれは実在の部隊を元にしているのでしょう?ブル連隊長などは本当によく描かれていました。」
――誤解も良いところだ。漫画と現実を間違えてやがる。
  ・・・いや、彼女にとっては漫画に見えなかったのかもしれない。それよりいつそんなもん読んだんだ。高梨は混乱していた。

「シトマ!シトマ!シトママシトマ!」
”ああ、申し遅れました。私、ムルニネブイ牛頭人兵団参謀、アル・ブーチィです。連絡武官を勤めさせていただきます。”

作戦終了までよろしくお願いします、牛頭人は日本人たちの混乱をよそに快活に言った。


――あの人?たちが主力の攻撃隊ならば問題ないだろう。
高梨は二式単戦"鍾馗"を操縦してエルヤーン上空に向かいながら思った。
あの後、彼らはブーチィ参謀から陸戦での戦法を聞いていた。
それによれば、まず彼らは投石器――200ポンド、約90kgもの岩を放り投げるもの――を使って砲撃を行い、しかる後に破城槌での攻撃を行うとの事だった。
破城槌といっても、"旧世界"の中世で利用されたものよりも一回りは大きいらしい。
ミノタウロス族が二十人がかりで動かす、そうとう大掛かりなものだそうだ。
どう見ても人間よりも強そうな彼らが二十人がかりで動かす槌とはどんなもののか、高梨には想像できなかった。
そうして外周防御を突破した後、接近戦となれば――あの巨大斧を操る戦士軍の出番だ。
聞けば、最前線にでるミノタウロス兵は両刃斧を片手に、巨大な三叉槍をもう片手に持って戦うのだという。

――だから我々は彼らの"破城槌"攻撃までの間、魔法剣士団の魔法攻撃が行われないように援護する、というわけだ。
  それにしても、あの牛頭人というのは尋常で無さそうだ。双葉山でも勝てるかどうか・・・
  あれと互角以上に戦うという虎人兵団というのはどんな部隊なのだろうか。

「情報が正しければ、あと五分ほどで対空魔法攻撃陣に到着する。
 見張りを怠るな。もし、攻撃を受けそうになったら爆弾は遠慮なく投下してかわせ。」

坂川戦隊長の言葉に高梨は我にかえった。そうだ、今は牛頭人と虎人と双葉山でどれが強いかなど考えている場合ではない。
高梨は目を閉じて小さく首を振ると頭を切り替えた。第二中隊に命じる。

「第二中隊長より第二中隊各機へ。最終確認として、各自機銃の試射と爆撃装置の確認を行っておけ。
 問題があるものは報告しろ。」

第二中隊各機から機銃が発射された曳光弾が夜明け前の空に伸びていく。特に不具合の報告は無い。
高梨は安堵した。配下の全機は戦力発揮可能だ。
――よし。後は戦うだけだ。ドラゴンであろうが、必ず撃破してやる。
彼は気合を漲らせた。


日本の航空機は東からエルヤーン市街に侵入した。
牛頭部隊は南から接近することになっていた。そして、牛頭人による砲撃は既に始まっているらしい。
ところどころから火柱が立ち上っているのが見える。投石器から、焼けた瀝青を――焼夷弾を放り投げているのだ。
敵は地上軍に気を取られているのか、投石器の方になにやら火線を放っている。おそらく魔法だろう。
ワイバーンもドラゴンも対空迎撃にはあがってきていない。上空は日本軍機が独占している。
同盟軍は敵の航空部隊をハン=ジーレに拘束することに成功したのだ。
日本軍機総計百機以上が一斉に投弾する。
機種により60キロ爆弾、100キロ爆弾、250キロ爆弾と種類は様々だ。
だが効果は同じようなモノだ。爆弾は地表で爆発し、破壊をふりまいている。
建物が、人影が吹き飛んでいくのが上空からでも判る。支援のための爆撃任務には成功したのだ。
二式複戦"屠竜"は低空に降りると機銃掃射を行う。敵陣に次々と曳光弾が突き刺さると、時折何かが爆発する。
おそらく魔力弾とかいう武装に引火しているのだろう、と高梨は思った。
しかし――
攻撃を受けているはずの大協約軍は、それを気にする風もなくミノタウロス軍に対する射撃を続行している。
それどころか、対空攻撃を行う様子すら見せていない。火線は全て地上にのみ向かっている。

――どういうことだ?奴等、こちらにまるで気が付いていない?

高梨はいぶかしんだ。幾らなんでも、何も攻撃されないというのはおかしい。
彼がそう思ったとき、黒江大尉から坂川戦隊長に意見具申が行われた。

「戦隊長殿、これは明らかに不自然です。何かの罠ではないかと思われます。
 低空に何か途轍もない対空兵器を仕込んであるのではないでしょうか?」
――そうかもしれない、高梨も思った。ここにいるのは大協約の中でも精鋭部隊と聞いている。
  このように好き勝手にさせている筈が無い。何か裏があるはずだ。

高梨も黒江大尉と同様の感想をいだいた。坂川少佐の声が無線から聞こえる。

「・・・そう思ってジェシカ特務大尉に確認してみた。しかし、そういった種類の罠は今までは無いそうだ。
 今まで例が無いからと言っても、ここで初めて使うと言う場合もありえるが・・・」
戦隊長にしては珍しく混乱しているようだ。少しためらった後、彼は決断する。
「第二中隊と六空分遣隊はここに残り、上空から牛頭人兵団を援護しろ。
 他の中隊は一旦基地に戻り、爆装して再度攻撃に当たる。」

彼の言に従い、およそ四十の機体が機首をめぐらす。二式複戦の群れもそれに続いた。彼らも再出撃を行う心算なのだ。

高梨の第二中隊と三木の六空分遣隊だけが上空に残った。
到着したときは薄明かりだった空も、今は完全にあけきっている。天気は快晴だ。
その晴れ渡った空から遠ざかる日本軍機が見えなくなった頃――北東から何かが近づいてくるのが見えた。
大協約軍の航空部隊が戦場に到着したのだ。

「”すまない、拘束しきれなかった!”」

鋼竜騎士団長ユリウス男爵の声が聞こえる。息を弾ませている。相当に苦戦しているのだろう。
ホワイトドラゴンとスチールドラゴンは乱戦を繰り広げながらエルヤーン上空に接近してきていた。
ワイバーンも少数ついてきている。そうか、このワイバーンが邪魔をしているせいで――
高梨が思ったそのとき、それを読んだかの様にユリウス男爵がうめくように告げた。

「”このワイバーンが邪魔だ、というのもあるが・・・ホワイトドラゴンが魔力の全てを結界に向けている。
 お陰でダメージを与えることが出来ない。こちらも被害を受けないとはいえ・・・千日手だ!”」

三木がユリウスに呼びかける。

「こちらでホワイトドラゴンを攻撃してみましょうか?」
「いや、スチールドラゴンの牙でも貫けないほどの結界だ。いかに飛行機械の魔力弾といえど、この結果は越えられん。
 それに、誤射でもされたら我々が落とされてしまうかも知れんしな。かわす余裕は無い。」

鋼竜騎士団長は苦しげに告げると続けた。

「それよりも、ワイバーンの撃破を!やつらがミノタウロスを攻撃すると面倒なことになりかねん!」

青白いワイバーン達は緩慢な動作で牛頭人の方に向かっている。
それを援護するかのように、地上の大協約軍はさらに火線を強化しているらしい。
巨大な火の玉がいくつも味方に向けて投げられていた。今の所は牛頭人兵団は破城槌を盾にして巧みにかわしている。
だがここに空中からの攻撃まで加わったら厄介なことになるのは目に見えていた。

「了解です。ご武運を。三木大尉!この前と同じで頼みます。」

高梨は三木大尉に呼びかけた。この前と同じく、敵右翼を三木に任せ、高梨達は左翼を攻撃しようと考えたのだ。
三木大尉からの応答を聞かず、高梨は左翼の敵に向けて"鍾馗"を飛ばす。
横に目を送る。高梨の思い通り、零戦は敵右翼に向かいつつあるのが見えた。
青白いワイバーン達は総計三十機ほどだった。
日本の航空機は青白いワイバーンの後方から接近して攻撃する。
たちまちにして数機のワイバーンが地に落ちる。だが、搭乗員達はまだ安心していない。
戦闘機が相手ならこれで勝負が付くのだが、ワイバーンやドラゴンは地上に落ちただけでは生きている場合がある。
そして、それは現実のものとなった。地上に落ちたワイバーン達はが起き上がる。
痛みはあるようだが、その目はミノタウロス軍の方を睨みすえている。
前回の空戦で大したことが無いと思っていた相手ではあったが――根性だけはあるらしい。
ワイバーン達は脚を引きずりながらも口を大きく開けると――ミノタウロス軍に向けて"冷凍弾"を放つ。
冷凍弾は巨大な攻城兵器――破城槌に激突し、派手な白煙を上げて冷気がほとばしる。
空気が急速に冷却されて水蒸気が凍りつき、それが煙のように見えているのだ。
ダイヤモンドダスト・ブラスト――この緩慢な動きのスノーワイバーンの、唯一の特技だった。
彼らはその冷気で巨大な破城槌を地面に縫いとめたのだ。

――クソッ、やつらしぶとい。しかたない。高梨は命じた。
「第三小隊と第四小隊は地上に落ちたワイバーンを撃破しろ。第一小隊と第二小隊は奴等を空から駆逐する!」

しかし、第三小隊と第四小隊はワイバーンに近づく事が出来なかった。
エルヤーンの街からの魔法攻撃の激しさが増したのだ。火矢が、電撃が、火球が絶え間なく炸裂する。
とても地上に近づける状態ではなかったのだ。
十数分後、上空からワイバーンの姿は消え去った。しかし、地上での戦況はより悪化していると言える。
益々激しさを増す魔法攻撃に対して、零戦も"鍾馗"も地表に近づくことが出来ない。
地上でのワイバーンの冷凍弾攻撃はさらに激しさを増す。街に迫っていた三十基を越える破城槌の動きが止まる。
業を煮やした日本軍機はエルヤーンの魔法剣士兵団陣地に機銃掃射を行ったものの、全く効果が無い。
いや、魔法攻撃はさらに激しさを増していくとさえ言えた。

「”ええい、この白竜どもさえ何とかなれば地上に降りて戦えるものを!”」

ホワイトドラゴンとの空戦を行いながらユリウスは悔しがっている。確かに、無傷のドラゴンが地上で暴れれば状況を一変出来るだろう。
しかし――
――駄目だ、このままでは押し切られてしまう。制空権を取ったというのに、なんというザマだ。
  魔法戦士兵団とはそこまで精強な部隊なのか?

高梨が諦めかけたその時、エルヤーンに布陣していた大協約軍からの砲火が突然止まった。
彼は咄嗟に地上に注意を向ける。街外れから整然と隊伍を組んで北東を――ハン=ジーレを目指して進む少数の部隊が見えた。
彼らは黒光りする鎧に身を包み、馬鎧を着せた黒馬に乗っている。魔法剣士部隊に違いない。
ホワイトドラゴン達もスチールドラゴンを振り切ると北東へ後退していく。

――何だ?何で、やつらは後退していく?勝ってるんじゃないのか?
高梨が訝る。三木大尉から通信が入った。

「高梨さん、我々も今のうちに後退しましょう。これ以上、ここに居ても仕方ありません。」
彼は後退する大協約軍をしばらく見ていたが、やがてきびすを返した。

その夜、エルヤーン臨時飛行場の会議室――少し大きい天幕――では戦果確認の報告が行われていた。

「ホワイトドラゴンは一騎も落とせなかった。いかに奴等が全ての魔力を結界に向けていたとはいえ・・・面目ない。」

ユリウス団長が頭を下げる。

「・・・ここは、一騎も欠ける事無く帰還したことをこそ喜びましょう。」
坂川少佐がとりなすように言った。日本軍航空機、鋼竜騎士団ともに損害は無かったのだ。彼は続ける。
「こちらの戦果は・・・ワイバーン三十二機完全撃破、そしてエルヤーン奪回成功、か。ただ・・・」
「シトママシトマ!」(”魔法剣士兵団は町外れで竜牙兵を操作させていたため、ほぼ無傷であると予想されます。”)

半ば予想通りとはいえ、アル・ブーチィの報告に場は静まった。

「しかし、何で連中はこうもあっさりエルヤーンを放棄したのでしょうか?」
ジェシカがいぶかしむ。
「単純に、防衛しきれないと考えた・・・というわけでは無さそうだな。」
ユリウスも同意する。

「高梨大尉達が見た姿からすると、彼らは夢魔馬――ナイトメアに騎乗している。」

聞きなれない単語に不思議がる日本人たちに対して、ジェシカが説明する。

「ナイトメアはかなり高位の霊的存在です。姿形こそ黒馬のようですが、実力はワイバーン以上と言えるでしょう。
 いかな魔法剣士でも、そうとう練達しなければ扱えません。」

鋼竜騎士団長はまだ考え込んでいる。

「何をおいても・・・たとえ、街を廃墟にしても、あの場所にこだわるかと思っていました。
 確かに、何か裏がありそうですが・・・」

「シトママシトマ!」(”それについてですが・・・どうも、市庁舎から"鐘"が盗まれているようです。”)
「"鐘"?塔に取り付けてカランコロンと鳴らす、アレですか?」

ブーチィの声に黒江大尉が問いかける。

「シトマ!シトママシトマ!」(”ええ。・・・詳しくは調査中ですが、それ以外は全て無事らしい、と報告がありました。”)
「馬鹿な。たかが鐘を盗み出すためだけに占領した、とでも?
 ・・・それなら、何故我々が攻撃するまで撤収を待つ必要があるのだ?理屈が合わん。」

ユリウスが反論する。ブーチィがため息を――あの牛顔で器用な事だな、と高梨は思った――つきながら応じた。

「シトマ!・・・マシトマ・・・」(”仰るとおりです。・・・全く理屈に合いません。お手上げです・・・・”)

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「ねえ、何で敵は逃げてったの?」

孫が無邪気に問いかける。うむぅ、返答に困る質問じゃのう。
何せ、わしにもわからんのじゃ。ええい。正直に言おう。

「・・・わからんのじゃ。今になってもな。」
「え?」

むう、明らかに驚いておる。確かに、あの戦争の当事者じゃから大抵の事はわかるのじゃが・・・

「アレについては何故だかさっぱり判らん。仲間内でも何度も議論したんじゃが、全く結論がでないんじゃ。
 明らかに敵の方が強かったからのう・・・」
「でも、こっちも牛頭兵団がいたんでしょう?あの人たち強いじゃない!きっとそれが理由だよね?
 ”黒い呪術師”アブドゥル・ブーチィ”なんかもう最凶だよ!」

・・・プロレスか。確かにこの子はプロレスが好きじゃからのう。しかしなあ、ヤツの試合はあまり見とうないんじゃ。
なんと言ってものう・・・

「・・・そいつ、さっき話したブーチィ参謀の甥っ子じゃ。わしも昔抱っこしたことがある。」

とたんに孫は大声を上げた。ええい、やかましい。

「お爺ちゃん、”黒い呪術師”を知ってるの!?」
「知ってるも何も・・・あいつはまだ洟垂れの頃からわしに年賀状を送ってきておる。
 確か、去年も・・・」

よっこいしょ。文箱はと・・・おお、これじゃ。中から一枚の年賀状を取り出すと孫に見せる。

「ほれ、お前が言っておるのはこいつじゃろ?・・・まったく、下品な写真じゃ。」

獣化した虎人に噛み付いている写真を年賀状にするというのはどういう神経じゃ。正月早々、見せられるほうの身にもなってみい。
まあ、これでNWA世界チャンピオンとやらになったらしいから、嬉しいのは判るがな。

「凄いや、お爺ちゃん!ぼく、明日から自慢できるよ!」

いや、わしは全く凄くないぞ。ブーチィの甥っ子が凄いだけじゃ。
ひとしきり興奮した後、本来の話を思い出したのじゃろう。改めて話しかけてきおった。
まったく、この辺のすぐ本題を忘れる癖は誰に似たのじゃろう。なっとらん。

「えーっと、そう、うん。兎に角、こっちのミノタウロスの軍人さん達が強いから逃げたんでしょ?」

ふむ。まあ、そう考えられんことも無いが、しかし・・・

「働き盛りのミノタウロスならそうじゃろう。しかし、あそこに居たのは盛りを過ぎた――人間で言えば、40代以降のものばかりじゃ。
 もちろん、経験はある。じゃが、純粋に戦うだけなら若者にはかなわんのも確かじゃ。一体、なぜじゃったのかのう・・・」

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初出:2010年1月3日(日) 修正:2010年6月6日(日)


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