水平線上に"聖竜王ゲオルグ号"の高いマストが見え始めた。同時に、黒点がその上空を乱舞する光景も見える。
フィンレー副官率いる二十七騎が奮闘しているのか、艦隊が何らかの被害を受けた様子は無い。

――なんとか、間に合ったか?!
キャンディスは安堵した。ブルードラゴンの群れを350ノット強で翔けさせただけの甲斐はあったのだ。
しかし――

"この強行軍で我等も相当に消耗している。おそらく、一合戦が限界だ。
 早急に【竜宝珠】による回復を図らなければ、我等ブルードラゴンは戦闘力を失うぞ。"
"判ってるわ、ハイ。でもここで万が一巨竜母艦が沈んでしまったら、ドラゴンオーブが失われてしまう。
 どの道、やるしか無いのよ。"

ドラゴンとて無限の力を持つわけではない。体力はもちろん、魔力も有限だ。
その消耗を抑えたり回復したりするためには主に2つの方法がある。
一つは人型をとること。こうすれば魔力の消耗は最低限に抑えられる上に回復も見込めるが、体力も魔力も人間と同等になってしまう。
もちろん普通の人間に比べれば優越しているが、圧倒的というほどでもない。
東方大陸にいるメタリック・ドラゴン族――ゴールドドラゴン、シルヴァードラゴン等、金属質の鱗を持つドラゴン――はこの形態を好んで利用する。
中には人型のまま数百年を過ごすものもいるほどだ。
一方、西方大陸のクロマティックドラゴン族――ハイ=スカイのようなブルードラゴンやレッドドラゴン等、原色の鱗をもつドラゴン――はこの形態を好まない。
彼等は竜型であることに何よりも誇りを持っているからだ。
そういった彼等が体力と魔力を急速に回復するための手段こそが【竜宝珠】であった。
竜母艦最大の存在意義もそこにある。戦艦に【竜宝珠】を乗せると、海竜の甲殻がオーブに反応して艦体強度が落ちてしまうのだ。

"【竜宝珠】。全てのドラゴン族とワイバーン族にとっての究極の至宝。そして、ドラゴン族には決して作れぬもの、ね。"
"そして我等ドラゴン族に癒しと力を与えるものだ。ドラゴンオーブがなければ、我等の力を完全に戻すためには時間が掛かる。
 ・・・キャンディスの言うとおりにするしかないな。わかった。"

ハイ=スカイがいつに無く真面目な口調で応えた。


艦隊に近づきつつあった黒い点が徐々に飛行機械の形を作っていく。編隊が解かれていくのが見えた。奴等も攻撃態勢に入ったのだ。
彼女は気を引き締めた。これからが本番だ。通信晶を全騎通話に切替え、号令を発する。

「制空型はフィンレー副官の隊に任せよ。我が隊は艦隊を狙う飛行機械を迎撃する。
 我等、青竜騎士団と戦ったことを後悔させてやる。奴等を全滅させるまで戦え!」

フィンレー副長は攻撃隊に先行して進出していた敵制空型飛行機械との戦闘で苦戦しているようだった。
黒い頭と白い身体のそこここに赤い丸を描いた飛行機械は、ブルードラゴンと比べると速度、機動性、降下速度の全てに劣っている。
――とはいえ、数が違う。
ブルードラゴンが二十七騎なのに対し、ニホンのやつらは制空型を40以上も用意したのだ。
それらは三機単位で統制のとれた空戦機動を行っていた。
一騎の飛行機械を追い回しているうちに別の飛行機械に背後を取られ、それを嫌って急制動をかければまたそこに別の機械どもが現れ――といった具合だ。
一対一であればさしたる相手ではないだろうが、数においてこちらが下回っている以上、苦戦は免れない。
それに彼等の使う金属礫は脅威だ。万が一、背面から攻撃されればドラゴンといえども苦戦は免れない。
前回の教訓をもとに、背面の結界を多少強化するようにした――代わりに、正面が少し薄くなった――とはいえ、それがどの程度の効果を持つかは未知数だ。
ただし、それが功を奏しているのか、後ろに位置される事があっても落とされた竜はいない。
本気の空戦機動を行うドラゴンにそうそう敵うものが居てたまるか。"空の王"の名は伊達ではない。キャンディスはそう思った。

一方、彼女達が目標としている対艦攻撃型部隊は高速でも高機動でもないものの、こちらは更に数が多い。
当初の報告では百騎以上ということであったが、合計で150騎近く居るのではないかと思われた。それほどに多い。
一つ一つの挙動はたいして脅威には見えないが、こちらも万全ではない。
――二十七騎で仕留められるだろうか。万一、撃ちもらすことが在れば――
 いや、仕留めるのだ。
キャンディスは頭を振ると弱気になりそうな己の心を奮い立たせた。
戦う前から、やってもいない戦いの後悔をする必要は無い。

敵は先日の映像で見たとおり三種類の機動を取っていた。
高空に陣取るものが二種。一つは高度を上げ、もう一つは高度を下げつつある。
そして、海面低くに舞い降りるもの。波が大きくうねれば自らが危険な状態になることを無視したように、海面を這うようにして進んでくる。
キャンディスは命じた。

「各員、低空から進入する部隊を優先して撃破しろ。最大の脅威はこの部隊が繰り出す"槍"だ。
 やつらは目標とする艦の1000ヤード程で前で"槍"を落とす。その前に撃破するのだ。」

彼女の命令に従い、ブルードラゴンの編隊が解かれた。
ブルードラゴンは九騎ずつ三隊に分かれ、それぞれに別の目標を定めた。
キャンディス直率の部隊は"白鷺伯爵号"を狙うものに、後の二つは"不撓不屈号"と"大雀蜂号"を狙う群れにそれぞれ相対する。
艦隊最後尾の"熊蜂号"については各個の判断でカバーするほか無い、彼等はそう考えていた。

敵の”槍”部隊を攻撃に向かったキャンディス達に向けて、制空型とおぼしき飛行機械が攻撃を仕掛けてきた。
”槍”部隊を守るかの如く上空から舞い降りてきた飛行機械達は青竜の後ろをとると攻撃を開始する。
ハイ=スカイの結界に何かがぶつかる衝撃がした。金属礫が命中しているのだ。
ニホンの上空では効果をしめした攻撃である。しかし、ブルードラゴン達は落ちなかった。

”危なかったな”
”ああ、後方の結界を強化していなければ殺られていた。”

キャンディスとハイ=スカイは思念波で会話する。
彼らはニホンでの戦闘結果を元に搭乗席の結界制御魔法の設定を少し変更して後方結界を強化していたのだ。
むろん、その分正面からの攻撃には幾分弱くなる。だが、後ろから撃たれて落とされるよりは大分ましだ。
彼らはそう割り切っていた。それが、今回は功を奏したらしい。

敵飛行機械が多少動揺したのだろうか、運動エネルギーを失った後に離脱する事も無く飛行し、追尾を行っている。
金属礫による攻撃も行っているようだが、どちらかというと直線的な飛行に終始しているように見える。
その隙を見逃すような彼女ではなかった。

「第三中隊、我らの”狩り”の邪魔をする愚か者どもを殲滅しろ!」
青竜騎士団第三中隊と襲いかかってきた十数騎の飛行機械との空戦が始まる。
稲妻と金属礫が空中を交錯する。激しい空戦が開始された。
数においては劣勢であるが、速度と機動性において勝る青竜は飛行機械を拘束することに成功しているようだ。

それでも、数騎の飛行機械が第三中隊の迎撃を突破し、編隊先頭にいるキャンディス直率隊に正面から向かってくる。

「そこをどけ!」
青竜騎士団長とその騎竜が声を揃えて叫ぶ。同時に吐き出された電撃を受け飛行機械は墜落した。
それを見た残りの飛行機械は上昇を開始する。高度を稼ぎ、再度襲撃しようというのだろう。
だが、青竜騎士団第三中隊の一部がその動きを牽制する。かれらは威嚇の電撃を投げつけ、キャンディス直属部隊から飛行機械を引きはがす事に成功した。
――キャンディス達の邪魔をするものは居なくなった。

「今だ!全騎突撃せよ!」

青竜騎士団は”槍”部隊に対しての突撃を開始した。
ブルードラゴンは残り少ない体力を酷使し、低空に舞い降りつつある敵攻撃型飛行機械に正面から立ち向かう。
5マイルは離れていたはずの部隊に対して青竜が突撃し、あっという間に距離が縮まっていく。
相対速度は500ノットを超える。一秒間に270ヤード近くも距離が詰まっていく事になる。

"ハイ!頼むわ!"
"任せろ!"

キャンディスは騎竜に思念波で伝える。
同じような思念波による乗り手とドラゴンの連携は各騎で行われた。ブルードラゴンから九本の稲妻が敵編隊に走る。
稲妻に狙われた九騎の飛行機械のうち、四騎が直撃を受け爆散した。

狙いが甘かったのか、それとも飛行機械の主の腕が良いのか、全てのブレスが命中したわけではなかった。
敵編隊の残りは五騎。
あっという間に敵編隊とすれ違った青竜の群れは反転を開始する。
通常、このような場合には速度を落とさないためにループを描いて旋回する。それがもっとも効率がよいと考えられるからだ。
だが、キャンディスとハイ=スカイはそうはしなかった。
旋回をする時間が惜しいハイ=スカイはその翼を大きく広げると上半身を正面に向け、翼を軸にして空中で身体を回転させる。
ドラゴンと竜騎士、双方に負荷が掛かる機動だ。キャンディスは思わずうめき声をもらした。

"大丈夫か?"
"いけるわ、まだ大丈夫。それより敵を!"

ハイ=スカイはそれに急加速で応えた。
この無謀な急機動についてこれたのは隊長直属隊の竜騎士の二騎だけだった。二騎とも青竜騎士団有数の猛者だ。
彼女はすかさず配下の青竜の群れに命じる。

「ニーとランスはこのまま私に追従しろ。残余の"槍"部隊を撃破する。
 後のものは"脚付き"を始末しろ!爆発筒を落とさせるな!」

団長の機動についていけなかった六騎は長大なループを描きつつ"脚付き"を狙うために高度を上げていく。
その姿を顧みる事も無くキャンディスは突撃を開始する。今は一刻も惜しい。
確認は全てが終った後にすれば良い、彼女は思った。
――すれ違ったことで一旦は距離が開いたが、その場で反転して全速突撃を開始した彼等三騎はあっという間に飛行機械に追いつく。
タイミングを計ったかのように三本の稲妻が同時に放たれる。二騎が砕け、海に落ちていく。
残り三騎。このままでは"槍"の攻撃距離である1000ヤード圏内に近づかれてしまう。
彼女は決断した。

「ブレスだけでは手数が足りん。攻撃後にやつらを追い越し、すれ違いざま前方に魔法を放ち、やつらを妨害する。
 ニー、ランス、お前達も"雷乱撃"を詠唱しておけ。」

言うなり呪文の詠唱に入る。
竜と乗り手、どちらかが呪文の詠唱をしている間はお互いの精神同調が少しだけずれてしまう。
これを嫌い、竜騎士は騎乗中の呪文詠唱を滅多に行わない。
――だが、事は一刻を争う。竜騎士同士の格闘戦であれば問題も出るだろうが、この局面では問題あるまい。
キャンディスそう判断していた。

青竜三騎がライトニングブレスを放つ。
度重なるブルードラゴンの攻撃をかわしてきたのは偶然ではないらしく、撃墜された飛行機械は僅かに一騎。
ドラゴンは飛行機械を追い抜いて飛び去る。
このまま投下距離まで進むか、そう思われた時――ドラゴン達は何かを撒いた。刹那、飛行機械の眼前に小さな稲光がはじける。
それはめいめい勝手な方向に飛び周り、飛行機械の行く手を妨害した。
避けそこなった最後の一騎は"雷乱撃"の直撃を受け爆発する。
これを避けようとした一騎の飛行機械が動作をあやまったのか、速度を保ったまま海に突入して墜落した。
"雷乱撃"は小規模な電撃が低速で勝手な方向に拡散していく攻撃魔法だ。
本来近距離用の攻撃魔法で方向制御もままならないため攻撃手段としてはあまり使われないが、眼くらましとして使う事はある。
飛行機械の前方にうまく撒ければ引っかかるかもしれないし、そうでなくても"槍"の狙いを外すかもしれない。
キャンディスの狙いはそれだった。彼女は賭けに勝ったのだ。

だが、"白鷺伯爵号"に対する"槍"部隊は始末したとはいえ、敵の脅威が去ったわけではない。
例の爆発筒を投下しようとする"脚付き"とキャンディス配下のこの場に居ない六騎が"脚付き"との交戦に入っていた。
稲光と爆発が"白鷺伯爵号"の上空に煌いている。
艦の周りに幾柱かの水柱が立ち上る。墜落した飛行機械と爆発筒が海中で爆発したのだ。
しかし、キャンディスにはその戦いを眺めている余裕は無かった。
"熊蜂号"を狙う"槍"投下部隊が艦に接近してきていたのだ。

「あいつらを仕留めるぞ!」

キャンディスは叫ぶと、返事も聞かずに増速する。ニー・カイラー、ランス・ガーレン両名も雄たけびを上げると追従する。
彼女と直属の二騎は"熊蜂号"に攻撃をかけようとしている飛行機械の群れに向かった。

"お嬢さん、こいつはちょっと厳しくなってきたぞ。"

飛行機械のあまりの数に、さしものハイ=スカイといえども疲れを隠せなくなってきている。
彼の疲れを感じつつも、キャンディスは答えた。

"判ってるわ、ハイ。でももう少しだけ、力を貸して。"

彼女にとっても最早限界に近い。だが、誇りある竜騎士団の団長としてここで弱音を吐くわけにはいかなかった。
"熊蜂号"に狙いを定めた飛行機械は六騎。対空攻撃の効果があったのか、定数と思われる九騎よりも少ない。
キャンディス達三騎のブルードラゴンはゆるい弧を描きながら加速する。
敵編隊の右前方から至近距離まで接近してから、ライトニングブレスを放つ。三騎の飛行機械が火を噴く。あと三騎。

――このままここで反転すれば、殺れるか?

彼女は思った。だが、ハイ=スカイの様子からすると先ほどのような無茶な機動はもはや出来そうに無い。
増速するのを優先させたため攻撃魔法の準備も出来ていない。
攻撃をかけるためには、ゆるい角度でループして反転するほかは無いだろう。
彼女がそう考えたとき――"大雀蜂号"の居る辺りで爆炎と閃光が煌くのが見えた。
飛行機械の攻撃が命中したのだ。

青竜騎士団は善戦していた。いや、善戦という言葉では彼女達の奮戦を語るには足りないだろう。
敵の三分の一に満たない数であるにも関わらず、キャンディス直属部隊のように、敵を圧倒している部隊もある。
――だが、それでも。飛行機械の数は圧倒的だった。
ブルードラゴン全騎と竜騎士総員が完璧な状態であれば、或いは全てを防げたかもしれない。
しかし、数時間に渡って限界に近い全速機動を続けてきた彼等には、僅かな力しか残っていなかった。

最初に被弾したのは"大雀蜂号"だった。
事前想定でも強調されていた最大の脅威である敵の"槍"部隊は全て落としてはいた。
だが、"脚付き"の爆発筒を全て防ぐことは出来なかったのだ。
三発の爆発筒が"大雀蜂号"に向かう。二発は外れて艦近くの海面に落下し、爆発して巨大な水柱を上げた。
残った一発が艦首中央に命中して炸裂する。轟音とともにクラーケンの外皮で作られた甲板の一部がめくれあがる。
しかし、速度、戦闘能力ともに影響は無い。投擲に成功した勇敢な敵飛行機械は、直後に"大雀蜂号"の報復を受けた。
連弩が飛行機械の上部にある搭乗室らしい箇所に命中する。ガラスが弾け、中に入り込んだ矢が血煙を上げる。
飛行機械はそのまま海に落ちていった。

戦場に新たな爆発音が轟いた。"白鷺伯爵号"が被弾したのだ。
"白鷺伯爵号"が受けたのは敵の爆発筒攻撃だ。投擲数は五、命中数は二。やはり、三騎少なくなった分、隙が出たのだ。
艦首と艦中央に命中したそれは、"大雀蜂号"の時と同じように甲板に被害を与える。
しかしやはり装甲をめくりあがらせるだけだ。
結界解除魔法が魔力弾貯蔵庫にでも命中すれば一撃で爆沈することもありえる。だが、爆発筒にはその機能は無いようだ。
これならば一時的な戦力低下のみで済む、誰もがそう安心かけた時――今までに無い爆音が響いた。
"不撓不屈号"が黒煙を噴出していた。

高度を10000フィートほどに取った飛行機械が"不撓不屈号"に投下した爆発筒らしきもの。
そんな高度からの投擲はほとんど当たるはずが無いと考えていた青竜騎士団であったが、現実は違ったのだ。
命中弾はたった一発ではあったが、艦尾近くで甲板を貫いたそれは艦艇近くで起爆。
爆発は海竜の骨で作られた文字通りの竜骨を叩き折り、艦体を激しく振るわせる。
一部では浸水が始まりつつあった。修復作業が大童で行われる。
精霊機関を預かる機関精霊術士が水霊ウンディーネに必死の祈りを捧げ、艦の浮力をなんとか維持していた。

しかし、キャンディスにはそれを眺めている余裕は無かった。
反転と再加速に思った以上に手間取ったため、"熊蜂号"を付けねらう三騎への攻撃可能距離に近づけたのは艦から僅か2500ヤードほどの場所だった。
左後方から敵飛行機械に追従しているため、純粋な速度差分でしか近づいていかない。
それでも一秒間に80ヤード以上は接近していく。だが敵も同じように"熊蜂号"に近づいていく。
敵が"槍"を投下するのが凡そ1200ヤード。もうほとんど距離が無い。

"ハイ!"

彼女は叫んだ。
ハイ=スカイが電撃を吐き出す。だが、団長直下の二騎はまだ攻撃範囲に達していないのか、ブレスは一つだけだった。
一騎の飛行機械が翼を吹き飛ばされて墜落する。――だが、そこまでだった。
生き残った二騎の飛行機械は"槍"を投下する。
直後、ニーとランスが追いついたのか、二本のブレスを受けた二騎の飛行機械が爆散した。だが、もはや手遅れだった。
"槍"は一旦海中深くまで潜った後に浮上し、白い航跡を引きながら"熊蜂号"を目指す。
竜騎士たちは実体攻撃魔法の"魔力の礫"で"槍"の撃破を狙うが、疲れきった彼等のマジックミサイルでは"槍"を撃破することはかなわなかった。
"熊蜂号"の右舷に二本の"槍"が突き刺ささり、巨大な水柱を上げた。
幸いにして敵の攻撃は艦主要部を撃破するにはいたらず、"熊蜂号"は最大速度が8ノット低下したのみで済んだ。
少なくとも、一撃で沈むことは無かった。キャンディスは安堵した。

そして、"熊蜂号"の水柱を合図としたかのように、敵の飛行機械は引き上げていった。
本来であれば追い討ちをかけるべきであったのだろうが、長時間の戦闘で疲れきった彼等にその余裕は無い。
キャンディスはブルードラゴン全騎に対して"白鷺伯爵号"への帰還を指示した。
青竜部隊は被弾した傷跡も痛々しい"白鷺伯爵号"に着艦する。
どのブルードラゴンも体力、魔力ともに使い果たしている。文字通りの死闘であった。

着艦後、直ちに戦果と損害が集計される。
戦果は敵制空型十機、"槍"部隊四十騎以上、"脚付き"三十騎以上、高空爆発筒部隊十騎以上が撃墜確実。
損害はフィンレー副官が率いた制空隊の若いドラゴンと竜騎士のペアが四騎撃破されたのみ。
それも、艦隊上空であったことも幸いして竜も搭乗者も救助が終っている。
九十対四。
比率で言えば圧勝ではあったが、母艦を守りきれなかったという事実が竜騎士達に重くのしかかっている。
ブルードラゴン達は身体を引き摺るようにして【竜宝珠】のある第二甲板に向かう。
まずは体力と魔力を回復しなければ、最早彼等は動けないといっても良かった。

B部隊への攻撃を終えた赤竜騎士団からの朗報が届いたのはそんな時だった。

「敵全通飛行甲板船六隻中五隻に火災を発生せ、うち一隻は大火災を起こしつつあり。
 飛行機械搭載巡洋艦二隻に大火災、うち一隻は傾斜しつつあり。
 小型艦船多数を撃破。
 制空型飛行機械十五騎を撃破、うち十騎撃墜確実。
 ・・・流石はアシュリー卿と赤竜騎士団だな。」

旗艦"聖竜王ゲオルグ号"座上の艦隊司令官のコワルスキー公爵の声が通信晶から響く。
確かに素晴らしい戦果といえる。
戦艦部隊攻撃の戦果と合わせれば、大協約<<大いなる海>>派遣艦隊は混沌の艦隊相手に互角以上に戦っていると言えるだろう。

「ありがとうございます、コワルスキー公爵。
 しかし、レッドドラゴンは喪失こそないもの八騎損傷、ワイバーンにいたっては十七騎の損失、二○騎損傷の損害を受けています。
 これ以上の追撃はドラゴンにもワイバーンにも負担が大きすぎるため、撤退を開始しております。」
「後方の結界を多少厚めにしたのが正解だったようだな。」

キャンディスは"白鷺伯爵号"の艦橋から二人の会話に加わった。

「そのようね。おかげで、真後ろから攻撃を受けても損傷する程度で済んでいる。
 でもそれは強力な魔力を持つ赤竜だから出来る事よ。ただのトカゲに過ぎないワイバーンでは無理。」

そう言ったアシュリーはため息を一つつくと呟いた。

「問題は、これからどうするかよね。」

A,Bどちらが――そして、一本橋構造物を持とうが持つまいが――敵の飛行機母艦艦隊であったにせよ、飛行機械を運用できそうな艦は全て撃破している。
もしもA部隊が当初偵察報告結果どおりに戦艦一隻からなる部隊であったなら、そちらと砲撃戦を挑む予定だった。
しかし、キャンディスの報告から敵戦艦部隊は六隻の戦艦を中心とした部隊と判明した。
砲撃戦能力では大協約のどの戦艦をも上回ると予想される巨艦まで存在する。まともにぶつかり合うのは不利だ。

「飛行機械の脅威をひとまず退けたといって良い状況のはずだ。
 ここはA部隊に接近して砲撃戦を挑むべきなのだろうが、戦艦級のフネが六隻とはな・・・」

キャンディスが考え込む。

「あと少しで赤竜騎士団も帰還できる。回復の後、ドラゴンの全力で敵A部隊を撃破に向かえば問題ないはず。
 ここは一気にいくべきよ。」

アシュリーが積極策を唱える。キャンディスはその考えを認めつつも答える。

「確かにそうかもしれん。だが、港のときと違い沈めるのも簡単にはいかなかった。
 今から思うと、ああも簡単に撃破できたのは炎竜の火炎液と"混沌の巨艦"の何かが反応したからかもしれない。
 ブレスだけではやつらの装甲を打ち破れないし、消耗した我等竜騎士が敵艦を沈められる高位魔法を使えるほど魔力を蓄積できるか予断を許さない。」

「敵飛行機械も無効化した。最低限の目標である、<<大いなる海>>へ眼を向けさせるという目的は達成できたはずだ。
 艦隊にこれ以上の損害を増やすわけにはいかん。損傷艦を護衛しつつ、<カザンの門>へと退く。」

二人の意見を聞きながらなにやら考えていたコワルスキー公爵が命令を下したその時だった。

「司令。A部隊を監視していたワイバーンからの報告です。
 敵戦艦部隊は2つに分離。大型戦艦1と巡洋艦、小型艦多数が凡そ27ノットでこちらに接近しつつあります。」

キャンディスは顔をしかめた。

「18ノットしか出せない"熊蜂号"に艦隊速度をあわせざるを得ないが、このままでは厳しいな。
 A部隊との距離は120マイル程度になっている。このままだと明日の夜明け前には追いつかれてしまうな。」

大協約艦隊は撤退を選択した。
突撃艦艇らしき小型船が中心ということは、彼等は接舷戦闘を望んでいるのだろう。
であれば、夜間の攻撃あるまい。夜間にフネをぶつけての接舷戦闘など、正気の軍隊なら考えもしないだろう。
コワルスキー公爵はこのように語った後、ぽつりと漏らした。

「敵が"混沌の艦隊"でなければ、それが常識的判断なのだろうがな・・・」

艦隊は"熊蜂号"を庇いつつ18ノットで東方へと退避していた。
監視に当たるワイバーンからは着々と距離を詰めつつある敵部隊の情報が入ってくる。
キャンディス達竜騎士団は夜間戦闘の準備を整えていた。
ワイバーンは夜眼がそれほど利かない。夜戦であればドラゴンの出番となるからだ。
ドラゴン達の魔力も七割程度までは回復していた。夜明けまであれば完全な状態まで持っていけるのだろうが――

「間に合うまいな。おそらく、あと一時間もあれば水平線上に敵のマストが見えてくるはずだ。」

キャンディスが無念そうに話す。アシュリーはどこか納得いかない表情でキャンディスに問いかけた。

「戦艦の魔力弾砲撃と同時にドラゴンによる空襲を仕掛ける。
 たしかに利にはかなう気もするけど、ここは先制攻撃を仕掛けるべきだったんじゃないかしら。」

キャンディスは半ば諦めたように答えた。

「そうは言うが、先にも話したとおり、ドラゴンは敵艦撃撃破の決め手になる手段を持たないというのも事実だ。
 それに、敵も同じことを考えて飛行機械による夜襲を掛けて来たらどうにもならんだろう?
 ここは戦艦との連携攻撃を考えた方が良いはずだ。」
「しかし――」

アシュリーがなおも反論しようとしたそのとき、A部隊監視ワイバーンから続報が入る。

「敵巡洋艦及びその他小型艦群、増速!33ノット以上で接近を開始しました!」
「33ノット以上だと?」

キャンディス達は驚愕した。これでは、30分もあれば追いつかれてしまう。

「青竜、赤竜の両騎士団は速やかに発艦、戦闘準備に入れ。旗艦発砲と同時に戦艦部隊との連携攻撃を開始せよ。」

コワルスキー公爵の命令が響く。キャンディスたちは騎竜甲板へ駆け出していった。


夜が明けるまでにはまだ暫くかかる。赤道に近い位置に居るとはいえ、夜の海風は冷たい。
その冷たい夜空に向かって、海上を進む巨竜母艦から幾つもの影が舞い上がった。
ブルードラゴンとレッドドラゴンの群れが天空に解き放たれたのだ。

初出:2009年11月29日(日) 修正:2010年6月6日(日)


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