統合暦74年3月3日 <<大いなる海>>巨竜母艦"白鷺伯爵号"艦上

キャンディスは船の舳先で海を見つめていた。
――結局、またこの場所で海を眺めることになるとはね。でも眺めは随分違う。
彼女は思った。あの時は艦隊全域を"幻視魔法"で覆うために靄が掛かっていて周りが見えなかったけれど、今回はそれがない。
そして、艦隊の陣営も随分と違う。今度こそ、絶対に負けるはずが無い。

艦隊旗艦は戦艦"聖竜王ゲオルグ号"。先の"バレノア沖海戦"で沈んだ"王太子号"の同級艦であり、ネームシップでもある。
今は存在しない太古の巨竜骨化石を最新魔道技術で加工して作り上げた1600ポンド魔道砲。
これをを四連装二基、連装一基装備した全長750フィートの最新鋭艦だ。
艦の中央に古城のように聳える艦橋は魔力を込めた白銀に輝く幻魔鉱で構成されている。
それを取り巻くように配置されている大弩、各所に備えられた連弩や対空魔道士待機所も威容を放っている。
船体を構成するのは大海竜の蒼い甲殻と、これに対魔法、対精霊の強化加工を施して作られた白く滑らかな装甲。
一見すると脆そうな外見に反して最大厚12インチを超えるその装甲はあらゆる攻撃に対しての防御が可能だった。
艦首に掲げられた船首像"粛清の女神スターリナ"が持つ壷からは、聖別された海水が間断なく聖水として海に流れ落ちている。
聖水は船体周辺から広がり、広い範囲を浄化していた。
邪悪なる海の魔物は聖水を畏れる為、海中からの脅威が艦に近づくことも無い。
艦中央に装備された光の帆に風霊シルフが操る風を受け、艦両舷にあるスリットから取り入れた海水を水霊ウンディーネの加護によって加速し後方から噴射して海上を進む。
艦首に砕ける水飛沫と天使の羽のようにも見える二対四枚の光の帆が交わり虹を形作った。その姿は神々しいとしか形容できない。
威風堂々。まさしく戦艦こそ海の女王と言うにふさわしい光景だった。

近代に入りドラゴンやワイバーン等の大量輸送が可能な巨竜母艦が整備されたとはいえ、巨大な魔力を魔法弾として投射することの出来る戦艦の価値はいささかも衰えてはいない。
並みのワイバーンでは撃沈不可能なまでに強化された水平装甲強度を持つようになった現在、海戦における戦艦の価値はむしろ高まったともいえる。
戦艦を撃沈できるのは高次魔法を使えるドラゴンを多数配備した巨竜母艦か、同じ戦艦だけ。
そのような状況がここ七十年ほど続いていたのだ。
そして、ドラゴンと戦艦、双方の質と数において圧倒的優位に立つ大協約大艦隊は常にトーア大陸同盟艦隊を圧倒することに成功していた。
混沌の大国ニホンが現れ、バレノア島沖海戦が起きるまでは。

旗艦の後方には"神授王権号"、"復讐号"、"雷天使ラミエラ号"と"樫の女王号"の四隻の同型戦艦が続く。
いずれも艦齢二十年を超える老艦だが、その主砲は"聖竜王ゲオルグ号"と同じ1600ポンド魔道砲。
装甲には生体素材の経年劣化が若干見られるものの、いまだに有力な戦艦といえた。

戦艦部隊の背後に控えるのはこの"白鷺伯爵号"をはじめとした巨竜母艦が四隻――€"白鷺伯爵号"、"不撓不屈号"、"大雀蜂号"と"熊蜂号"。
前回のニホン空襲部隊と比べると巨竜母艦が一隻多くなっている。これは対艦攻撃型ワイバーンを搭載しているせいだ。
通常のワイバーンと異なり、濃青色の甲殻と幾分大柄な体躯を持っているため、炎竜が抜けた分の戦力を保つにはこのようにするしかない。
しかし本来の編成はワイバーンを中心としている。高価で貴重なドラゴンを載せることがむしろ例外と言えた。
竜戦力の合計はブルードラゴン五十四騎、レッドドラゴン五十四騎と対艦攻撃型ワイバーンが百騎以上。
敵の防空力がどれほどのものかは不明とはいえ、まず互角以上には戦えるだろう。キャンディスたちはそう考えていた。
さらに巡洋艦が十隻以上周りを固めている。その全てが艦齢五年以内の新鋭艦であった。
各艦から流れ出て艦隊全域を浄化している聖水の有無に関わらず、この威容を前にしてはいかなる海魔であれ戦いを挑んでくることはあるまい。
そう思われるほどの陣営であった。

――これだけの戦力を"余剰戦力"として抽出できるとはな。大協約の名は伊達ではない。
キャンディスは一ヶ月以上前の"法の宮殿"での神官王とダグラス卿のやり取りを思い出していた。


「これは好機である。違うかな?ダグラス卿。」

緊急呼出に応じて参内した彼等に対し、ヴィンセントは開口一番に告げた。

"法の宮殿"謁見の間。その日二回目の参内となったキャンディスとアシュリーは耳を疑った。
小規模とはいえ一個艦隊を壊滅させられた上、<<大いなる海>>西部でのほぼ唯一といえる拠点を失おうとしているのだ。
好機と呼ぶなど彼女らにはとても考えられない。
しかし、ダグラスには何か思うところがあったようだ。左眉をかすかに上げると、落ち着いた声音で答える。

「<一者>よ。ニホンとその軍勢を<<大いなる海>>に拘束せよ、そう仰るのですか?」
「流石に察しが良いな。そういう事だ。」

ヴィンセントが事も無げに告げる。予想外の発想に竜騎士団長達は驚愕した。

ダグラスはキャンディスとアシュリーをちらりと見ると、彼女達に説明するように続ける。

「新たにこの世界に現出した混沌の大国、ニホンの出方が判らないという事は大協約にとって非常に大きな問題でした。
 かの国が同盟国の義務を優先させポラスまたはイーシアに軍を派遣するのか、自国の安寧のために<<大いなる海>>を制圧に掛かるのか。
 ドラゴンに匹敵する飛行機械を擁するニホンの軍勢が東方大陸戦線に向かうのであれば。
 いまだ基盤が整わない東方大陸派遣軍は大きな損失を被り、最悪の場合には東方大陸から撤退を余儀なくされる事が予想されます。
 しかし、かの国が自国の安寧を優先させ、<<大いなる海>>の我が軍の拠点攻略に向かうのであれば――」
「<<大いなる海>>は世界の半分以上を占めている。完全攻略までにはどうやっても数年は掛かろう。
 国力の消耗も激しいはずだ。そして、彼奴等が無益な作戦を行う間、我々は時を稼げる。
 稼いだ時を使えば、我等は圧倒的な航空優勢でイーシアを屈服させ、ロシモフを占領し、ムルニネブイの本島に上陸することも出来るだろう。
 さすればニホンなど問題ではなくなる。たった一国で全世界を敵に回すわけだからな。
 いかな混沌の大国といえ、その状態で大協約に勝利するのは不可能だ。そうであろう?」

ヴィンセントがダグラスの言葉を引き取った。ダグラスは瞑目すると答える。

「全て巧くいけば、仰せの通りであります、神官王よ。ただしそれは大協約軍も両面作戦を強いられるという事でもあります。
 現状ではそれだけの戦力を用意することは非常に困難です。」
「地上戦力を出せとは言っておらぬ。海軍だ。我等には"大艦隊"があるではないか。
 既にイーシアとムルニネブイの艦隊を中核とした同盟艦隊は昨年五月の"ケンペル岬沖海戦"で壊滅させた。
 もはや、西方大陸近海に"大艦隊"の敵は居ない。言ってみれば遊兵だ。遊兵が混沌の軍勢と刺し違えたところで何の問題もあるまい?」
「しかし、アケロニアをはじめとした西方大陸の防衛艦隊は欠かせません。また、イーシア完全制圧のための支援艦隊も必要です。
 ファルカン半島と"暗黒大陸"の間にある<凪の海>の制海権維持にも艦隊も分派する必要があります。」
「つまり、それらを指し引いた後に残る艦隊が余剰の艦艇だ、そういう事ではないか?
 そのような艦隊を<<大いなる海>>西方海域に派遣すればニホンを充分に拘束できるだろう。
 かの混沌の国の軍勢を東方大陸に、何よりもイーシアに上げてはならん。それは大協約の崩壊をもたらす。
 予の予知夢がそのように告げているのだ。
 常にニホンの先手を取り、奴等に大陸進出の機会を与えるな。その間に我が大協約軍は東方大陸全域を全力で解放せよ。
 それが余の希望である。」


ダグラス卿、アシュリーとキャンディスの三人は神官王の命に従い作戦準備を開始した。
神官王の指示はニホンの戦力を大協約大艦隊の余剰戦力で拘束することと、彼等の国力を消耗させること。よって――€

「今回の作戦目的を敵の"海上における航空兵力の撃滅"におこうと思う。
 ニホンの飛行機械は戦艦を沈める程の武器を持っているからほおって置く訳にはいかぬだろう。」
「それは当然ですが――しかし、奴等の飛行機械の母艦がどのような形か、想像も出来ません。
 おそらくは我等の竜母艦と同様の平らな全通甲板を持つ艦船だとは思うのですが、今ひとつ確証がありません。」
「そうだな。しかし、その点はある程度の目星はつけられるように思う。
 卿らのニホン攻撃の際の念写画を分析していた情報分析魔道士が面白いものを見つけたのだ。」

キャンディスの疑念に対してダグラスはそう言うと三枚の念写画を取り出す。

一枚目には巡洋艦らしき細長い艦艇が念写されている。
連装砲塔五基を艦の前半部に集中させて、艦後部に飛行機械らしきものを数騎置いていた。
何に使うのか分からない一本橋状のものも2本写っている。

二枚目には艦橋の他に二本の塔のようなもの――塔の基部から斜め上方に支柱が出ている謎の構造物を持つ艦が描かれている。
一本橋のようなものはやはり2本あり、その一本橋の上を含めて甲板上には十数騎の飛行機械が鎮座していた。
艦の全長は先ほどの巡洋艦に比べると幾分小さいようだ。

三枚目の画は炎上する"混沌の巨艦"。やはり二枚目と同様に艦中央やや後方よりに一本橋がある。

「二枚目の船の他に、全通甲板またはそれに類する形状の艦船は港に居なかった。少なくとも、確認は取れていない。
 また、飛行機械を搭載している船は、必ずこの一本橋を装備しているようだ。つまり――」
「やつらはほとんどの軍船に飛行機械を搭載している。
 それに、飛行機械の母艦として専門の艦船はいるが、小型で軽武装、という事ね。」

ダグラスの言葉をさえぎったアシュリーはそう言うと二枚目の絵を人差し指で叩く。だが、キャンディスはそれに異を唱えた。

「しかし、この程度の大きさの船で前回のバレノア沖のように飛行機械をのべ二百騎も集めようとすれば、母艦だけで十隻以上も必要になってしまうだろう。
 それでは艦隊が大規模になりすぎ、作戦行動にも支障が出よう。
 いかに混沌の信奉者の思考は理解し難いとはいっても、こと軍事面においてそのような非合理的なことをするとは思えぬ。」
「だが、これを見るに――」
「両竜騎士団長殿の言い分はともに理解できる。それにおそらくベックマン卿の言うとおり、大型の飛行機母艦もあるのだろう。
 しかし、私が言いたいのはその点ではない。私の言いたいことは以下の三点だ。
 一つは、飛行機械を空に飛ばすにはこの一本橋状の構造物が不可欠であろうという事。
 これは念写画を見た卿らならば同意してくれるだろう。
 二つ目は、ほぼ全ての大型軍用艦船にその構造物が見られるという事。これも理解していただける筈だ。
 三つ目。専門の母艦はあるが、一本橋状の構造物はやはり二本しか搭載されていないという事。
 搭載する場所は充分あるように見えるにも関わらず、だ。
 つまり、あの"一本橋"は飛行機械運用に欠かせないのにもかかわらず、何らかの理由で一艦に二基までしか搭載できないのだ。
 そうでなければ如何に小型とはいえ専門の母艦に"一本橋"が二基しかないのは説明が付かぬ。
 そこから導き出される推測として、奴等の母艦はその搭載力は別にしても同時運用の能力が低いのではないかという考えが成り立つ。
 あらゆる艦種に飛行機械を載せているのはその欠陥を補い、同時運用能力を高めるためではないか、そういう事だな。」
「では?」
「まずは全ての敵軍用艦船について、飛行機械運用設備と思われるこの"一本橋"を破壊する。
 艦隊の飛行機械同時運用能力を喪失させれば脅威度はかなり下がるはずだ。
 その後に艦隊の総力をもってニホン艦隊を攻撃し、撃滅する。単純だが、確実な作戦だと考えている。」

ダグラスはそう言い、細部の詰めを行うために参謀達を招集するよう秘書官に命じた。


最初に敵艦隊を発見したのは北西方面に策敵哨戒を行っていた"熊蜂号"のワイバーンだった。
艦隊の現在位置から150マイルほど離れたところで見つけたのは旗艦らしき大型戦艦一隻とそれに従う五隻の巡洋艦らしき艦船、そしてそれに従者の如く続く小型艦艇の群れ。
さらには"一本橋"構造物を持ち、十数騎の飛行機械を搭載した艦も三隻ある。
大型戦艦には"混沌の紋章旗"が翻っている。間違いなくニホンの艦隊だった。
艦隊は直ちに攻撃準備に入ったが、そこで問題が生じた。北方方面の策敵を担当していた"大雀蜂号"のワイバーンからも敵艦発見の報せが入ったのだ。
"大雀蜂号"が見つけた艦隊は"熊蜂号"が見つけた戦艦部隊よりも100マイルほど大協約艦隊から離れてはいるが、一つ気になる報告があがっていた。

「全通甲板を持つ大型船が六隻だと?間違いないのか?」
「はい。"大雀蜂号"にも匹敵する、全通甲板を持つ巨艦だそうです。同様の船が六隻。二隻ずつ三群に分かれて行動しているようです。
 また、周囲には例の飛行機械運用能力が高いと考えられる巡洋艦らしき艦船複数が展開しているのを確認しています。」

キャンディス達は呻いた。どちらを攻撃するべきだろうか。
我等が持つ常識から見れば、"熊蜂号"が見つけた艦隊こそが敵の飛行機械の運用部隊であり、撃滅すべき対象なのだろうが――

「全通甲板の巨艦上に、"一本橋"構造物はあった?」

アシュリーが情報を持ってきた魔道士に尋ねる。

「生憎遠距離からの目視報告であり、詳細は不明ですが・・・六隻全てに"一本橋"は見当たらなかったと聞いております。
 甲板上は完全に何もない状態で、飛行機械の搭載は確認できなかったそうです。
 ただし、それ以上の情報はありません。上空警戒をしていた敵の制空型飛行機械に撃墜されたらしく、通信が途絶しています。」
「難しくなったな。事前想定に従うのであれば先に見つけた戦艦と飛行機械母艦三隻の部隊を攻撃するべきなのだろうが。
 ・・・全通甲板船がいるとなるとそちらが飛行機械の母艦である可能性が高い。さて、どうするか・・・」

艦隊司令官のコワルスキー公爵がつぶやく。すかさずアシュリーが意見具申を行った。

「先に見つけた部隊――こちらをA部隊、後に見つけたほうをB部隊として。
 当初想定どおり、A部隊に攻撃を集中すべきね。
 B部隊の六隻は"一本橋"を持っていない上に甲板上に飛行機械の影も形も無いことから見て、おそらくバレノアへの輸送船とその護衛部隊に違いないわ。
 それに、A部隊の方は"一本橋"構造物を持つ船が三隻もいる。飛行機械を確実に運用しているわ。
 飛行機械運用施設を破壊してしまえば戦艦同士の砲撃戦に持ち込るはず。単純な砲撃戦に持ち込めれば五対一で圧倒的にこちらが有利よ。」
「そう上手くはいくまい?万一、六隻の全通甲板艦が飛行機械の母艦だった場合、我等はみすみす攻撃の機会を逃すことになるぞ?
 それに、輸送部隊だったとしてもだ。積荷はおそらくバレノア島への増援部隊だろう。
 であれば、ここで叩いておくほうが理に適うのではないのか?」

竜騎士団長二人の議論に誰も口を挟めない中、コワルスキー公爵は決断する。

「ベックマン卿の言はもっともである。だが、確証はない。もしもただの輸送船団であった場合、我々は無傷の敵戦艦と飛行機械の群れから攻撃を受けることになる。それは避けねばならん。・・・兵力分散の愚を冒すことになるが、已むを得まい。
 青竜騎士団は艦隊上空警戒部隊を残し、対艦ワイバーン部隊の半数を率いてA部隊の攻撃に向かうのだ。いずれにせよ敵戦艦は撃破せねばならんし、飛行機械の母艦がいる以上は青竜の随伴が必須だろう。。
 赤竜騎士団と対艦ワイバーン部隊のもう半数はB部隊を攻撃し、敵全通甲板船を撃破せよ。全通甲板艦船が単なる輸送船であるのならば赤竜騎士団による攻撃が有効に機能するだろう。
 それに、もしも飛行機械の母艦であったにせよ、赤竜が五十以上もいるのだ。互角以上に戦えると信じている。」


"契約"に則った騎竜の儀式が終った搭乗席でキャンディスは独語した。
「あまり賢いやり方ではないわね。」
"何がだい、お嬢さん?"

ブルードラゴンのハイ=スカイが思念波で尋ねる。キャンディスは"お嬢さん"呼ばわりに苦笑すると思念波で騎竜に伝えた。

"艦隊の飛行戦力をわざわざ二つに分ける必要は無いわ。どちらか一方を全力で撃破し、返す刀でもう片方を撃破すればいいのよ。そう思わない?ハイ?"
"だがそれは博打じゃないのか?もしも予想が外れて無傷の敵の飛行機械から攻撃を受けたらバレノア島沖海戦の二の舞だろう?それよりは随分とマシじゃないか。"
"それは、そうだけど。でも。"
"お嬢さんは自信家なのか心配屋さんなのか時々判らなくなるな。ま、俺と居る時は甘えん坊だっていうのは知ってるがね。"
"まったく・・・ハイには敵わないわね。"

三代前からベックマン伯爵家と"契約"しているハイ=スカイにとって、キャンディスは孫のような、妹のような存在だ。
キャンディスにとってもハイ=スカイは兄のような存在である。代々青竜騎士団長を勤める家柄にあって、ハイ=スカイは唯一心を許して話せる存在だった。
だからだろうか、普段は堅苦しい言葉使いの彼女だが、ハイ=スカイと話すときだけは少女のような口調になってしまう。

"いずれにしても、ニホンのフネを全て沈めて、奴等を海竜の餌にしてしまえば良いだけだ。そうだろう?キャンディス。我等はそのために此処にいるのだ。"
"そうね。そのくらい単純に考えたほうが良いかもね。"

総竜発艦の旗流信号があがった。キャンディスは思念波での会話を終えると通信晶を操作し、配下の青竜の群れに伝える。

「青竜騎士団総員発艦!混沌の軍勢を奴等の本来の住処、忘却界の彼方へ押し返すぞ!」

キャンディスの号令に青竜騎士団員の総員が雄たけびで応じる。"白鷺伯爵号"を乗艦とするブルードラゴン27騎は一斉に翼を広げて空へと舞い上がった。
雲ひとつ無い快晴のもと、青竜の群れが空を舞う光景は見るものに畏怖を与えずにはいられないだろう。
キャンディスはブルードラゴン27騎、濃青色のワイバーン54騎という大編隊を率いて敵戦艦部隊――仮称A部隊へと攻撃に向かった。


飛行すること一時間。彼女達は敵艦隊を視認できる地点にまで近づいていた。

――見えた。あれが"混沌の艦隊"ね。
敵艦隊を見たキャンディスはふと気が付いた。敵の二番艦は、港で沈めた巨艦と良く似ている。となれば、あれも戦艦だろう。
だとすると、敵の一番艦はそれ以上に大きな戦艦という事か?
彼女は大協約の"命ある魔材"から作られた戦艦とは違う、"命無き鉄"で作られた軍船を観察することにした。
その戦艦は大きかった。彼女がニホン空襲で目撃した"混沌の巨艦"よりも、優に二周りは大きい。おそらく、大協約の保有するどの戦艦よりも大きいだろう。
ゆるやかな勾配がついた甲板は穏やかな海の波を思わせる美しいラインを描き、優しさと同時に力強い印象を与えている。
艦橋構造物と思われる中央の塔には赤い"混沌の紋章旗"が翻っており、どこと無く聖堂を思わせる荘厳さに溢れ――だが強固な戦う意志を見せている。
そして、艦の前方に二基、後方に一基そなえられた、三連装主砲塔と思しき鉄で作られた構造物。大協約最大の魔道砲よりも確実に大きなそれがもたらす破壊力は見当もつかない。
だが――キャンディスは不覚にも、その戦艦を美しいと思った。

超大型戦艦に後続するのは五隻の戦艦だ。報告は巡洋艦という事だったが、彼女は戦艦と看破していた。
キャンディスは二番目の艦影に確かに見覚えがあった。おそらく、ニホンの港で沈めた"混沌の巨艦"の同型艦なのだろう。
いや、事によると沈めたはずの船かもしれん、彼女は思った。混沌の奴等は何をしでかしてくるか分からない。
よく見ればこの艦が備える連装八基の主砲も"聖竜王ゲオルグ号"よりも大きいように見える。
一番目の艦ほどの威圧感は無いが、充分な脅威といえた。

彼女はさらに後方の四隻に視線を送った。
四隻は――これこそ間違いなく――同型艦であった。連装砲塔を六基も装備した贅沢な構造だ。
ただ、砲の大きさは"聖竜王ゲオルグ号"と等しいかやや劣るように見受けられた。
それに前を行く戦艦と比べると船体の作りに――ことに、大きさの違う厚板を幾層にも積み上げたような艦橋の作りに古さを感じさせる。
おそらくかなり以前に作られた戦艦なのだと思われた。

大協約の巡洋艦と同じように、細長い艦隊に小型の主砲塔を備えた船が見える。
小さい砦のような艦橋を持つ艦が四隻展開しているのが見えた。全て同じ形にみえる。やはりこれも同型艦なのだろう。
白波を蹴立てて進むその速度はかなりの速度に思える。キャンディスには大協約の保有するいかなる船よりも早いようだと感じられた。
そして、これらの船にもやはり"一本橋"構造物が見える。それだけでなく、"一本橋"に飛行機械を乗せて、なにやら作業をしているようだ。
ダグラス卿の"弱体な同時発艦能力を補うために全ての艦船で飛行機械を運用している"という予想は正しかったのかもしれない、彼女は思った。

その背後には、どういう目的に使うのか分からない小型艦部隊多数が見える。
これらの艦には"一本橋"の姿は見えない。ある程度の大型艦でなければ飛行機械は扱えないのだろう。
武装は砲のみに見える。少し小ぶりな、単装砲をいくつか搭載している艦がほとんどだ。
この大きさであの砲では海戦での使い道は限定されてしまうように彼女には感じられた。しかし、わざわざこの場面で出してくる以上は何か思惑があるはずだ。
これらの艦は使い捨ての突撃艦船ではないか、彼女は閃いた。大型艦同士の砲撃戦の合間に、快速小型艦艇を使って大型艦の隙を突き接舷戦闘を仕掛ける心算なのだろう。
巨竜母艦が実戦に投入される以前、歴史上の海戦ではそのような事例が幾つか見受けられる。
――もっとも、洋上での大規模な竜の運用が出来るようになった今ではそのような攻撃を行うことは無いがな。奴等が接近戦を挑む前に全滅させてくれよう。
キャンディスは決意した。

運の良いことに敵の上空警戒部隊は居なかった。三隻いるはずの敵飛行機械母艦からも飛行機械がすぐに上がってくる様子は無い。
キャンディスはそれを見ると、配下の全軍に対して突撃を指示する。
ドラゴンとワイバーンは混沌の艦隊に対して攻撃を開始した。

まずは当初予定通り、敵艦の"一本橋"構造物の破壊。これには対艦攻撃型ワイバーンが保有する500ポンド魔力弾が使用される。
一番艦の戦艦と三隻の飛行機械母艦に対して、それぞれ九騎毎の編隊に分かれたワイバーンが緩降下をはじめた。狙いを定めているのだ。
攻撃型ワイバーンは通常のワイバーンと色と大きさが異なるだけではない。
大きな荷物――魔力弾または巨塊弾――を搭載した上、複数の乗り手の指示をそれぞれ適切に理解するような特殊な調教を施されているのだ。
彼等は"攻撃手"の命に従い、攻撃対象に対して魔力弾を投射する。黒曜石で出来た大きな樽のように見える爆弾は次第に加速しつつ目標へと向かう。
ワイバーンから放たれた魔力弾には小型結界に"炸裂火球"の魔力が込められている。命中と同時に結界が解放され、半径150フィートほどに火球が飛び散る仕組だ。
ただし、その内外を結界で制御されている魔力弾は魔力干渉の問題があり最終誘導ができない。
ミスリル等魔力を伝えられる金属で作られ、内部に魔力を持たない全金属製の巨塊弾――純粋に貫通能力のみを追求した投下兵器――であれば多少の誘導は効く。
だが今回は攻撃範囲が"点"に限られる巨塊弾では"一本橋"構造物の破壊が困難――完璧な命中が必要になり誘導が難しい――と考えられたため使用されていない。
よって、対艦攻撃が効果を発揮するかどうかは攻撃手の手腕とワイバーン自身の経験値だけが頼りだ。

対空攻撃が始まったのだろう。艦隊上空のあちこちで閃光、轟音と爆発が間断なく発生していた。
投弾前のために直線的な飛行を強いられているワイバーンに攻撃が集中する。
運悪く直撃弾を受けて魔力弾ごと爆散するワイバーンもいたが、ほとんどのドラゴンとワイバーン達には損害が無い。
【裁きの雷】の艦載型がない以上、大協約軍ですら艦対空攻撃能力は完璧とはいえない。
ニホン空襲での実績から見て、こと地対空及び艦対空能力においては大協約に劣ると思われる敵軍ではワイバーンの排除は困難だろう。
キャンディスがそう考えたとき、敵超大型戦艦の艦尾で爆発が発生するのが見えた。ワイバーンが放った魔力弾が命中したのだ。

その大きさと"混沌の紋章旗"が目立つ敵の一番艦には二十七騎、半数のワイバーンが殺到していた。
その艦はとても戦艦とは思えぬ高速で――25ノットは出ていた――海上を進み転舵を繰り返しつつワイバーンの緩降下爆撃をかわしていたが、とうとう捕捉できたようだ。
三発の魔力弾が次々と命中し、ファイアボール・エクスプロージョンの魔法を解放していく。
大火災が発生し、巨艦の艦尾が黒煙に包まれる。そこに二基装備されていた"一本橋"構造物が炎に呑まれていく様が見えた。
攻撃を終えたワイバーン達は再攻撃を行うため降下から上昇にうつる。
降下と同様、ゆるい角度で上昇し、攻撃手が対艦攻撃の魔法――大抵は"火球"か"光の矢"――を詠唱し終わったタイミングで下降。
ワイバーンのブレスと魔法が同時に放たれ、敵艦上に炸裂する。敵戦艦の乗組員と思しき人影が宙に舞った。
繰り返される攻撃に火炎はさらに勢いを強め、鉄の艦に木の甲板を貼り付けた、キャンディス達には意図がよくわからない艤装が施してある艦尾全体に被害が広がっていく。

しかし、航行能力も戦闘力も――そして何より戦おうとする意志も――いささかも衰えていないようだ。
戦艦は艦尾の損害を気にする様子も無く、さらに増速する。27ノットは出ているだろう。戦艦としては破格の高速だ。
各所に備えられている大小の砲塔群は空往くドラゴンとワイバーンに向けて何かを放っている。飛行機械が射出する金属礫を大型にしたものであろう。命中率は極めて低かったが、当たれば致命的な損害となる事は確実だった。

三隻の飛行機械母艦に向かったワイバーン達はもう少し楽に仕事をしていた。
彼等が攻撃対象とした艦艇は多少小型で攻撃目標にしづらいとは言え、速度もそれほどでもなく動作もどこか鈍い。
甲板に満載した飛行機械達も飛び立つそぶりを見せない。一本橋構造物が稼動しなければ発艦することも出来ないのだろう。
対空武装も貧弱なのか、ほとんど何の抵抗も無い。
それにつけこみ、ワイバーン達は魔力弾を次々と命中させ、魔法とブレスでの反復攻撃を実施する。
たちまち一艦が艦全体を包み込むような黒煙とともに大火災を起こす。何らかの魔力が暴走したのか、甲板下から爆発が発生すると艦が二つに折れた。船はあっというまに海中に引きずり込まれていく。
他の二艦もほとんど同様の状況であった。いや、受け持っていた飛行機械母艦を撃沈したワイバーン達が殺到し始めたため、状況は加速度的に悪化していく。
"一本橋"構造物が破壊され、艦に備え付けられた謎の塔状構造物が炎につつまれ、艦橋が崩れ落ちる。甲板上の飛行機械の群れは飛び立つことなく壊滅していった。
二隻の飛行機械母艦は動きを止め、急速に傾きつつあった。まもなく沈むだろう。

三隻の飛行機械母艦を撃沈し、当初の目的を達成したワイバーン達は戦艦群に狙いを定めた。
後方に位置していた四隻の同型艦、その"一本橋"構造物に攻撃が集中する。
ワイバーンのブレスと攻撃手たる魔道士のファイアボールやマジックアローを受けた"一本橋"は次々と崩壊していく。
戦艦は反撃を行っているが、ほとんど意味を成していない。
"一本橋"構造物を破壊し終えたワイバーン達は思い思いに攻撃目標を求めて飛びまわる。
巡洋艦に魔法が命中し、突撃艦艇と思しき小型船にブレスが炸裂する。敵艦隊のほとんど全艦に対して何らかの攻撃が加えられつつあった。

敵の対空魔法――魔力弾が炸裂して黒煙と金属片を振りまいている――と連弩から打ち出される金属礫の火線を回避しつつ一部始終を観察していたキャンディスは思った。
――ファイアボール・エクスプロージョンでは敵艦には効果が薄いようだ。それにこの攻撃方法は本来、対魔力加工を飽和させて装甲を無効化するための、言ってみれば小細工だ。
 おそらく、敵艦は混沌独自の理論で装甲の加工を行っているのだろう。とはいえ、装甲部分以外なら――特に、金属礫の射出機械と思しき連弩には損害を与えられるようだ。ならば――
攻撃隊総員は攻撃魔法及びブレスで敵の対空装備を撃破せよ、そう命じようとした瞬間、通信晶から赤い光とともにフィンレー副官が緊張した声でキャンディスの名を連呼しているのが聞こえた。
通信晶の赤い光は彼の通信が第一級の緊急事態であることを表している。味方の艦隊で何かが起こったのだ。

「キャンディス団長、至急艦隊までお戻りください。」
「どうした?」
「北方の全通甲板船を攻撃に向かった赤竜騎士団が、敵艦隊の100マイルほど手前で我が艦隊への攻撃隊と思われる飛行機械の群れとすれ違いました。
 コワルスキー公爵の指示で赤竜騎士団はそのまま全通甲板船の攻撃に向かいましたが、敵飛行機械隊もまた同様にこちらに向かってきています。
 敵飛行機械は百騎以上が確認されています。それだけの飛行機械に対して我等艦隊防衛隊は二十七騎。到底、全ては防ぎきれません。」

思わぬ事態だ。キャンディスは舌打ちすると、配下の攻撃隊全騎に撤退を命じる。飛行機械運用設備を破壊したとはいえ、何があるかは分からない。敵艦隊上空にワイバーンのみを置いていく訳にはいかない。
艦隊が見えなくなる距離まで退避した後、キャンディスはワイバーン部隊を分離した。鈍足の彼等をつれていては間に合わない。
足枷となるワイバーン達を切り離し、ブルードラゴンの群れは全速で艦隊の救援に向かう。間に合う事を"法の神々"に祈りながら。

初出:2009年11月22日(日) 修正:2010年1月10日(日)


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