高梨たち第二中隊は緩降下しながらワイバーン達に対して一斉射を加え、飛行場の上空を越えていく。
たちまちにして四匹のワイバーンが血煙を上げて倒れた。近くにいた胸甲をつけた兵士達が吹き飛んでいくのも見える。
他の竜には致命的なダメージを与えられなかったのか、羽ばたきながら垂直に上昇しようとしていた。
「もう一航過するぞ!」
高梨は列機の返事も待たずに機体を旋回させ、再び飛行場に機種を向ける。高度は既に百mを切っている。
低空では危険なほどに速度を上げ、敵基地を目指す。潅木や草地が翼下を過ぎ去り、瞬く間に距離がつまり――
「テッ!」
裂帛の気合とともに十三ミリが放たれた。上昇中の翼火竜と、退避壕らしき建物に避難しようとしていた兵士達が崩れ落ちる。
地上に落ちたワイバーンはそれでも生きているのか、脚を引き摺りながらも逃れようと懸命に動いている。
――楽にしてやろう。
高梨はさらに発砲する。翼の爪が欠け、竜の尻尾がちぎれとぶ。竜は首を高くもたげて一声叫ぼうとしたが、そのまま力尽きた。
「基地上空の竜の駆逐を確認。攻撃隊が爆撃準備に入る。制空隊は基地周辺から退き、爆撃隊の護衛に回れ」
攻撃部隊指揮官からの通信に、彼は上空を見上げた。編隊が散開しつつあるのが見て取れた。
爆撃隊による空爆は成功した。後に百式司偵の空撮により、基地にある八割の建造物に損害を与えた事が確認された。
陸軍航空隊の損害は無し。この戦争の、日本の最初の反撃は完全な勝利で飾られた。
これがその後2週間に及ぶ「リオン攻略戦」の始まりだった。
昭南第一飛行場は喜びに湧いていた。航空隊に一機の損害も無く任務を達成したのだ。
晩餐が自然と宴会のような雰囲気を帯びてしっても仕方の無いことだ、高梨はそう思った。
「黒江さん、今回の新型の空中機動はどうでした?」
大ぶりの肉に齧り付いていた黒江大尉に高梨は気になっていたことを尋ねた。
今回は離陸前を攻撃できたから良かったものの、もし強敵であればまた作戦を考えなければいけない。
「ああ、あれは飛行機よりは頑丈かもしれんが、空戦性能はこの前の奴等と比べるとまるで大した事が無い。
一式戦や、きちんと特徴を判っていれば九七戦でも落とせるだろう。
カーチスみたいなものだな。お前も空中で一戦交えてみれば判る。」
ただ気になるのは、と黒江大尉は続けた。
「飛行機は飛ぶのにも修理するのにも部品が必要だし、搭乗員がいなくては飛べない。
だが竜は生き物だからな。後送して養生させるだけで怪我が治るだろうし、飛ばすだけなら搭乗員は不要だろう。
殺しきる覚悟でやらないと駄目だ。そういう意味ではきつい相手だな。」
三日後、高梨たちは今度はリオンの町にもう少し近い敵根拠地に対して出撃した。
前回とは異なり、今度は奇襲にはならず、10匹ほどのワイバーンが空中待機していた。
最高速度には多少の自信があるらしい。空中で旋回待機しているワイバーンはそれなりの高速だったが――
――腕があるヤツに比べて、旋回半径が大きいようだな。確かに青竜・赤竜とは違う。
高梨は黒江大尉の言葉を思い出していた。
こちらに気が付いたのだろう、6匹のワイバーンが正面から第二中隊に接近する。直線の加速性は悪くないが、しかし"鍾馗"には及ばない。
ワイバーンたちが一斉に火球を吐き出す。日本を襲った赤い竜のそれと良く似てはいるが、それは二式単戦の遥か手前で消滅する。
攻撃が届かなかった事を悟った敵は、直線飛行で更に近づこうとする。だがそれは無謀な選択だった。
"鍾馗"の十三ミリがうなりを上げる。たちまち二匹のワイバーンが悲鳴をあげて落ちていく。
――搭乗員の錬度も、竜の攻撃力も青竜、赤竜とは比較にならないな。
高梨がそう思うのもつかの間、2つの編隊は互いの顔が見えそうなほどの距離で交差する。
古風な西洋鎧を着た人間が背もたれを付けた馬の鞍のようなものにくくりつけられているのが見えた。
鎧の頭部は面貌で顔が完全に隠れているので表情は判らなかったが、驚いているような気配を高梨は感じる。
相対速度は時速千キロを超えている。あっという間にすれ違った後、"鍾馗"の群れは即座に反転した。
ワイバーンたちはまだ反転を終えていなかった。だが、"鍾馗"が反転したのは判ったのか、旋回を維持したまま上昇に移行する。
螺旋上の機動を描きながら、ワイバーン達と"鍾馗"の編隊が大空を駆け上っていく。
この機動を選択したことから考えて、敵の空戦指揮官は旋回性と上昇性に自信があるのだろう。
しかし、スロットルを全開にしたハ109と熟練したパイロットの乗る"鍾馗"の性能は敵の予想を上回っていた。
たちまち距離がつまり、再び十三ミリが火を噴く。更に二匹が撃墜された。
不利を悟ったのだろう、残った竜は急降下で逃げようする。だが、降下にうつるその動きもどこか緩慢だ。
その隙に更に一匹が空に散る。
最後に残ったワイバーンは降下中に横転しつつ減速し、"鍾馗"を何とか自竜の前に出そうとする。
だが、ここで速度を落としたのは致命的な過ちだった。ワイバーンは編隊全機の攻撃を受けて文字どうり砕け散った。
空戦開始五分で空を飛ぶワイバーンは居なくなった。
――確かに、カーチスみたいなものだ
速度はそれなりにありそうだ。最高速までいけば、例えば九七戦なら追いつくのに苦労もするだろう。
しかし、加速も遅いし、空戦性能も大したことが無い。よほど錬度が低い搭乗員でなければ苦戦することも無い筈だ。
高梨はそう考え、ふと気配を感じて地上を見た。何かがうごめいているのが見える。
――ワイバーンはまだ生きていた。
三匹の竜が、三日前に基地で地上撃破した時と同じように脚を引き摺りながらも確かに基地に向けて歩いている。
高梨には、それは理性的な行動というよりは本能的な行動に見えた。
その背に搭乗員の姿は無い。おそらく墜落する途中で振り落とされたのだろう。
千切れとんだ尾や穴だらけの翼は痛々しさを感じさせるが――
――黒江大尉の言っていたのはこれか!
あの時は地上の敵を撃破したので気が付かなかったが、こいつ等は空戦で落とすだけでは駄目だ。
必ず息の根を止めなければ、黒江大尉の言うように後送され、傷を癒して再び戦場に出てくるのだろう。
航空機とは根本的に違うということを高梨は改めて認識する。
「地上に落ちた竜に対して掃射を行い、確実にしとめる。ここで討ちもらして禍根を残す訳にはいかん。
全機、頭か翼の付け根を狙え。脳味噌か心臓が無くなれば死ぬはずだ。かかれ!」
空中電話で第二中隊に命じる。一分後、すべての竜が動きを止めた。
帰還した高梨を黒江大尉は待ち構えていた。
「どうだ高梨。"腕なし竜"の空戦性能は大したことが無いだろう。
しかし、しぶとい。殺しきるのは辛い。そう思わないか?」
「仰るとおりです。しかも止めを刺すために低空での戦闘を強いられるというのは巧くありません。
敵の航空戦力を撃滅する為には必要不可欠な戦闘ですが、航空戦の最中では難しいと思われます。
撃墜した後に生きている竜の地上撃破専門の部隊なり機体なりが必要なのではないでしょうか。」
高梨の返事に黒江大尉は得たりと頷いた。
「俺もそう思う。その様に意見具申を行うつもりだ。早速取り掛かるから、貴様も手伝え。」
「待て。その必要は無い。」
いつの間にか来ていた戦隊長の坂川少佐が口をはさむ。先ほどから話を聞いていたらしい。
「しかし少佐殿!竜どもは想像以上にしぶとい生き物です。生かしておいては碌な事になりません!」
「黒江さんの言うとおりです!どうか!」
二人の言葉に、坂川少佐は微笑んだ。
「勘違いするな。同じことは俺からもう具申してある。
それに横須賀のときも落とした竜が生き残って大被害を出したらしい。
だから、まさに貴様等が言ったような任務を行う部隊を編成してこっちに送っている途中だそうだ。
双発複座戦闘機として開発された機体だから高速、重武装だ。そして"鍾馗"もそうだが、何より名前が良い。
二式複戦"屠竜"。竜を屠ると書いて"屠竜"だ。竜の地上掃討にはうってつけの名前だろう?」
二日後、昭南第一飛行場にやってきた双発の新型機は確かに今までの機体とは違っていた。
戦闘機として作られたとは聞いていた高梨だったが、この機体で空戦が出来るようには見えなかった。
双発を生かした高速性能でもあればまだ救われるのだろうが――
「五百五十キロ出ない?この図体でそれっぽっちしか出なかったら、竜の餌食にしかならないでしょう!」
高梨は黒江大尉の言にまったく同意だった。
「ええ。空戦性能試験でも、九七戦にすら手も足も出ませんでした。正直、勝負になりません。
しかし、横須賀空襲で"撃墜した竜が生きている"問題が出てきまして。
掃討戦を行うにも、九九式襲撃機では竜がいる空戦にそもそも付いていけませんし、
かといって戦闘機にいちいち後始末させるのもどうにも具合が宜しくない。
そこで、制空隊について行けて、なおかつ地上を掃討する任務にも使える機体として"屠竜"が一躍注目を浴びたのです。
そして試作機を装備した我々が急遽編成され、実戦評価を兼ねてここに派遣された、という訳です。」
言ってみれば皆さん独立飛行四十七戦隊が"鍾馗"の実戦評価部隊なのと一緒ですよ、と"屠竜"を装備した独立第八十七戦隊の先任中隊長は答える。
「しかしこいつも、本当なら爆撃機に随伴する遠距離戦闘機の筈だったんですがね。
"大転進"のせいでそんな任務は無くなって、本来ならそのまま計画中止だったはずなんです。
それがまたこうやって命を得ようとしている。しかも"竜殺し"なんて重要な任務で。
私はこれがただのキ四五だった頃から縁がありましてね。こいつがココに居るのが嬉しくて仕方が無いんですよ。」
彼はそう続けると"屠竜"を見上げて上機嫌に笑った。
"屠竜"の真価を示す機会は早くも翌日与えられる事になった。
その日の航空戦は、前回、前々回よりも多くの敵飛行部隊が待ち構えている状況で始まる事となった。
こちらは"鍾馗"隊、"屠竜"隊あわせて30機ほどの編隊であったが、
敵基地上空にはそれに劣らぬどころか遥かに勝る五十匹以上の"腕なし"竜が乱舞していた。
数に劣る"鍾馗"隊ではあったが、ワイバーン達にまさる高速性を生かして次々と空から叩き落していく。
あっという間に三十匹ほどのワイバーンを撃墜したが、地上に落ちたワイバーン達の半数以上は生き残っていた。
この状況を見て、"屠竜"隊が地上に落ちた竜に向けて突撃を始める。
脚を引き摺っている竜達に対して、容赦なく二十ミリが突き刺さり、次々と絶命していく。
"鍾馗"の十三ミリ機関砲ですら致命傷になるワイバーンたちにとって、二十ミリ機関砲による攻撃はもはや過剰とすらいえた。
地上での惨劇を目の当たりにして怖気づいたのだろうか、ワイバーンたちが次々と戦域を離脱しようと試みる。
だが、速度性能に勝る"鍾馗"隊からは逃れられず、次々と地上に叩き落され、"屠竜"隊の餌食となっていった。
――これでは虐殺だ。もはや空戦とは言えないだろう。
高梨は、敵の飛行部隊に、むしろ哀れさえ覚えていた。
結局、"鍾馗"隊は50匹居た敵ワイバーン達のほとんどを撃墜し、"屠竜"隊は地上に落ちたすべてのワイバーンを完全撃破した。
「この戦果を元に、以後ほぼすべての部隊で制空部隊と襲撃部隊という構成がとられることになっていくはずだ。
それにしても、襲撃機としての"屠竜"は大したものだ。」
昭南第一飛行場に帰還した坂川少佐は開口一番にそう言った。
「確かに"屠竜"は大した機体です。まあ、正直、双発複座、という時点で戦闘機としてはどうかと思っていましたし。
もし、"大転進"がなければ、これを爆撃機の迎撃戦闘やらで使っていたかもしれません。そういう計画もありましたから。
それよりは遥かに真っ当な使い方だと思いますよ。」
独立第八十七飛行戦隊の先任中隊長が答える。
「"屠竜"を迎撃戦闘機として?重爆相手だとしてもそれは無いでしょう。戦闘機にしては運動性が悪すぎますよ。
そんな状況なら、いっそ、戦車砲でも積んで一か八かで勝負する機体にでもするしかないでしょうね。」
「空中戦車か。それはいい。」
高梨の言葉に坂川少佐が答えると飛行場の一角に笑い声があがった。
そして、攻勢開始から2週間が経過した日。いよいよ都市に対する攻撃が行われようとしていた。
「昨日までに陸海共同作戦として行われた航空撃滅戦の結果、昭南島西側の敵航空戦力をほぼ壊滅させた事が明らかになった。
現在、第十七軍はリオン南方十キロの地点まで進出しており、現在攻勢の準備中である。
一三〇〇の攻勢開始に先立ち、〇八〇〇より陸海軍共同で大規模なリオン空爆を行う。
我々はこの攻撃に制空隊として参加することになる。」
坂川少佐はそこで言葉を切る。
「この戦いが終れば、我々"鍾馗"隊は戦訓を纏めるために一旦内地に帰ることになっている。
皆、死ぬなよ。揃って無事に戻ろうじゃないか。・・・以上だ。」
「・・・内地に帰れるのか。」
ぽつりと高梨がつぶやく。そんな事は考えても居なかった。
「なんだ貴様、帰りたくないのか?」
黒江少佐が聞きとがめる。
「いえ、そうではないですが。何となく、戦隊長殿が作戦終了前にそういう事を言うのはどうしてかな、と。」
「たぶん、何としても生き残る、という心構えをしておけ、という事だろう。」
「生き残る心構え、ですか。」
「今日の戦いは厳しいものになる筈だ。被弾するヤツもいるかもしれん。自棄になって自爆しないように先手をうったのだろう。」
予定通り〇八〇〇から陸海共同での爆撃作戦が開始された。
――とは言っても、共同で編隊を組んだわけでなく、海軍と陸軍が同じ目標に爆撃する、というだけだがな。
高梨は思った。これは共同作戦と言っても良いのだろうか?同じ目標を攻撃しているのだから、間違いは無いのだが――
「第三飛行集団司令部より全機へ。先行した海軍航空隊の爆撃部隊が6割以上撃墜という大損害を被ったと連絡があった。
敵は強力な対空装備を海軍航空隊に対して使用した模様。海軍戦闘機隊からの報告では、強烈な稲妻のようなものが
町の中心部にある【教会】らしき建物の尖塔から打ち出され、航空機が撃墜されているらしい。」
唐突な司令部からの通達。それ自体よりも、内容の異常さに高梨は驚かされた。
――連中はそんなものも持っているのか。・・・竜との戦闘を考えると当たり前ともいえるか。
この時に備えて、連中も秘匿していたという訳だな。
「第三飛行集団司令部はこの【教会】を最重要攻撃目標として認識した。
幸いにして、敵航空部隊の出現は確認されていない。よって、襲撃機隊は爆撃隊に先行して
この【教会】に対して攻撃を実施し、これを無力化せよ。制空隊はこれを援護せよ。」
――そんなものを戦闘機で潰せというのか。確かに自爆したくなるかも知れん。
高梨は呻いた。
「これは・・・」
"大転進"して以来、高梨は何度絶句したか判らない。いい加減、もう驚愕することなど無いと思っていたのだが――
しかし、【教会】の攻撃は常軌を逸していた。
赤い煉瓦で造られた家々。道は石で舗装されており、柱や窓などにところどころ白い石の構造も見える。
"前の世界"の、地中海やスペインなどで見られる典型的な町並みのように見えるリオンの町の中央に、その【教会】はあった。
スペイン風の教会にしか見えない建物の先端は、五キロ以上はなれた空中からもはっきり判るほどの光に包まれている。
光の粒のようなものが【教会】尖塔先端部に次々と集まっていく様が見えた。力を蓄えているのだろう。
そして、光が一際大きくなると同時に――
まさに轟雷としか言い様の無い大音声とともにあらゆる方位の陸海軍戦闘機隊に対して稲妻がほとばしる。
稲妻はまるで意思があるかの如くに機動し、航空機に向けて的確に追尾する。
回避し切れなかった海軍の戦闘機が稲妻を受け、黒煙を吐きながら墜落していくのが見えた。
射程が十キロに満たない――その程度の距離で消滅する――のが唯一の救いといえるかもしれない。
しかし――
「畜生!これじゃ近づけやしない!」
破壊しようにも全く近づく事が出来そうに無い。高梨は焦り始めていた。その時、坂川少佐からの通信が入る。
「独立第四十七飛行戦隊長より全機へ。【教会】の攻撃について、大体の所を把握した。
【教会】の対空砲が発射できるのは1分20秒に一回。そして、一度に攻撃できるのは16個の目標までのようだ。
もう一度攻撃があったときによく見ておけ。もしこの内容で間違いが無ければ、次の機会に攻撃を仕掛ける。」
――あの攻撃の中、それを見ていたのか。さすが、少佐殿は見るところが違う。
高梨はそう思うと、少し落ち着きを取り戻しつつ観察することにした。間隔については前回時刻を見ていないので判らないが、
目標選択については判るはずだ。
――【教会】の尖塔の光がはじける。轟音とともに稲光が飛び立っていく。彼はその本数を数えた。確かに16本だった。
「各機、確認したな?間違いないく一分二十秒間隔で十六本の稲妻だ。
それでは作戦を伝える。なに、単純な作戦だ。
【教会】の攻撃が終了した瞬間、独立第四十七飛行戦隊及び独立第八十七飛行戦隊の全機は全速で【教会】に突撃し、これを撃破する。
それだけだ。独立第八十七飛行戦隊とは話がついている。
二つの戦隊を合計すれば三十機以上ある。もし、攻撃があったとしても半数以上は到達できるはずだ。
海軍さんの無線は判らんかが、続いてくれるかもしれん。そうすれば更に勝算はあがる。」
高梨は呻いた。これを作戦と言って良いものかどうか。だが、他に手が無いこともまた確かだった。
「・・・作戦前に話したことは覚えているな?
我々の最大の任務はこの一連の戦訓を持ち帰ることだ。いいな、無駄死にする事は許さん。
そんなやつは俺が後でぶちのめしてやるから覚悟しておけ。」
【教会】から稲妻が放たれる。轟音。落ちた飛行機は、今回はない。
「全機突撃!」
坂川戦隊長の声が響いた。"鍾馗"隊と"屠竜"隊が突撃を全速力での開始する。
距離はおよそ十キロ。"鍾馗"の最高時速で何とか間に合う距離だ。"屠竜"にいたっては、一斉射できるかどうか。
町の上空かつ超低空という危険な状況下での全速という無茶な機動だが、両戦隊の全機はよくそれに耐えた。
見る間に【教会】との距離が縮まってゆく。海軍戦闘機隊も意図に気付いたのだろう、追従してくる編隊が見えた。
およそ五十機ほどになった日本陸海軍航空部隊の群れは【教会】まであと二キロほどの所まで迫る。
――このままなら、いける!
高梨はそう思った。おそらく、日本軍の誰もがそう思ったに違いない。
そして、敵もそう考え、反撃を行った。まだ充分な稲妻が蓄えられていないにも関わらず、【教会】から稲妻を放ったのだ。
力が完全でなかったためだろう、放たれた稲妻は4本。攻撃された日本機は四機。その中には、独立第四十七飛行戦隊長坂川少佐機が含まれていた。
坂川少佐が駆る"鍾馗"は、稲妻の直撃を受けた。機体から黒煙を上げ、町へと落ちていく。
かろうじて失速も爆散もせず降下姿勢を保っているようだが、速度は酷く落ちている。墜落は時間の問題だろう。
――戦隊長殿!
高梨をはじめ、独立第四十七飛行戦隊は混乱しかけていた。恐慌状態を示す寸前、黒江大尉からの通信が入る。
「先任中隊長から全機へ。任務を続行する。あと10秒ほどで目標だ。落ち着いて【教会】を攻撃せよ。」
一拍置くと
「戦隊長殿の敵討ちだ!気張れよ!」
短い言葉だったが、全員を落ち着かせる効果はあった。
――そうだ、仮にここで落とされるのだとしても、あの【教会】は破壊しなければいけない。
今の攻撃を見る限り、全機が一斉に落とされるようなことは最早無いはずだ。
かろうじて落ち着きを取り戻した日本軍機は、永遠とも感じられる10秒の飛行の後、【教会】への攻撃を開始した。
【教会】は日本軍機の攻撃によく耐えた。
本来、対ドラゴン用の対空装備であるのだろう。ただの煉瓦作りの教会に見えるが、それは見せ掛けだけのようだ。
橙色とも虹色ともつかない色をした、八角形のガラスのようなものが【教会】先端に出現し、十三ミリ機関砲による攻撃を防いだのだ"鍾馗"の攻撃にたいして、教会はほぼ無傷といえた。煉瓦に孔を穿つ以上の直接的な損害を【教会】に与えることが出来なかった。
。
しかし防御の副作用だろうか、稲妻を発するべく蓄えられていた光の粒の増加が止まる。
「防御機構か。しかし攻撃と防御を同時に行えない仕組のようだ。光の粒が集まるのを阻害する効果を上げる事は出来た。
戦隊全機は後続する編隊の攻撃に巻き込まれないように上昇し、回頭して"屠竜"隊の後ろにつき、もう一回攻撃を仕掛けるぞ。」
――流石は黒江さんだ。敢闘精神の塊みたいな人だな。
高梨はそう考えながら機首をめぐらせる。丁度"屠竜"隊が攻撃を開始するのが見えた。
続く"屠竜"隊の20ミリ機関砲が【教会】尖塔の先端部分にある金属の棒に命中する。
先ほどと同じように八角形の結界が現れ、何発かの機関砲弾を受け止めるが――
「割れた!?」
高梨は思わず叫んだ。結界が割れ、無防備になった【教会】に更に機関砲弾が集中する。
先端についていた金属棒――稲妻の発射装置――が倒れ、【教会】の建物を破壊しながら地上に向けて落下する。
それを切欠に尖塔全体が震えだした。蓄えられた力が暴走し始めたのだろう。
後続していた海軍戦闘機隊が尖塔に攻撃を開始した。さらなる銃弾の雨にさらされ、ついに尖塔が倒れる。
そして、最後の機体が上空を飛びすぎると同時に【教会】が崩壊し、閃光と轟音が辺りを包む。
【教会】は消滅した。後には噴煙を上げる巨大な火口だけが残っていた。
初出:2009年11月1日(日) 修正:2010年6月6日(日)