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「酷いもんじゃったな、あれは・・・」

わしらは確かに"敵航空部隊を横須賀で食い止める"事には成功した。
・・・膨大な犠牲者とともにな。

「結局、軍人と民間人合わせて1万人以上が犠牲になった。
 被害の7割以上は民間人じゃ。撃墜した炎竜から火炎液が漏れ出し、
 横須賀一帯を巻き込む大火災を起こしてしまったのじゃな。
 赤、青の中には落ちはしたもののかすり傷程度で、そのまま街中で暴れまわったものもいたらしい。
 ・・・結果として、航空隊がドラゴンを撃墜したのが却って災いしたのかもしれん。
 海上に追い返してから落とすべきだったのじゃろう。後知恵というやつじゃがな。
 今となっては、悔やんでも悔やみきれん・・・」

当時を思い出すだけで今だに涙がでそうになる。
その気持ちが伝わったのじゃろうか、孫は何かをこらえているかのように見える。

だまって麦茶を啜ると、何とか持ち直したのだろう、質問が飛んできた。

「でもドラゴンって長距離とべないよね?どうやって日本まで来たんだろう?」
「やつらの母艦からじゃ。決まっておろう。」

それは判るけど、でも変だよ、とつぶやきおった。ふむ、なんじゃ?

「海軍の艦隊が横須賀とか日本の近くの海にいたんでしょ?
 他の国の軍艦がそんな近くにいたんなら普通は気がつくんじゃないの?」

そうじゃな。当時、わしもそう思っておった。
「確かに。海軍さんは馬鹿ではなかった。
 海軍さんは海にでるからな。あの時点で"大転進"と"新世界"のことを一番正確に把握していたのは海軍さんじゃ。
 あの時既にいろんな国と接触しておったようじゃ。まあ、海は世界のどことも繋がっておるからのう。
 特にムルニネブイは地理的に近いということもあり、もう相当深い付き合いじゃったらしい。
 そんな訳で、東條首相達を含めた国のエライさん方は"大協約"の事も知っておった。
 "大協約"が何かしてくるかもしれんという情報もムルニネブイからきておったのじゃ。
 じゃから充分な警戒をしておったのじゃ。わし等の訓練が厳しかったのもその一貫じゃ。」

あの時は本当に苦しかったのう・・・何度殺されると思ったことか・・・いや、いかん、横須賀の話じゃったな。

「そういうわけで、警戒はしておった。しかし、目に見えないものまでは流石に判らんかったのじゃ。
 やつらは目に見えなかった。じゃから、海軍さんも気が付かんかったという訳じゃ」
「どういうこと?"不可視魔法"は動いてない"いきもの"にしか効かない、って魔法の時間に習ったよ」

・・・最近の小学校は色々教えるんじゃな。わしら大正の人間は学校で魔法なんぞ習わんかったぞ。まあよい。

「確かに"不可視魔法"はそうじゃ。じゃから彼等は艦隊全てに"幻視魔法"をかけ、海と同化しておったのじゃ。
 目標が広範囲に分散されて魔力が薄まっているから、5キロくらいまで近づけば流石にバレるのじゃが
 逆に、それ以上の距離では靄が動いているようにしか見えなかったんじゃな」

あんな馬鹿でかいものが複数いる空間を丸ごと"幻視"させるというのは、今考えると金の無駄使い以外のなんでもないな。
いったいどのくらいのエーテルと秘薬と、何よりも魔力を使っておったのじゃろう・・・想像も出来んな。

「もったいない事をするもんだね・・・」

同じ事を考えたらしい。血は争えんものじゃな。

「とにかく、やつらは"幻視魔法"を使って自分達の艦隊を海上の靄に見せておったのじゃ。
 海上では靄なんぞ珍しいものではなし、好んで入っていくフネは少ない。今は知らんが、昔はそうじゃ。
 それを利用されたのじゃな。そして、何も反撃出来ないまま逃げられてしもうた・・・
 しかし、当時はそんなことは知らんかったから随分と海軍さんの不甲斐なさを嘲ったものじゃ・・・
 すぐにしっぺ返しが来るのじゃがな。」


孫はそれも後でお話してよね、と言うと続けて

「何で青竜は東京まで行かなかったんだろう?おじいちゃん達の戦闘機では、青竜には追いつけなかったんでしょ?
 じゃあ、そのまま突っきればいけたんじゃない?
 サッカーのドリブルなんかと同じにしたら駄目かもしれないけど、そういうもんでしょ?」
「もっともじゃが、わしらがしておったのは点を取れば良いというスポーツではない。
 ちゃんとした目的がある戦争じゃった。それには作戦に従うことが重要なのじゃ。
 やつらは、ドラゴンの圧倒的攻撃力を見せつけ、一戦で屈服させる短期決戦を挑むつもりじゃったのじゃ。
 普通はワイバーンしか積まない巨竜母艦にドラゴンを載せるというのもそうじゃな。
 そしてその作戦では炎竜が攻撃の主力、赤竜は攻撃と制空両方の補助、青竜は制空隊と役割が決まっておった。
 皆が自分の役割をわきまえて動くからこそ、作戦は成り立つのじゃ。やつらは強い軍隊じゃったということじゃ」

後から知ったんじゃが、赤と蒼の竜についてはあの時母艦に乗せられるほど錬度の高い竜をほぼ全てつぎ込んだらしいしな。

「やつらなりに必死じゃった、そういうことじゃろう。じゃが、彼等の思惑通りにはいかなかった。
 日本の戦力がヤツラが考えた以上であったことともある。
 しかし、やつらの攻撃は完全なだまし討ちじゃったからな。日本人は皆憤慨し、そして発奮したんじゃ。」

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昭和十六年 十二月九日 調布飛行場

調布に帰還した高梨たちであったが、結局その夜遅くになるまで戦闘待機は解けなかった。
戦闘待機が解けた後も、彼等はまんじりともせずに一夜を過ごした。
翌日。新聞はどれも横須賀空襲を大々的に伝えている。
情報統制がされているのだろう、完全に正確ではないが、あながち嘘でもない情報が記されていた。

"横須賀軍港で原因不明の大爆発。損害の規模は不明"
"横浜からも見える大火災――横須賀に何が起きたか"
"横須賀大火災は新型爆撃機の墜落によるものか"

「・・・ドラゴンと戦闘機が空中戦をやった、などとはイキナリは報道できんよな・・・」

高梨はつぶやく。
軍内部では、流石に場所が横須賀ということもあり、また、陸海軍とも互いに隠し通せないと開き直ったためか
帝都近郊の実戦部隊にはほぼ正確な被害状況の報告が回っている。高梨は報告書の写しに目を通した。
目を覆うばかりの損害だった。

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【航空機】
陸軍機喪失計十七機
海軍機喪失計四十八機(地上撃破された機体を含む)

【艦船】
撃沈:戦艦「陸奥」 駆逐艦「吹雪」
大破:重巡「高雄」「愛宕」
中破以下多数

【死傷者数】
海軍  二千五百名以上(なお増加中)
陸軍  千名以上(なお増加中)
民間人 八千名以上(なお増加中)

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「大損害だな。緒戦でこれほどの損害を受けるとは。」
「新世界に来て早々に奇襲とは・・・こんな汚い連中に、神州日本をやらせる訳にはいきませんよ!」

高梨の嘆きに、柿本がいきまく。

「・・・その"神州"というのが、今回のそもそもの発端だったのかもしれん。」

いつの間にか士官室に入ってきていた戦隊長の泊少佐が言った。

「昨日横須賀をやった連中は、"神州不滅""天皇陛下は現人神"というのを文字どうり受け取った、
 そしてそれを奴等の"神"に対する挑戦と受け取った、そういう事らしい。
 来日しているムルニネブイ国全権大使付きの武官殿がそう仰っているそうだ。
 参本にいる、俺の同期からなんとか聞きだした。」

士官室が静まり返った。

「皆、昨日の号外は読んでいるな?であれば、この新世界は"大協約"と"大陸同盟"の大戦の最中だというのも判るだろう。」

少佐は淡々と続ける。

「大戦の理由は色々あるらしいが、一つには"信じる神が違う"という、およそ正気とは思えない理由もある。
 そんな宗教戦争の側面を持つ戦争の最中に、奴等の信じる"神"と全く異なる"神"が"直接統治する国"現れたのだ。
 到底、受け入れるわけにはいかんだろうよ。」

ぐるりとあたりを見渡すと、そしてこれは参謀本部の見解だが、と言った上で言葉を継ぐ。

「あれは奇襲であり、かつ決戦だったのだ。おそらく、狙いは帝都だった。
 生意気な新入りを圧倒的な力でぶん殴って黙らせる。まるっきりヤクザのやり口だな。
 横須賀は"帝都への通り道にあり艦船の出入りもある目立つ軍事拠点"だから狙われたのだろう、という事だ。」

「しかし、だとしたら、陸奥は、どうしてあそこまで・・・」

柿本が腑に落ちなさそうにしている。

「・・・それも少しは判った。柿本、海軍の将旗――そうだな、海軍大将旗はどんな旗だ?」
「はっ!上下縁線なしの八条旭日旗であります!」
「そうだ。そして、それが答えだ。」

は?と柿本が目を丸くしていると、これも件の武官殿の推論らしいが、と前置きして泊少佐が話し始めた。

「連合艦隊旗艦の陸奥には当然将旗が掲揚されているだろう。敵軍はそれを奴等の神と敵対する神の旗、"混沌の紋章旗"と誤認したらしい。
 混沌の紋章は"中心円から放たれる八本の矢"で、"海軍将旗"の"八条旭日旗"と何処となく似ているのだそうだ。」
しばらくの間、言葉を発するものはいなかった。

「・・・海軍は何をやってたんだ。日本の近くに敵が来るまで気が付かなかったなど、許されん失態ではないか。」

誰かが憤りを抑え切れないように叫んで沈黙を破ると、たちまち士官室は怒声につつまれた。

「何が暫減邀撃だ。発見すら出来なかったではないか!」
「七段構えの陣がきいてあきれる。見掛け倒しとはこの事だ!」
「やつらの基地の防衛のために何故我々が犠牲を払わねばならん!」
「そうだ!我々が抑えなければ帝都まで突破されていたのかもしれんのだぞ!」
「いまだ撃退したとの報告も無いところを見ると、取り逃がしたのか?トンだ腰抜けぞろいだな、海軍は!」

「貴様等、いい加減にしろ!」

泊少佐が吼えた。その気迫に怒鳴り声を上げていた者達もいっせいに押し黙る。
彼は机に拳を振り落とす。衝撃で机上にあった湯呑が耳障りな音を立てた。少佐は反論を許さぬ口調で続ける。

「貴様等、黙って聞いておれば下らぬ事を大声で喚き散らしおって!今がどのような時か判っているのか?
 帝国は見も知らぬ"新世界"とやらに飛ばされ、只でさえ未曾有の国難の最中にあるのだ。
 昨日の大詔をもう忘れたのか?
 "若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ
 或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ新世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム"
 陛下のお言葉をなんだと心得ておる!この大難に際して、身内で争ってどうするというのだ!
 このままでは奇襲を仕掛けてきた奴等の思う壺だ!新世界の笑いものではないか!
 違うか!」

士官室を沈黙が支配した。柱時計が時を刻む音だけが聞こえる。
泊少佐が再び口を開く。

「・・・貴様等の気持ちは判らんでもない。だが、海軍に怒りの矛先を向けるのは間違いだ。
 ましてやそれを口に出すなどというのはな。今はそのような時ではない。それだけは理解してくれ。」

皆うつむいたまま何かをこらえるようにしつつ戦隊長の言葉を噛み締めている。
柱時計が鐘を一つうった。針は八時三十分を示している。

それを合図にしたかのように、泊少佐が言った。

「九時から東條首相のラジヲ演説がある。内容は今回の事態についての発表、トーア大陸同盟への加盟と大協約への宣戦布告だ。
 今日からの戦争は中国や満州で行われるのではない。内地も安全ではないのだ。貴様等も覚悟をしておけ。」

それから高梨、と彼の方を向くと告げた。

「貴様に話がある。10分後に戦隊長室に来い。」


「高梨大尉、入ります」

おう、入れ、という言葉に従い入室する。泊少佐は先ほどの激高など無かったかのような様子で高梨に質問した。

「高梨、貴様、昨日の空戦をどう見る?」

高梨は昨日からずっと考えていたことを言葉を選びながら語り始めた。

「最初の編隊での攻撃以外は、実質的に我々の完敗でした。
 飛行性能もそうですが、各個の戦闘力、集団での戦術、全てにおいて敵が勝っていたと思われます。」

陸軍ではノモンハン事件での航空戦の戦訓から、航空戦の基礎概念として「無線による意志伝達の重要性」と「編隊行動の重要性」に気が付いており、全軍にその旨を通達していた。
しかし、昨日の空戦では最初の焦茶に対する奇襲以外、意志伝達も編隊行動もまともに出来なかったと言って良い状況だった。
彼はその事を泊少佐に説明した。少佐はふむ、と声を出すと

「では、貴様はどうすれば良かったと思っている?」
「編隊行動の維持と、一撃離脱戦の徹底しかなかったと考えております。
 無線については機材の更新が必要なので如何ともし難いでしょうが、
 長機に従い編隊行動を維持しつつ一撃離脱戦で攻撃できていればもっと良い結果を出せたはずです。」

自分も空戦に途中から参加した新型機の編隊を見て気が付いたので偉そうには言えませんが、高梨は締めくくった。
泊少佐は頷くと微笑みを浮かべて言う。

「俺も同じ意見だ。やはり俺の思ったとおりだな。お前ならば自信を持って送り出せる」

送り出せる?不思議に思った高梨に、泊少佐は本題を話し始めた。

柿本中尉は士官室に高梨が戻ったのを見つけると、泊少佐が何を話したのかを聞きたがった。高梨は答える。

「転属だ」

柿本は少し驚いたようだった。144戦隊に配属されてから半年も過ぎていないうちの転属というのは異例に思われるからだ。

「どこへですか?」
「成増の独立第四十七飛行戦隊だそうだ。」

そんな部隊ありましたか?と柿本が首をひねる。
俺もよく知らんが、と前置きした高梨は

「十二月一日付けで新設された特別部隊らしい。本来は新型機の評価を行う部隊だったらしいがな。
 貴様も見ただろう?横須賀上空で、とんでもない速さだった新型機を。
 あの新型機、二式単戦というらしいが、その機体を装備する部隊だそうだ。
 本来はもう少し時間を掛けて人員と機体を集めて錬度を高めるつもりだったらしいが、この事態でな。
 ドラゴンと実際に戦った人間を一人でも多く集めたいらしい。」


「わが日本は"新世界"にて王道楽土、諸族協和を成し遂げるべく、各国と平和裡に交渉を進めておりました。
 にも関わらず、大協約を名乗る非道な国家連合は、卑怯卑劣にも艦隊を派遣して宣戦布告なき奇襲を仕掛けてきたのであります。
 かかる暴挙を断じて許すわけにはまいりません。」

9時から始まった東條首相のラジヲ演説はこう始まると高梨達の予想に反して損害と戦果についてほぼ事実と思われる内容を告げ、
トーア大陸同盟に加盟すること、大協約に対して宣戦布告すること、徹底的な報復を行うことを宣言すると以下の言葉で締めくくった。

「横須賀を忘るまじ!陸奥を忘るまじ!」

高梨は成増基地から迎えに来た自動車(たかが大尉風情の異動に豪勢な事だ、と彼は思った)に揺られながら
転属される部隊についてと、先ほどの東條首相のラジヲ演説について考えていた。
徹底的な報復、ということは、中国戦線よりももっと過酷な殲滅戦を行うという事だろうか。
しかし、国民軍や八路軍相手の戦とは勝手が違うだろう。航空戦力ですらあれほどのものを持っているのだ。他の戦力も侮れないと考えるべきだ。
だが、まずは反撃の糸口を掴まなければならない。少なくとも、敵の根拠地に攻撃をかけなければジリ貧は免れない。
まずは、どこか一箇所でも良い、敵の根拠地を徹底的に叩かねばいけない。
それには、有力な敵航空部隊――ドラゴンという言葉は咄嗟には出なかった――を撃破する必要がある。
俺はその為に呼ばれるのだな。敵航空部隊を叩く、その先鋒として。奴等に横須賀の報いを受けさせ、陸奥の仇を討つ先陣として。
高梨は気を引き締める。成増基地の正門が見えてきていた。

「高梨大尉、独立第四十七飛行戦隊に着任いたしました!」

戦隊長は良く来たな、待ちかねたぞ、と返事をすると

「貴様のことは泊少佐から聞いている。腕も良く、頭も切れる搭乗員だそうだな。期待しているぞ。
 自動車をやってまで来て貰ったのは他でもない。早速訓練に取り掛かってもらうためだ。我々には時間が無いからな。」

少したじろいだ高梨に向かい椅子を勧めながら言う。

「とはいえ、今日のところは座学のみだ。これから貴様が操縦する新型戦闘機は九七式とは全く違う考え方で作られている。
 「暴れ馬」と呼ぶヤツさえいる。今までのようにはいかんぞ。心してかかれよ。」

そう告げると戦隊長は口調を少し砕けたものにした。悪童のような表情を浮かべると言う。

「貴様、新型戦闘機の名前を知りたくは無いか?」
「泊少佐殿からは二式単戦と伺っております。」

彼は高梨の言葉にニヤリと笑う。その表情はどこか男くさく、同時に悪童のようでもあった。

「そうだ。しかしもっと良い呼び名がある。二式単戦、予定されている愛称は"鍾馗"。
 日本に迫るドラゴンという魔を追い払う魔除けの武人。それが貴様の乗る戦闘機の名前だ。」


確かに暴れ馬だ。巨大な発動機の大馬力で強引に引き摺られて離陸する感覚を味わいながら高梨はうめいた。
前日、整備長の刈谷大尉から座学――とはいえ、機体の周囲を引きずり回されながらだったが――を受けた際に言われていた、

「こいつは爆撃機用の発動機を積んでいるからな。今まで乗ってきたどんな戦闘機とも違うという事を頭においておけ」

という言葉は、実はまだ生易しい表現だった。
発動機が爆撃機用だから、頭でっかちだ。胴体が絞り込まれているのが唯一の救いだが――

「地上視界が酷すぎる。何も見えんぞ、これでは。」

その発動機の大きさで下方視界は今まで高梨が乗った機体からすると明らかに最悪といえた。
腕の悪い搭乗員では離陸するのも困難な戦闘機に思われた。しかし、空に上がれば話は変わる。
水平飛行を開始すると同時にスロットルを開く。直に九七式の最高速度を軽く超える時速500kmに達し、なお加速している。

――こいつは凄い!暴れ馬だけのことはあって、馬力はあるな。

彼は機体の性能を確かめるように、様々な機動を試していくについれ、こいつは面白い戦闘機だと思い始めていた。
翼が小さく薄い。翼の大きさは一式戦と比べても2/3くらいしかない。翼面加重は比較にならないくらい少ない。
だから確かに旋回性は良くない。しかしどの道ドラゴンに対して旋回性能を生かして巴戦を仕掛ける局面は無い筈だ。
そして、旋回性を犠牲にして得た高速性、小さい翼から導き出される横転性と頑丈な機体から生まれる急降下性能では九七式はもとより一式戦をも圧倒している。
ドラゴン達が得意とする旋回戦闘に対向するには、これは大きな武器だと思われた。彼は二式単戦に魅せられていった。

「高梨、大分判ったようではあるが、貴様はまだ二式単戦を怖がっているところがある。もっと大胆に動かしても大丈夫だ。」

飛行訓練後の士官室で訓練で教導機を勤めていた黒江大尉が言った。
高梨は頭をかきながら、それは黒江さんほどの腕があればそうでしょうが、と言うと話を変えた。

「しかし実際、二式単戦は凄い戦闘機ですね。これが量産されれば二度と帝国の空にドラゴンなど飛ばせはしませんよ!」
「そうだ。そのためには我々が戦果を上げる必要がある。頼むぞ、怖がりの高梨大尉殿!」

戦隊長がおどける。士官室に笑いが弾けた。
独立第四十七飛行戦隊は歴戦の勇士を集めているだけあって、錬度も士気も非常に高かった。
それに戦隊といってもいまだ九機しかいない。そのような小所帯でもあり、高梨はあっという間に打ち解けることが出来た。

明けて昭和十七年一月二十八日、独立第四十七飛行戦隊についに出撃命令が下った。
戦隊長が皆を整列させて命令を伝えた。

「我々は博多まで移動後、海路で昭南に向かう。
 第17軍が新設する昭南第一飛行場から出撃して昭南島の敵航空部隊を撃滅するのが我々の任務だ。
 横須賀の恨みを晴らすとともに、"空の新撰組ここにあり"を示して全軍の先駆けとなるのだ!」

搭乗員達は気合のこもった敬礼でそれに答えた。

高梨達の独立第四十七飛行戦隊は二月十一日、紀元節の日に昭南第一飛行場に無事進出した。
飛行場にたどり着いた彼等はここが間違いなく"新世界"だということを実感させられた。
容赦なく照りつける太陽と、背の低い木々の林から少し離れた平地に整地された滑走路(舗装はされていなかったが、機材を見ると準備はあるらしい)、半ば予想していた掘っ立て小屋よりは随分マシな兵舎。
これだけを見れば"地球世界"と変わらない。しかし、それ以外については――
飛行場の片隅にはどうみても金属で出来ている、小型トラックほどもある蠍らしき生物の残骸が複数放置してある。
兵舎からよく見える場所には立ち入り禁止の看板と鉄条網で覆われた毒々しく緑に光る沼があり、時折怪しげな泡を立てていた。
翼の差し渡しが1m近い極彩色の何かが空を飛んでいる。一見すると極楽鳥のようであるが、鋭い牙と鉤爪を持っている。
そして、飛行場防衛部隊の詰所と思われる場所の脇にうず高く積まれている大型獣の頭骨。正体については最早考えたくも無い。

「こいつは・・・・」

戦隊の皆が絶句している。ドラゴンとの空戦という非常識を乗り越えてきた彼等だったが、このような光景は予想していなかった。
飛行場防衛隊付の参謀らしき大尉が、挨拶もそこそこに自慢気な口調で独立第四十七飛行戦隊の面々に声を掛ける。

「凄いもんでしょう。ここを伐開して飛行場にするのはそりゃあ大変だったんですよ。
 あの、隅っこに置いてある蠍――あいつは新型速射砲の近距離射撃で倒しました。小銃では弾が通らんのです。
 鋼鉄で出来ているとしか思えませんな。まあ、何匹かは捕まえて生きたまま内地に送ったので、いずれ何か判るでしょう。
 詰所の脇の頭蓋骨は気にしないでください。このあたりにゴマンといる草食の生き物です。
 デカイばかりで九九式小銃でも充分狩れます。もっとも最近は弾がもったいないので罠を使いますが。
 中々良い肉が取れます。おかげで内地にいるときよりよっぽど肉を食ってますよ。
 もはや何が出てきても我々は驚きません。なに、直に慣れます。」

航空隊の皆さんは既にドラゴンと戦闘しておられるそうですし、彼はそう言うと続けた。

「今日は紀元節です。晩飯は皆さんとの懇親も兼ねて、豪勢な料理を用意をしています。楽しみにしてください。」

上機嫌に笑う彼を見ながら、今夜の食事はあまり楽しめそうにないな、と高梨は思った。

高梨の予想に反して、料理は中々のものだった。
塩で下味をつけた肉は、材料があの頭骨の持ち主である事に目をつぶれば地鶏に似た味がしてかなりの美味だった。
味噌汁に入っていたシジミのような二枚貝は、その貝が兵舎の壁一面に犇いている事が気にならなければ、味わい深い出汁が出ており充分に食べられるものといえた。
デザートとして出てきた、梨のような味がする――ただし、外見はまるでヒトデのような星形をしている――果物を食べながら高梨はつぶやいた。

「本当に、ここで戦になるのか?」

こんな所にとても敵の航空戦力がいるとは思われない。しかし、その言葉を聞きつけたのだろう、先ほどの参謀が答えた。

「ごもっともです。しかし、ここから二百五十kmほど離れたところには大協約の拠点のひとつ、リオンとかいう港町があります。
 独立第四十七飛行戦隊はその攻略作戦のために派遣された、そう聞いております。」


昭和十七年 2月19日払暁 昭南第一飛行場

「ペラ回せーッ!」
整備員達が発動機の轟音に負けぬように声を張り上げる。プロペラが回り始め、"鍾馗"が滑走路上を動き始める。
いよいよだ、機体を発進位置に進ませつつ高梨は思った。ここから、我々の反撃が本格的に始まるのだ。
二月十四日には百式重爆と九九式襲撃機からなる攻撃部隊も昭南第一飛行場に進出している。
"鍾馗"は制空隊としてリオン近郊にあるドラゴン部隊の基地と思われる地域への爆撃に参加することになっていた。
――横須賀の時とは違う。今度は、青いドラゴンであろうと必ず仕留める。
彼はその思いを胸に、昭南の空へと飛び立っていった。

林が途切れ、彼方に海と茶色の煉瓦造りの町並みが見えてきた。
ムルニネブイ国から提供された地図が正しければ、あれがリオンの町だろう。
百式司偵での空撮の結果、目標の敵航空基地はその町の南方、あと10分ほどの位置にある事が判っている。
爆撃隊が高度をとり始めた。攻撃の準備に掛かったのだ。
高梨も突撃の準備をする。彼の第二中隊は黒江大尉とともに制空隊としてこの作戦に参加していた。
敵戦闘機――機ではないが、参謀本部はまだ機に変わる名称を考える事が出来なかった――を制圧することがその任務だった。

「制空隊全機へ。制空隊はこれより敵基地上空に急進し、敵航空部隊を撃破する。我に続け。」

最近急に聞こえの良くなった無線機から戦隊長の声が響く。それを合図にして、"鍾馗"達は一斉に飛び出していった。

攻撃は完全な奇襲にはならなかったが、対空砲火も見当たらず、空中にいる敵も極わずかだ。機先を制したのは明らかだった。

「第一中隊は空中にいる敵ドラゴンを攻撃!第二中隊は発進準備中のヤツを撃破しろ!」

無線から命令が飛んだ。高梨達第二中隊は命令に従い発進準備中の敵を攻撃することにした。

――前回のドラゴンとは違う?

高梨は思った。この前の焦茶ほどではないが赤茶色の体躯は、鱗というよりは殻とでも言うべきものに包まれている。
ここからでも継ぎ目がわかるようなその甲殻は、しかし見た目よりも随分としなやかに動いているようだ。
四角錘の頂点を切り取った残りような頭は、鰐のようだったドラゴンのそれとはいささか趣が異なる。
蛇のようだった尻尾はなく、先端に棘を含んでいるようにみえるひし形の膨らみを持つ太い尾が延びている。
力強く羽ばたいている巨大な翼は、ドラゴンの翼に似てはいるが、ドラゴンより一回り小さい体の割には大きいようだ。
背中にむき出しの馬の鞍のような搭乗席に操縦者と思しき人間が乗っていた。
何よりも異なるのは、その竜には腕が無いこと。
――ワイバーン。翼火竜とも呼ばれるドラゴンの眷属と日本軍との初戦闘が始まろうとしていた。

初出:2009年10月18日(日) 修正:2010年6月6日(日)


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