着弾の衝撃。戦艦<大和>艦長の有賀幸作大佐は反射的に叫んだ。
「被害報告!」
暫くして左舷三番、四番高角砲全損、他戦力発揮に支障なし、という報告が上がる。
有賀はため息をついた。今回は無事に済んだが、やつらの主砲もこちらと同じ46サンチ。連続で食らうわけにはいかない。
彼が転舵を命じた次の瞬間、見張員の張りある声が<大和>の弾着を伝えた。
「第二十二射、弾着、今!遠、近、遠、近、近、遠、遠、遠、近。」
有賀も双眼鏡を構え、敵艦の方を見た。長大な船体、高い艦橋についた巨大な測距儀と巨人の拳骨のような砲塔。
間違いない、大和級の――通称、<Y級>と呼ばれる戦艦だ。
有賀が指揮する<大和>は敵艦に八発もの命中弾を与えているが、いまだに損傷らしい損傷を与えた様子が無い。
(化け物め。46サンチの直撃で火災一つ起こさないとは。一体、どういう風に作ってやがる。)
有賀は思った。まったく、何だってドワーフが大和型の戦艦なんぞを作るようになっちまったんだ。
ドワーフ海軍旗艦Y級戦艦<ゴールデンアックス>、人智を超える装甲を持つ通称”ドワーフヤマト”は、そんな有賀の思いなど意に介さず46サンチ砲を放った。
日本がこの世界に移転してきたのは昭和10年。その当初、国内外には様々な混乱がもたらされた。
国内的な混乱はすぐに治まった。国内で石油や鉱物資源、何故か生ゴムまでが鉱脈として発見され、露天掘りで豊富に取れるようになった事が大きい。
むしろ問題になったのは対外的な混乱だ。日本が人類国家であった事が全世界に影響を与えていた。
この世界は、人類・エルフ・ドワーフ・オーク等諸種族が数十年にわたり世界の覇権をかけて争っている真っ最中だったのだ。
もともとこの世界に居た人類の科学技術が1860年代並であったこともあり、日本は人類国家の盟主に祭り上げられてしまった。
広大な海が多いこの世界では、日本の持つ軍艦、とりわけ戦艦の破壊力は絶大であったからだ。
<長門>と<陸奥>はまさに”日本の誇り”として東奔西走し、”人類の誇り”といわれるようにまでなっていった。
しかし、他種族も指を銜えているばかりではない。独走し始めた人類にこっぴどくしっぺ返しを行った。
転移初期の混乱期に乗じて日本国内に入り込んだ多種族のスパイが、一号艦――後の大和――の計画図案を盗み出していたのだ。
各種族はその図面を元に、各々が得意とする分野の技術をつぎ込んで46サンチ砲戦艦を作り上げていった。それがY級戦艦の正体である。
はじめに現れたのは”エルフヤマト”こと<アミュレット・オブ・アルテミス>。風の精霊の加護により脅威の命中力を誇っている。
三万五千トンの比較的小型の艦体に、46サンチ単装砲を四基備えた戦艦。これこそ、世界最初の(起工は大和が先だが、就役は大和よりも3日早い)Y級戦艦だった。
本来は森の住人であるエルフ達は戦艦を作ることにそれほど習熟していない。それゆえに命中力で全てをカバーしようとしていた。
その目論見はある程度成功した。就役後の海戦で、命中力の高さを生かして日本の戦艦<扶桑><山城>を立て続けに撃沈したのだ。
日本の転移以来、人類艦隊に初の大打撃を与える事に成功した”エルフヤマト”。
だが、主砲の少なさが仇となった。<扶桑><山城>との交戦で主砲を半減させられた彼女は、直後に艦隊に合流した<大和>に沈められていた。
次に現れたのは”オークヤマト”こと<ジャ=デデ=ジャス>。居住環境を犠牲にしてまで装備を大幅に増やした戦艦だ。
四万五千トンの排水量のうち、武装部分だけで二万トンを超えている。46サンチ三連装砲塔五基、20サンチ連装砲片舷十基の武装は最早常識とは無縁の存在だった。
乗組員居住施設を随伴船につくるという極端なことをしてまで攻撃力を上げた<ジャ=デデ=ジャス>だったが、その方法が祟った。
ヴァンパイア族が作り出した”吸血ヤマト”こと<デューク・ヴラド>が、”オークヤマト”の乗組員を満載した随伴船<アーレ=マア>を撃沈したため、早々に戦闘力を失ったのだ。
<デューク・ヴラド>は46サンチ四連装砲を二基、艦の前半部分に搭載した戦艦である。ちなみに後部甲板は吸血鬼たちの社交場である。
吸血鬼独自の超感覚による測距能力と、その艦形を生かした突撃戦術で<デューク・ヴラド>は夜の大海原をしばし暴れまわった。
だが、<デューク・ヴラド>は無敵とはいかず、その命脈は長いものではなかった。ヴァンパイア族が太陽に弱いという弱点をつかれたのだ。
燦燦と輝く太陽の下で人類艦隊が決行した昼間一斉雷撃によって”吸血ヤマト”は本来の力を出すことも無く沈んでいった。
ライカンスロープたちは他の種族とは違うアプローチを取った。戦艦を作り出すのではなく、彼ら自身が戦艦になろうというのだ。
彼等は、ある満月の夜に儀式を執り行った。獣人族の精鋭を集め、月の魔力を元に合体し、”ワーバトルシップ”になる。
彼らのY級戦艦”ワーヤマト”こと<ベオウルフ>はそうして作られた。魔力が強い彼ら自身を元にしただけあり非常に強力な戦艦だ。
六万トンの排水量を誇る<ベオウルフ>は46サンチ砲連装四基八門を持ちながら30ノット超の高速を発揮することが出来た。
だが、この方法はあまりに特殊すぎた。月の魔力を失うと船の形を維持できないのだ。
結局、”ワーヤマト”は満月の夜に母港の周囲をぐるぐる回る以上の事は何も出来なかった。
”グレムリンヤマト”はもう少しマトモだった。見かけどおりずるがしこい彼等は、戦艦を「見えなく」することを考えた。
乗組員が、それぞれに戦艦の部品を持ち、ある地点で一斉に組み立てる。何も無いところからY級戦艦を作り上げ「見えない戦艦」による奇襲を実行するのだ。
このアイディアは早速実行に移された。部品点数の兼ね合いで乗組員数は1万人にも達することになってしまったが、彼等は問題ないと考えていた。
こうして完成した”グレムリンヤマト”<ギズモ>は任意の地点に戦艦が突如として現れる、という戦略奇襲を確かに実現させた。
だが、いざ海戦となった時に思わぬ弱点を露呈した。彼等は砲弾を持ってきていないかった。弾薬についての考えは抜け落ちていたのだ。
人類艦隊は、砲火を交える前に降伏して自壊していく”グレムリンヤマト”を呆然と見つめる事しか出来なかった。
翼持つ人々、有翼族の作り出した”ウィングヤマト”こと<アークエンジェル>は他のY級戦艦とは一線を画している。
空を自在に飛ぶことが出来る彼等は、戦いにおいて優位を得るためには制空権が必要だと早くから気が付いていた。
魔法だけでなく科学技術にも優れていた彼等は、Y級戦艦に飛行能力を付与することで絶対的な制空権を得ようとしたのだ。
艦の中央部に巨大な翼を設け、艦尾から巨大な魔道ロケット推進の炎を引いて試験飛行を行う姿はまさに”空の絶対者”の名にふさわしかった。
多大な期待がかけられた<アークエンジェル>。だが彼女が初実戦を迎える前に人類艦隊が有翼人の港を航空奇襲したのが運の尽きだった。
”ウイングヤマト”は、第一航空艦隊<赤城>搭載機によってあっけなく撃沈されてしまった。やはり制空権は大事な要素なのだということを、彼女は逆説的に証明した。
そのほかにも様々な種族がそれぞれのY級戦艦を作り出し、その数だけドラマが生まれた。
ドラゴニュートこと竜人族の誇りである”ラプテリアンヤマト”<バハムート>。排水量六万五千トンで46センチ砲三連装二基、連装二基というバランスの良い戦艦だが、戦運は無かったのだろう。
ささいな種族の違いによる執拗な虐めに耐えかねたリザードマン水兵が火薬庫に火を放ったため自爆してしまうという悲劇に見舞われていた。
悲劇のY級戦艦といえば雪男・雪女族の”イェティヤマト”Y級氷山戦艦<ハバクック>を忘れてはならない。熱帯の海で機関が故障してそのまま融けてしまったため、彼らが存在した証は海底にむなしく転がる46サンチ砲の砲身のみだ。
海に住む半漁人、ギルマン族が作り上げた”マーマンヤマト”Y級潜水戦艦<インスマウス>。彼女は処女航海で母なるダゴンの宮殿に潜行したまま帰ってこなかった。多分、それで良かったのだろう。
陽気で小柄なホビットが完成させた”ホビットヤマト”Y級戦艦<センス・オブ・ワンダー>。小柄なホビットは、誰も46サンチ砲弾を扱えなかった。作るときには使うことを考えなかったようだ。
昆虫人類の”スパイダーヤマト”Y級多脚陸上戦艦<アラクノフォビア>。水陸両用戦艦として作られたが、昆虫人類の科学力では洋上での推進機関を満足に作れなかったため、脚が付かないほど深い海には出られなかった。
ピクシー達が作り上げた”フェアリーヤマト”<ウェンディー>。主砲の「口径」ではなく「砲身長」が46センチであるため、Y級戦艦に含めるべきかどうかは現代でも異論があるところだ。
これら有象無象の種族達のように自滅していくY級戦艦の方が多かったとはいえ、それぞれの”ヤマト”は各種族の誇りをかけて戦っていった。
数年に及ぶ海上戦闘の末、生き残ったY級戦艦の保有国は僅かにドワーフと人類のみ。
それ故、ドワーフと人類は”覇者”の座をかけて争う事になった。この海戦に勝利した側が”覇者”の称号を得ることになるだろう。
そうすれば、この数十年にわたる大戦は終結する。どちらが勝つにしろ、これが最後の戦闘になるはずだった。
”ドワーフヤマト”こと<ゴールデンアックス>とY級本家本元の人類艦隊旗艦”ヒューマンヤマト”こと<大和>は、その海戦で雌雄を決さんとしていたのだ。
「艦尾に命中弾!航空機運用設備全滅、火災発生!」
その報告に有賀は軽く舌打ちした。まずいな、これを目印に撃たれてしまう。やつらの砲術自体は大したことは無いが――
「あの2tを越えるという超々重量弾は厄介だな。」
艦隊司令官の伊藤整一中将がつぶやいた。有賀も同感だ。
「この<大和>も1.6tの超重量弾――試製五式超重徹甲弾を使用してはいますが、冶金技術ではまだまだドワーフにかなわないというのが実情です。
現にこちらの砲弾は<ゴールデンアックス>の装甲を貫通することが出来ていませんが、彼らの超々重量弾はこちらの装甲を貫通しえます。
ここは――」
何事かを言いかけた有賀を制して伊藤中将は言った。
「”艦首軸線砲”の使用を許可する。このまま超々重量弾を撃ち続けられるのは不利だ。接近して、一撃で仕留めろ。」
敵艦隊の砲撃を受けつつ、有賀は<大和>を”ドワーフヤマト”に接近させた。ドワーフ艦隊の巡洋艦が放つ砲弾が<大和>に命中し始める。
だが、”艦首軸線砲”を使う以上、雑魚の攻撃など気にしてはいられない。”艦首軸線砲”の最大射程は一万なのだ。
もちろん、最大射程では命中させることは難しい。実際には、そこから射撃準備を始める必要があるからだ。
<大和>はドワーフ海軍旗艦に突き進んでいく。その姿は、まさに「鋼鉄の破壊神」の名にふさわしい。
そして、待ちに待った瞬間の到来――
「距離、一万!」
もはや36サンチ砲でも危険な距離だ。煙幕を展開している水雷戦隊の助力が無ければとてもここまで接近できなかっただろう。
だが、これで秘匿兵器たる”艦首軸線砲”――艦首の、菊の御紋の下に仕込んだ88サンチ滑空砲を確実に命中させることが出来る。
大和型戦艦の設計図流出の発覚後、日本海軍は<大和>に搭載する「Y級戦艦を確実に屠るための艦載兵器」の開発にあたった。
まず、転移で帰国できないドイツ大使館駐在武官の「そういえば本国では80センチ列車砲が計画された気がする」という言葉から、その1ランク上を行く88サンチ砲の採用が決定された。
そんな大きなライフリングを作れなかったために滑空砲となったが、怪我の功名で艦首からほぼ水平に放てる翼安定徹甲弾を開発できたのが非常に大きかった。
これは理論上、距離一万で二千ミリを越える厚さのVC装甲でも打ち破れるはずだった。明らかに史上最強の艦載砲だ。
よし、ここからだ。有賀は腹に力を入れると大声で叫ぶ。
「艦首軸線砲発射用意!」
艦首軸線砲発射用意、の復唱が艦橋に響く。艦全体が慌しく動き始めた。
「直接照準準備よし。電影照準機、明度二十。」
初速が高く、ほぼ水平の弾道を描く翼安定徹甲弾の照準は直接照準なのだ。電影照準機は戦闘機のそれと良く似ていた。
「目標、<ゴールデンアックス>。現在距離、九千。安全装置、解除。」
艦首軸線砲砲長、奥田特務少佐の声が聞こえた。有賀は頷く。<大和の主>とも呼ばれる奥田の腕に全てはかかっている。
「機関連動率、30%・・・40%・・・50%・・・」
機関課からは機関との連動率が刻々と伝えられてくる。重さ10tを越える88サンチ弾の揚弾には機関と揚弾機の連動が必要なのだ。
だが、機関連動率を上げると速度は低下する。急がなくてはならない。ジリジリとした時間が流れ、ついに機関長からの最終報告があった。
「機関連動率120%」
弾を弾庫から砲身の高さまで持ち上げるのが100%、砲身に翼安定徹甲弾を押し込むのが120%だ。間もなく発射できる。
「発射十秒前。最終安全装置、解除。総員、対衝撃、対閃光防御。」
揚弾を確認した奥田が高声機で全艦に通達する。発射時に外にいれば衝撃波だけで死んでしまう。全員が姿勢を正し、艦橋にいる有賀達は黒眼鏡をかけた。
「五、四、参、弐、壱、発射!」
奥田特務少佐は大声を上げると引き金を引いた。
その声と共に88サンチ滑空砲から放たれた装弾筒付翼安定徹甲弾は途轍もない衝撃と閃光を発して飛び立った。<大和>の艦影が衝撃波で歪む。
徹甲弾は八千メートルまで縮まっていた距離を僅か6秒足らずで飛翔するとドワーフ海軍旗艦<ゴールデンアックス>の艦体を貫いた。
今まで何発の46サンチ砲弾を撃ち込んでも手ごたえがなかった”ドワーフヤマト”だが、88サンチの直撃には耐えられなかったらしい。
巻き起こる爆発と轟音。艦の中枢部を貫き、弾薬庫を炎上させたのだ。立て続けに88サンチが打ち込まれ、戦果を拡大していく。
<ゴールデンアックス>が波間に消えたのは1時間後のことであった。
人類は遂に世界の覇者になったのだ。艦橋に沸き立つ万歳の声。しかし、それを無視して有賀はつぶやいた。
「コレが最後のY級戦艦だとは思えない。」
伊藤はかすかに頷き、有賀にだけ聞こえるように言った。
「人類が――いや、愚か者達が”覇者の座”を巡る争いを続けるかぎり、これからもY級戦艦が現れるに違いない。」
初出:2010年1月8日(金) 修正:2010年8月30日(月) 「世界戦艦大和列伝(ファンタジー世界風)」から改題