昭和十七年四月十八日 海軍省

「戦艦にあれが搭載できるというのか。本当か?」
牧野茂造船大佐は身を乗り出した。本当ならドラゴンはもはや恐れるに足らない。
「絶対制空武器【裁きの雷】の搭載自体は、精霊機関を載せないのであれば大きさと重さが問題になるだけです。
 戦艦なら問題ないはずです。」
ムルニネブイの魔道工学技術者は頷いた。

三月の海戦で圧倒的な力を見せ付けた戦艦<大和>。
魔法誘導の効果もあって早い段階で命中弾を出すことにも成功させるなど、攻撃面ではその真価を存分に発揮している。
しかし、防御という意味ではで問題点が無かったわけではない。
海戦後、<大和>は中破の判定を受けていた。非装甲部分の大半を破壊されてしまっていたのだ。
敵戦艦との砲撃戦において、敵の徹甲榴弾によって非装甲部分はその大半が破壊されてしまっていたこともあるが――

「艦尾に受けた敵航空隊による爆撃はかなり危ういところだった。
 もし、爆撃隊が<大和>を集中攻撃していたならばと思うとぞっとする。」
牧野大佐は言った。

各種損害のうちもっとも衝撃を与えたのは敵空中部隊による攻撃だった。
敵航空部隊は何故か航空機運用設備を、特にカタパルトを集中的に攻撃していた。
<大和>とて例外ではない。艦尾にある航空機運用設備に二百五十キロ程度相当による攻撃を受けている。
艦尾には船の行動をつかさどる重要な機能が集中している。
今回は問題なかったものの、この傾向が続くのだとすれば推進機や舵が損害を受けることも考えられた。
行動の自由を奪われた戦艦がどうなるかなど考えるまでも無かった。

「敵はブルードラゴンとワイバーンだったのでしょう?
 むしろ、その攻撃で撃沈されなかったという頑丈さこそが称えられるべきだとは思いますが。」
"新世界"の人間は苦笑のようなものを浮かべながら言った。彼が持つ常識からすればそれが当然なのだ。
「そうではあるが、今後も同じだという保証は無い。」
牧野は応じた。彼の言葉は日本海軍が危惧するところでもあった。
確かに、今回海戦において大協約が使用した爆弾の威力はそれほど大きなものではない。
しかし――
「あの爆弾、魔力弾とか言ったか。あれは空っぽの器に魔法を仕組んだだけだと聞いたぞ。
 つまり、中身を強化すれば幾らでも威力を増せる、そういう事ではないか。」
牧野大佐は魔道工学技術者に問いただした。彼は答える。
「そうです。ですが、強化するにも費用と時間がかさみます。ある程度以上は現実的ではありません。
 現在運用されているのは採算からいって適当なモノだと思いますよ。」
「・・・つまり、採算を度外視すれば強大な魔法を詰める事も出来る、そういう事でもある。
 そして、敵はこのままでは<大和>を沈められないと知った以上は必ずそれをやってくるはずだ。
 まあ、だから今回の改装をする訳だがな。」
牧野大佐はため息をつきながら言った。ムルニネブイの魔道工学技術者は慰めるように言う。
「大丈夫ですよ、牧野さん。私、ルイス・カサスもお手伝いします。
 科学のことについてはニホンの皆さんにお任せしますが、魔法のことなら任せてください。」
猫という渾名を持つ魔道工学者は笑顔を浮かべながら続けた。
「<大和>であれば、絶対制空武器を問題なく搭載できるはずです。これが搭載できれば、海戦の様相は一変しますよ。」

「そう、それだ。間違いないのか?」
牧野は先ほどと同じ質問を繰り返した。これも先ほどと同じようにカサスは頷く。
「あれに必要なのは、基本的には二つでしかありません。"魔力収束用の先端針"と"魔力増幅用の魔方陣"です。
 電撃魔法を魔方陣で増幅して先端針から放つだけですので、魔法理論的にはそれほど大したものではありません。
 ただ・・・その二つが非常に高価です。」
「費用の問題だけならば、今回は気にしなくても良いと聞いている。問題ない筈だ。」
牧野大佐は言った。今回の改装において、特に魔法関係の儀装については気にする必要が無いのだ。
その分の費用を同盟が――実体はムルニネブイが――負担することになったためだ。
日本の工業力を取り込みたいムルニネブイの思惑であろうと牧野は考えている。
カサスは安堵したように言う。
「であれば話は簡単です。適当な場所を空けてもらって、そこに搭載するだけです。
 実は、こんなこともあろうかと本国から先端針と魔方陣の材料は持ってきているのです。」
――こいつ、何だかんだ言いながら最初からそうする心算だったな。食えないヤツだ。
笑顔を浮かべるカサスを見ながら牧野は思った。

昭和十七年十二月四日 呉海軍工廠

「あれがそうか。・・・こうしてみると、副砲とさして変わらないな。」
牧野はドックで改装工事をうけている<大和>を見つめながら言った。

かつて三連装十五サンチ副砲が装備されていた場所にあるのは――やはり同じような砲塔だ。
ただし、砲塔から延びる棒状のものはかなり大きい。艦砲であれば二十サンチ級になるだろう。
それを単装の形で納めた砲塔が両舷に一基ずつと艦の軸線上に艦橋をはさむように二基。
見た目からは何事かが大きく変わったようには見えない。
事情を知らぬものから見れば、単に砲を二十サンチ単装に変えただけにも見えるだろう。

「そうですね。見た目はなるべく従来のものと変えないように工夫しました。
 ですが、中身は間違いなく【裁きの雷】です。」
目の下に隈を作ったカサスが言う。
科学と魔法の融合とはいえ、この兵器は魔法の側面の方が強い。
いきおい、魔法要素を担当する彼の負担は大きくなっている。直近三日間は寝ていないとも聞いていた。
「一つの砲塔で射程五マイル、最大直径一マイル範囲ほどの円錐状の防空圏を築く事が出来ます。
 あとは魔道士の手配が終れば、実際に試してみることも出来るでしょう。」
「そうだな。一応、<伊勢>での実験は成功しているとは言っても、形状が違うからな。」

<大和>の改装に先立つ六月下旬。戦艦<伊勢>に【裁きの雷】が搭載されての実験が行われていた。
これは本来、横須賀空襲の反省を受けての二一号対空電探と二二号水上見張用電探の実用化試験だった。
だが、カサス達ムルニネブイ魔道工学者意見を受けた結果、【裁きの雷】の装備実験も行われる事になった。
こうして、<伊勢>は陸上型【裁きの雷】を急遽装備し――艦尾に塔を建てた――実験に臨んだ。
試験結果は非常に良好だった。【裁きの雷】は標的機十二機をただの一撃で撃破していたのだ。
そして、実験での成果はそれだけではなかった。
「誘導魔道士の話によれば、電探と【裁きの雷】は非常に相性がいいようです。
 オシロスコープでしたか、あれが描く波形と魔法による照準の際に使うイメージは良く似ているのだとか。
 上手くこの二つを融合させれば、自動で敵を追尾して攻撃する事も出来るようになるはずです。」
彼はどこか遠くを見るような目をしながら言った。

昭和十八年二月四日 新日本海

「電探に感あり!距離三万。」
「来たか。よし、総員対空戦闘準備をなせ!」
電探員の報告に応じた<大和>艦長、松田千秋大佐は乗船していた牧野大佐のほうを見て言った。
「いよいよですな。"二式電撃砲"の真価、存分に見ておってください。」
「よろしくお願いします。」
牧野は軽く頭を下げた。本来であれば、彼がこの"二式電撃砲"の試験に立ち会う必要は全く無い。
だが、牧野は無理を言って同乗させてもらっている。というのも――

「この結果が新型戦艦の装備に影響を与えかねないですから、是非ともこの目で結果を見たいのですよ。」
「超大和型戦艦、でしたか。」
松田の声に牧野は頷いた。彼は大和型改修における成果を買われ、新型戦艦の設計に深く携わる事になったのだ。
"量産型大和"に対抗するため、"大和型を確実に越える戦艦"を遅くとも四年以内に戦力化可能する必要がある。
細かいところはまだ固まっていませんが、と前置きしてから牧野は言った。
「主力対空装備としてこの"二式電撃砲"が使えるかどうかは非常に重要だと思っています。
 これが使えるなら、その分の重量を装甲に回せます。不沈戦艦を作らねばいけませんからね。」

それに対して松田が何か言おうとしたとき、今度は対空指揮所からの報告が入る。
「対空魔道士長から報告!電探連動完了、魔力充填完了。電撃砲発射準備よし。」
「いいぞ。距離一万で発砲を開始する。」
そう言うと松田は牧野にも双眼鏡を構えるように促した。
牧野の視界に萱場製の無人標的機――無尾翼グライダーを大型化した飛行機が飛行しているのが見えた。
青く塗装された機体は空に溶け込むように空中を滑空している。目視照準では狙うのが困難だろう事は明らかだった。
それが三十機ほど<大和>へ向けて近づいてきている。無人機の群れは徐々に距離を縮め、そして――
「航空標的、距離一万」
「撃ち方はじめ!」
電探員の報告に松田大佐の声が続く。そして次の瞬間、<大和>の三箇所から轟音をあげて電撃が放たれた。
はじめは三本だった電撃は無人機に向うにつれて枝分かれし、最終的には三十数本になって標的の編隊に襲い掛かる。
それは稲妻のような軌道を描きながらグライダーの群れに突進し、その全てを打ち砕いた。
「標的、完全に撃破・・・」
グライダーの破片が海面に落下するのを見ながら見張り員はそう報告する。あまりの結果にあっけに取られているようだ。
「いや、聞きしに勝るとはこの事ですな!これがあれば、いかなる航空攻撃も怖いものではありません!」
松田大佐の興奮した声に牧野はオゾンの匂いに満たされた艦橋で満足気に頷いた。

"二式電撃砲"を装備した<大和>はまさに獅子奮迅の働きを示した。
”<カザンの門>攻略作戦”や”<ミカエルの門>攻略作戦”における活躍はまさに日本の誇りそのものでもあった。
牧野大佐はこの結果を下敷きにして十万トン戦艦<紀伊>を設計することになるのだが、それはまた、別のお話――

初出:2010年4月25日(日) 修正:2010年5月25日(火)

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