東方暦1564年6月5日 ムルニネブイ宰相府 宰相執務室

「・・・という事は、戦艦は売ってもらえる事になった訳のですな。よかった、これでまずは一安心できます。」
メイガン・コリン提督はため息をついた。今回の事は彼の発案だったのだ。
「戦艦については我が軍のものよりも優越しているのは判る。戦果が全てだからな。しかし・・・」
ムルニネブイ国宰相デイビー・スローン侯爵は言葉を継ぐ。
「実際、どういう艦隊をそろえるつもりなのだ。兵器系統がかなり異なるのだろう?問題ないのか?」
メイガン提督は答える。
「問題は種々ありますが・・・まず、戦艦は是非とも必要です。あれだけの威力があるのですから。
 それに巡洋艦も必要です。大協約に対抗するには数が必要です。」
「戦艦や巡洋艦に対して圧倒的な破壊力を示した、”ギョライ”を積んだ船ー駆逐艦とかいったか、アレはどうするのだ?」
宰相の問いに対して、コリン提督は難しい顔をしながら答えた。
「聞けば、”ギョライ”は無誘導だという話です。相対速度を計算して狙いをつけるそうですが・・・正直なところ、神業ですな。
 とてもではないが、一朝一夕に訓練できるモノではありません。費用対効果が見合えば導入したいと思ってはいますが、当面は難しいでしょう。」
小型艦故に発展性も少なそうですし、もう少し考えてからの方がいいかもしれません。そう言って続ける。
「もっとも、彼らの船の操船方法等の”お作法”も覚えなければいけない訳ですから、駆逐艦も一応は購入します。
 海竜避けのために近海で使用している警備船として使う事になるでしょう。クラーケン漁の船にする手も考えてはいます。」

「では、最重点でそろえるのは巡洋艦、という事か。」
メイガン提督はうなずいて言った。
「はい。現時点では、巡洋艦または装甲艦を多数―そうですな、最低でも十隻以上はそろえるつもりでおります。」
「装甲艦?私が見落としているのでなければ、そんな艦種は日本の海軍には無かった筈だが。」
スローン侯爵の疑問にメイガンは何故か苦笑しながら答えた。
「装甲艦とは速度28ノット、1000ポンド程度の砲を装備した、巡洋艦程度の防御力をもつ軍艦です。巡洋艦以上、戦艦以下というところですな。
 日本の旧世界では、”どいつ”なる国が建造したとのことで、通商破壊艦として圧倒的な性能を示したと聞いております。
 ”あどみらる・ぐらふ・しゅぺー”なる船は特に名高く、旧世界の海軍軍人ならば知らぬ者はいないとか。
 ”ギョライ”も装備しており、申し分ありません。戦艦までの戦力的なつなぎとしても、日本式の巨砲を始めとする兵器の訓練目的としても適切と考えています。」
圧倒的云々についてはサイモリル伯爵夫人が”どいつ”の大使から直接聞いた話だそうで、老提督はそう言って笑う。

スローン宰相は少しだけその”どいつ”の大使に同情した。彼女に煙にまかれ続けたに違いない。コリンは続けた。
「もしも、その言葉通り、通商破壊としての性能が認められるなら・・・巡洋艦の代わりに量産してもかまわないか、とも思っています。
 ただ、この種類の軍艦は日本では建造経験が無いようなので、詳細は調整が必要だと思っています。割り切って小型戦艦にした方が良いのかもしれません。
 ”すぺいん”の”えすぱーにゃ”級や”ぎりしあ”の”さらみす”級、少し違うようですが”いぎりす”の”ろばーつ”級なども検討の対象です。」
全部、サイモリル駐日大使が送ってくれた日本の旧世界軍船図鑑に載っていたのですよ。まったく、かの伯爵夫人の好奇心と行動力には頭が下がります。
そういって彼は笑う。

「しかし、日本に発注する最大の利点は同じ型でいくらでも作れる事ですな。戦力の増加が計算できるようになるのは良い事です。
 対空艦、巡洋艦、装甲艦、飛行機械母艦、戦艦。いずれも計算どおりに作れるのは素晴らしい。
 大海竜やクラーケンの漁獲高や巨竜化石の掘り出し結果に一喜一憂する必要が無くなる訳ですから。」
クラーケンの営巣地がある西方大陸には大海竜も襲来する。必然的にそれらの漁獲高は高かった。巨竜化石の埋蔵箇所も西方大陸の方が圧倒的に多い。
それに比べ、東方大陸での漁や発掘はある意味運任せにすぎない。計画という意味では非常に不利で、それが海軍力と海運力に影響しているのだ。

「そうか。・・・ありがとう、提督。さあ、そろそろ日本からの客人がくる頃だ。いきたまえ。」
老提督が一礼して退出する。閉まる扉を見つめながら、宰相はつぶやいた。
「同じ型でいくらでも、か・・・それが、これからの世の中という訳か。」


初出:2009年12月26日(土)

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