「機関長、シルフが怒り狂って手におえません。助けてください・・・。」
新米の機関魔導士が機関長のベテラン精霊魔導士に泣きついてきた。機関長は新米に注意する。
「まず、そのシルフってのを止めろ。彼女にはリタっていう立派な名前があるんだ。
お前だって”人間”呼ばわりはいやだろう?まずはそこから改めろ。
・・・で、リタがどうした?」
若い精霊魔導士は思わぬ叱責を受けて消沈したようだが、すぐに立ち直ると機関長に告げる。
「それが、シル・・・リタさん、何だか判らないけどとにかくお冠なんです。
お前じゃ駄目だ、機関長を呼べ、と・・・」
「いったいなんだって言うんだ・・・判った。行ってみよう。アレクス、お前も来い。」
二人は大協約海軍巨竜母艦"白鷺伯爵号"の通路を進むと、風霊シルフのリタがこの艦で住処としている機関部中央の魔法陣が描かれた居室に入る。
そこにはまだ十代にしか見えない少女が所在なげに椅子に座っていた。彼女は機関長を目にするといきなり叫びだす。
「ハインツ!あんた何考えてんのよ!何年機関精霊魔導士やってんの?」
いきなりそう来たか。こりゃかなりお冠だ。何があったのかと訝りながらも、とりあえずは謝る。
相手は人外の存在だ。機嫌を損ねたらどうなるか判ったもんじゃない。
「すまん。何だか判らんが、とにかく謝る。・・・で、どうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ。そこのボンクラ」
そういってアレクスを顎で指すと
「そいつ、このアタシへの儀式の秘薬、分量間違って使ったのよ?信じられないわ。
あんたの教育がなってないからこういう事になるのよ!だいたいね・・・」
尚も怒り狂うリタの声を聞きながら、機関長はやっと理解した。
そういう事か。アレクスは経験が足りない。恐らく、赤真珠と黒苔の調合分量を少し間違えたのだろう。
多分、儀式の呪文も少しとちったに違いない。
適切に捧げれば精霊に活力を与える”儀式”と”秘薬”は、少し間違えると活力を超えて激情を与える事になる。
アレクスは顔を真っ青にしている。自分のしでかした事にようやく気がついたのだろう。
リタに謝罪しようとしたアレクスを手で制し、ハインツは彼女に話しかける。
「悪かった。この埋め合わせは港に帰ってから必ずする。
そうだな、今度、任務が終わったらアケロニアで一番美味いバームクーヘンを奢ってやるっていうので手を打たないか?」
リタの喚き声がぴたりと治まる。機関長はダメ押しの言葉を継いだ。
「ついでに劇場にも連れてってやる。確か、春の何とかとか言う恋愛ものが人気だったな?アレに行こう。どうだ?」
「・・・春のソナチネ。いいわ。誤摩化されてあげる。」
リタは苦笑を浮かべながらハインツの提案を受け入れた。
シルフの居室を出た後、アレクスはハインツに話しかけた。
「・・・どういう事だったんですか?」
ハインツは肩をすくめながら答えた。
「要するに、だ。風霊シルフといえども女の子だ。女の子があんなところに一日中いてみろ。退屈だろうさ。その鬱憤がたまってたんだな。
お前の秘薬と儀式のミスはきっかけにすぎないよ。・・・女の子のご機嫌とりは大変だが、まあ、それが機関魔導士のお仕事だからな。
とはいえ、そろそろどっかに寄港して息抜きしないと大変な事になるぞ。」
彼がそういったすぐ後、別の機関魔導士が駆け寄ってくるのが見えた。
「機関長、ウンディーネがやさぐれています。すぐに来ていただけますか。」
「まず、そのウンディーネってのを止めろ。彼女にはラナっていう立派な名前が・・・」
ハインツは水霊の居室に向かいながら機関魔導士に説教をする。
・・・彼の一日はまだ始まったばかりだった。
初出:2009年11月26日(木) 修正:2010年1月10日(日)