昭和十七年四月 成増飛行場

「気に入らん!まったく気に入らん!」
課業後の警備兵控室で、飛行場警備小隊長の志村中尉がぶつぶつとつぶやく。加藤中尉は今度は何事かという思いで彼を見つめた。
加藤が志村と共に警備任務に就いてもう2年以上になる。その間、志村は常に何かしら問題をを起こしていた。
とはいえ、その"問題"は-例えば、水分補給にはスイカが一番だと言い1日に10個もスイカを食べて腹を壊した、というような他愛の無いものばかり。軍務に支障がでるようなモノではない。
むしろ軍務には熱心である。彼がこの成増飛行場-現時点において、日本と大陸同盟の軍事交流の一大拠点ともいうべき場所の警備を任されていることからもそれは伺える。
とはいえ、志村に関わったものは彼を「仕事熱心な変わり者」と評している。加藤もその評に賛成だった。

加藤はどうせまた下らない事だろうと思いつつも、一応は話を聞いてみることにした。
「どうした、志村。」
「どうもこうも。あの、同盟国の女武官。特務とはいえ大尉ですよ?俺より階級が上とは。馬鹿にしおって。」
「仕方ないじゃないか。何しろ、同盟国の駐在武官。そのくらいは当然だろう?」
「それはそうですが。しかし、あのドンくささを見たでしょう?とても軍人とは思えません。」
「それは、確かに・・・」
加藤も平地でバランスを崩して転びそうになっているのを何度か見た覚えがある。
志村の考えもさもありなんと思いつつ、一応は弁護を試みる。
「しかし、教育や情報の分析の方面では相当なやり手とも聞いている。武官というよりは、文官か技官なのではないか?」
「・・・そういう事かもしれません。しかし、それにしても、モノには限度というものがあります。
 大体騎士だか何だか知らないが、一丁前に剣などぶら下げおって。どうせ飾りならあんな豪勢な剣でなくても良いだろうに。」
「だが、毎日課業後に鍛錬を欠かしていないようだぞ。全くの飾りではなく、それなりの腕はあるのではないか?」
「かも知れません。だからといって・・・!」
そこまで言ってから志村はふと何かに気が付いた表情になり、唇の端を上げて不適に笑った。
加藤は思った。こいつ、またろくでもないことを思いついたな。
「それだ。ヤツと剣術で勝負してやろう。」
「は?剣の勝負?」
「文化交流か何かの名目をつけて勝負をする。何かの余興という事にすれば問題ないでしょう。
 この俺だって"豊色突破流"目録の腕間です。日本男児の心意気というのを思い知らせてくれる。
 こうしてはおれん。早速、隊長に許可を求めに行こう。加藤さん、付き合ってください。」
俺を巻き込むな。勘弁してくれ。志村に引きずられつつ、加藤は己の不幸を呪った。

「なるほど。ジェシカ特務大尉と剣術での勝負がしたい、というのだな。」
「はい。ジェシカ特務大尉殿は日本に来てまだ日も浅く、我が国の武の真髄を知らぬのではないかと愚考します。
 ここは剣を交えることで互いの武に対する認識を深め、この成増基地から同盟の絆を強化していくべきではないでしょうか。」
-そんな理屈が通るものか、どうせ受理されることは無かろう、そう思った加藤の予想は裏切られた。

成増飛行場の警備を預かる猪狩屋隊長は大きく頷くと志村に告げる。
「実はジェシカ特務大尉からも"日本の剣術を知りたいので、可能であれば誰かと手合わせがしたい"と言われている。
 人選をどうしようかと思っていたのだが、貴様が名乗り出てくれたのであれば話が早い。
 ジェシカ特務大尉との調整も必要だが、今週末にでも"文化交流"の一環として行うとしよう。」
ありがとうございます!と喜ぶ志村を猪狩屋は制して続ける。
「だが、ジェシカ特務大尉から聞いた限りでは彼女の使う剣術は特殊らしいぞ。なんでも"魔法"と組み合わせて使う"魔法剣術"とかいうものだそうだ。
 説明によれば、飛び道具を組み合わせたり剣に細工したりといった事も行う流派らしい。貴様、そんな剣術が相手で本当に良いのか?」
「むしろ望むところです。我が"豊色突破流"も実戦の剣術。飛び道具や捕縛術も修めたこの腕前、存分に披露させて頂きます。」
-そういや流派名も聞いたことないし、練習している姿なんて見たこと無いぞ。本当に大丈夫なのか?
加藤は急に不安になった。

その週末。飛行場の一角はちょっとした舞台のようになっていた。話を聞きつけた観衆が集まっている。
派手な橙色の羽織を着てきた志村中尉。白塗りの顔面も異様だ。
日本の文化を誤解されかねない格好であるが、これが"豊色突破流"の正装だ、と言われては誰も反論できなかった。
一方のジェシカは銀色に輝く竜鱗の西洋鎧。兜はしていない。やはりこれが正装なのだろう。いつもの黒い軍服より板についている。
不真面目にしか見えない日本人と明らかに真面目な異世界人-異質な二人が場の中央で対峙していた。
審判役の高木少尉が場の空気に戸惑いながらも号令を掛ける。
「はじめ!」

しばらく二人はにらみ合ったままであった。
一陣の風が吹き、まだわずかに残る桜が花弁をちらした、その時。
「ォアリャ」
志村が太い声で気合を入れつつ木刀を正眼で構えつつじりじりと前進する。
ジェシカは無言のまま木剣を下段に構えつつ、志村の圧力を逸らすように右に距離を取った。
「お主、以外に出来るな。だが剣術だけではあるまい?魔法やら飛び道具やらもあると聞いている。使っても良いのだぞ。」
志村は声を掛けた。ジェシカが返事をしようと口を開きかけた瞬間-彼はそれを見計らって切りかかる。
これこそ"豊色突破流"奥義の一つ"言の葉崩し"であった。
そりゃ無いだろ、観衆の一人として見ていた加藤は思ったが、一対一の戦いでは有用な技だ、とも思った。
そして志村はこの技の名手だった。"言の葉崩し"のみならワシを超えている、師匠からもそうお墨付きを得ている。

勝利を確信した志村の必殺の一撃は、しかしジェシカの下段からの跳ね上げによって迎撃された。木刀を弾かれた志村は体勢を崩す。
一瞬で体勢を立て直したが、ジェシカの姿は彼の視界から消えていた。志村は警戒しつつ、彼女の気配を探る。
「志村、後ろ!後ろ!」
加藤の声に志村は振り向き掛けた。そして彼はジェシカの木剣が自分の頭上に振り下ろされつつあるのを眼にした。
ただの木剣である筈のそれは、オゾンの臭いと-激しい稲光をまとっている。
「いや、ちょっとま」
待って、と言いたかったのだろうが、彼は最後まで言えなかった。
剣が彼の身体に触れ、志村の身体は閃光に包まれる。バチバチという音と共に志村の服が焼け、髪の毛が縮れあがっていく。
黒こげになり、パーマネントを失敗したような妙な髪型になった志村が口から煙を吐き出して地面に倒れる。
身体が小刻みに痙攣しているところを見るとまだ息はあるようだ。救護班が慌てて駆け出していった。

これを見た猪狩屋はため息を漏らすと、ただ一言つぶやいた。
「駄目だコリャ。」

初出:2009年11月11日(水) 修正:2010年1月10日(日)

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