山の国、カムール。
ここカムールに今年も恵みの秋が来た。作物が実り、家畜が肥え、そして――竜が渡ってくる季節だ。
「去年の”渡り”は凄かったのう。あれだけ大量のドラゴンを見るのは久しぶりじゃった。」
老婆は小麦の藁を束ねながら遠い目をしながら言った。
傍らで落ち穂を拾っていた少年、スタンリー家の一人息子であるジョンは手を止めると一つ伸びをする。
「そうだね、去年は凄かったねえ。」
彼は去年の秋を思い出していた。様々な色、様々な大きさのドラゴンで空が覆われる様はここカムールの秋の風物詩だった。
少年はそれを見るのが何よりも好きだった。

ここカムールは農耕と牧畜、そして何より”渡り”でやってくるドラゴン由来の商品を利用した交易で成り立っている。
ドラゴンの牙や鱗はいうに及ばず、糞や脱皮した皮でさえ商品になっていた。
ドラゴン達はこの国の中央部にある一際高い岩山、通称”ドラゴンの丘”で冬を過ごす。
伴侶を見つけ、子を産み、育てるのもこのカムールで行うのが彼らの習わしだ。
高度な知性をもつ彼らが何故そうしているのか直接ドラゴンに尋ねた者もいた。
だがそれは”しきたりだ”の一言で済まされていた。

「今年は去年の子竜達が大きくなってくる筈じゃから、楽しみじゃのう。」

老婆は目を細めながら言う。この国の人間にとって、ドラゴンとはともに歩む仲間であったのだ。

「・・・ドリーは元気かなあ。また会えるかなあ、おばあちゃん。」

少年は顔なじみの老ドラゴンを思い出していた。ドリーは少年の曾祖父の代から付き合いのあるドラゴンだ。
小さい頃からずっと遊んでもらっている。ドリーにとっても少年は孫のようなものであるらしい。

「そうさな、お前がちゃんと落ち穂を拾っておれば会えるじゃろうて。」

少年の言葉に老婆はそう答えると、もう少ししたらお茶にするから終わらせてしまうように言った。

***************

――ドラゴン達は11月の末になっても姿を現さなかった。
例年なら、早い竜なら10月の中には姿を現すので、これは異常事態と言える。

「どうしたんだろうねぇ。こんなことは今まで無かったよ。」

暖炉の前で老婆が言う。ジョンは窓から”ドラゴンの丘”を眺めたまま訊いた。

「途中で何かあったんじゃないか、って大人の人達が言ってた。・・・心配だよ。」

そう言ったとき、北の空に何かの群れが見えた。少年は目を凝らす。
ゆっくりと、だが力強く羽ばたくその姿はまぎれも無くドラゴンだ。

「おばあちゃん、ドラゴンだ!ドリー達が来てくれたよ!」

言うなり、少年は外に駆け出す。通りにある家々から子供達が飛び出してくる。
他の子供達も同じようにドラゴンの”渡り”を楽しみにしていたのだろう。
大人達は微笑みを浮かべながら子供達の後について”ドラゴンの丘”に向かった。ドラゴンを迎えねばならない。

***************

ドラゴンの丘で見た光景は、彼らの想像しないものだった。
自然界の全ての生物に優越する強大な力を持つ彼らはひどく傷ついていた。
弓矢や刀槍による傷ではない。何か、それとは違う武器の傷だ。

「どうしたんですか!?」

カムールの長老がドラゴンに尋ねる。ドラゴン族のリーダーは苦しげに答えた。

「・・・ここにくる前に、去年までは無かった不思議な島を見つけたのだ。
 何事かを確かめるためにそこの上空を通ろうとしたら―いきなり攻撃されたのだ。何をされたのかも判らん。」

長老は驚いた。”渡り”に関わらずドラゴンの群れに攻撃を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。

「皆様無事なので?」
「・・・若い竜が何頭か盾になった。我らを逃がすためにな。」

カムールの民は沈黙した。彼らにとってドラゴンは家族も同然だった。

「・・・かの島は何なのか、何が起きているのか、確かめる必要があるじゃろう。
 落ち着いて考えてみれば、彼らの風習も判らん。いきなり街の上空を飛んだ我らに非があるのかもしれん。」

老ドラゴン、ドリーが言った。ドラゴン族のリーダーが戸惑いながら答える。

「しかし、誰がどうやって?まさか、あの島に行くわけにも――」
「いや、儂がいく。どうせ老い先短い身じゃ。この老いぼれに最後のご奉公をさせてはくれんか。」

それを聞いていた少年が叫んだ。

「ドリー!ドリーだけじゃ無理だよ!僕もいく!」
「いや、しかし――」
「人間も一緒にいた方が色々便利だと思うよ。僕も一緒に連れて行ってよ!」


ジョン・スタンリーと老ドラゴン、ドリーは一路”島”を目指す。
そこに何があるのか、当人達もわからぬままに・・・


初出:2009年12月19日(土) 修正:2010年6月27日(日)


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